第2話
ずっと一緒だと思っていた私たちが一緒でなくなったのは、私が結婚の話をしたときだ。
そのとき、私はのんびり煙草を燻らせつつ、書斎のソファの上で寛いでいて、彼はなにやら私の本棚から本を探していた。そのときまで、私は彼と一緒でいられなくなることなんて思いもしなかった。
「……え、ソフィアと、結婚するのか」
手にした本が滑り落ちて、彼は本当に心の底からびっくりした顔だった。
その話をしたとき、彼の表情を見るまで私は彼がてっきり喜んでくれるものと思っていた。そもそも私は彼女と結婚するのに、彼女の夫になれるというよりも彼と兄弟になれるということの方が嬉しかったし。
「いや、……ああ、そろそろ君が結婚するとは思っていたけれど、…まさか、自分の妹とは」
「ソフィアなら気心も知れているし、遠縁だから家柄も気にしなくていいし。君を兄と呼べるしな」
「まさか、今までそんな素振りもなかったが、君はソフィアのことが好きなのか?」
彼の手は忙しなげに意味もなく、彼のスーツの袖を行き来していた。
「別に、そこまで考えていたわけじゃない。だが、私ももう二十五だからそろそろ結婚する必要があるし、幼なじみで好意はあるし、彼女を大切にする自信はあるよ。彼女もいいと言ってくれたし」
侯爵家の直系長男、兄弟もいない。私のような立場であれば、むしろ恋愛で結婚することなどありえないと言っていい。彼もそんなことくらいとっくに理解していると思っていたが、彼は目に見えて動揺していて、滑り落ちた本にも気づかないようだった。
「それじゃあ私が女だったら、君は私と結婚したのか?」
「多分、そうだろう、君が断らなかったらの話だが」
そこに大きな違いはなかった。ソフィアよりはコンラッドの方がむしろ気が合っていたから、彼らが姉妹だったら、私は彼の方を選んでいたかもしれない。
彼は苦い笑いを浮かべた。
「……君、学校で悪徳に身を任せたこともないだろう。そんなので私の妹を満足させられると思っているのか」
コンラッドは不穏な眼差しで私を追い詰めながら、距離を縮めてきた。
そうだ、彼が学校で「悪徳」に身を任せたことがあるのは知っていた。上級生に、ひどく優しく触れられているのを目撃したことがある。首元を撫でられた犬のような、気持ち良さそうな、色気が溢れ落ちるような表情をしていた。
男子だけの学校生活で珍しいことでもなかったが、私はあまり性愛に興味がなかった。私にとって、愛も性も全ては子孫を残すための義務なのだ。
「まあ残りの人生で技術をなんとか獲得していくよ」
ソファの腕に背中がぶつかり、彼に追い詰められていたことに気づく。押し倒されるような形になった。
「どのくらいできるか見せて」
煙草を取り上げられて、煙草を咥えていた唇がたやすく奪われる。
「ん、」
私の口腔内を彼の舌はゆっくり犯していった。与えられる口づけは甘くて、私の頭は回らなくなってしまう。
男に抱かれることに別に興味もなかったが、誰かひとり男に抱かれなければいけないなら、それは彼がよかった。彼のことが一番、誰よりも好きだったことに違いはなかったから。
彼の長い指が私のネクタイを解いて、首筋に何度か歯を立てられた。鈍い痛みがする。
「ああ、アルバート。君はどんな顔をして私にそっくりな妹を抱くの? ソフィアの前に、果てるところを私に見せて?」
熱い息の中で彼は掠れた声で私に囁いた。彼の手で開かれたシャツの胸元に口づけが落とされ、下半身が服の上から撫でられる。彼は私の体で明らかに興奮していた。このまま身を任せても結婚前に一度くらい別に悪いことはない気もしたが、私は一応口を開いた。
「なあ、コンラッド。私たちは親友だな」
「知らない」
「私はまあ、君がこのまま勢いに任せても、君と親友も義理の兄弟もやっていく自信があるよ。そのくらいには君が好きだ。
だけど君はそれでいいのか? 君が好きなのは、私の父上だろう。私はよく、似ているな?」
父は数年前に勤務先の植民地で風土病にかかって亡くなった。そのときの彼の嘆きようときたら、何日も食事を喉を通らず、私が誰の父親だと聞きたくなるくらいだった。
彼は私をまさぐっていた手を止めて、組み敷いた私を見下ろした。
はたから見たら、随分と滑稽な格好だっただろう。彼は随分とそうして、私を見ていたし、私は乱された服のまま、彼を見返していた。
やがて深い長いため息をついて、彼は私をそっと抱きしめた。
「……ばかだばかだと思っていたが、君は本当にばかだなあ……」
そう囁きながら、耳元に何度か口づけが落とされる。
「ばかなことをしているのは、君の方だろう」
父親と重ねて親友を襲って、これのどこがばかじゃないと言うんだろう。
「愛を知らない、かわいそうだけど幸せなバート」
子供の頃のような愛称で、彼は私を呼んだ。やわらかく耳たぶが噛まれて舌で嬲られる。
「ソフィアとお幸せに」
その声が震えているような気がして、私は聞いた。
「泣いてるのか? どうして……」
確認しようとしたが、彼は立ち上がって私に背を向けたあとだった。
「変なことして悪かったな。ちょっと、頭を冷やしてくる。……じゃあな」
コートを羽織る彼の手が震えていた。その後ろ姿を見ながら、泣かせるくらいなら体くらいやればよかった、と私は考えていた。囁かれた彼の言葉の意味は、わからないまま。
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