第16話 ギャルの姉・愛梨とヤンチャな弟・悠斗
ついに土曜日がきた。運命の日、エックスデーだ。
お姉ちゃんとくされチンポ野郎が、水族館でデートしてしまう日だ。
どれだけこの日が来ないことを願ったことか。
ぼくは神様は信じない。祈るだけで叶うことなんて滅多にない。
だから水族館の爆破計画を企てていたけれど、佐倉さんに止められてしまった。
ほかならぬ佐倉さんの頼みだから渋々了承したけれど、本当なら今すぐ爆破しに行きたい。
「待ってたよ、弟くん」
エックスデーの朝、ぼくは佐倉さんの家に訪問する。
水族館を爆破する代わりに、佐倉さんが協力してくれることになったのだ。
「まだ納得してないの?」
ぼくは今からでも、水族館を爆破するべきだと思う。
「前も言ったけど水族館がダメになったからって、他の場所にデートするだけだよ」
しごく真っ当な理論だ。
でもこれは理屈じゃない。ぼくの感情だ。
「だってムカつくし。ぼくだってお姉ちゃんと水族館に行ったのは何年も前のことなんだから!」
「あー……爆破にこだわる理由はそこかぁ」
くされチンポ野郎と水族館に行く暇があるのなら、お姉ちゃんはぼくと水族館に行くべきだ。
「でも弟くん、本来の目的を見失ってない?」
「えっ?」
「綾乃と武田くんの2人のデートがうまくいかないことが大事であって、デートの場所がどこかなんて関係ないでしょ? 水族館がダメになったら、突然違う場所に変更することになる。そうなったら、こっちも前もって準備できなくなる」
「ぐぬぬ」
「弟くんが我慢してくれたら、今度私が綾乃を水族館に誘うよ。そのときに弟くんも一緒に来ればいい」
「ほんと?」
「うん、約束。私が弟くんに嘘ついたことある?」
「……しょっちゅうある」
佐倉さんはうそつきだ。
よく彼女に丸め込まれることがあるので簡単に信じることはできない。
じーっと佐倉さんを無言で見つめていると、慌てながらスマホを取り出した。
「ろ、論より証拠だから!」
佐倉さんはお姉ちゃんのデートを応援するという名目で電話をかけ、自分も水族館に行きたくなったから今度ぼくを含めた3人で水族館に行くという約束をとりつけてくれた。
「ほら、嘘じゃないでしょ?」
「ありがとう佐倉さん、大好き!」
感激して佐倉さんに抱きつく。
佐倉さんを疑うなんて最低だ。ぼくは反省した。
「ん?」
髪に何かついたようだ。
佐倉さんから離れて頭を触る。
「血……?」
髪を触った手には血がついていた。
佐倉さんが鼻を抑えている。どうやら鼻血が出たらしい。
「ちょ、ちょっとのぼせたみたい」
メイドさんが現れて、ぼくにハンカチを渡し、佐倉さんをどこかへ連れて行った。
今日はそんなに暑くない。にもかかわらずのぼせてしまうだなんて大丈夫なのだろうか。佐倉さんの体調が心配だ。
◆
鼻血を出してからしばらくして、佐倉さんとメイドさんが戻ってきた。
心配だけれど、メイドさんも問題ないと後押ししてくれたから大丈夫なはずだ。
ぼくたちは佐倉さんによって提案された『デート妨害大作戦』の実行にうつった。
その作戦の内容は、変装して2人に近づき、デートの妨害をしようというものだ。
メイドさんの謎の変装技術によって、ぼくたちは全然違う雰囲気に様変わりする。
やはりメイドさんはツワモノだ。
同じ奉仕するものとして負けてられない。
「じゃじゃーん」
佐倉さんが楽しそうに仁王立ちしてポーズをとっている。
変装することで違う自分になったような気がして解放感を覚える人がいるらしいけれど、彼女もまさにそのパターンなのだろう。
「似合う?」
「うん、ほんとにギャルみたい」
色気むんむん清楚美人の姿から、ギャルビッチ美人の姿になっていた。いつもより肌が露出されていてえっちだ。
ぼくの好みは普段の佐倉さんだ。今のようなギャルの姿は好みじゃない。でも、佐倉さんがギャルのコスプレをしていると思えば、ものすごくありだ。
変装しても美人っぷりは隠せていないけれど、今の姿を見て佐倉さんの正体に気がつく人はいないだろう。普段の彼女からはかけ離れている。
「ゆーともちゃんと生意気な少年になってんじゃーん」
ゆーととはぼくが変装する少年の名前だ。
反抗期に入った生意気少年ゆーと。服装もヤンチャなクソガキっぽい。
品行方正なぼくとは正反対だ。
「愛してるぜ、ゆーと」
「えっ、あっ……」
ギャルを演じているためか態度や口調も変わっている。
演技だと分かっているけど、直球で言われて言葉につまってしまった。
きっとぼくの顔は真っ赤になっているだろう。
「どした?」
「……」
「ゆーと?」
佐倉さんが考えた設定は、ギャルの姉・愛梨とヤンチャな弟・悠斗だ。
姉は弟が好きで直球で絡むけれど、生意気な弟は恥ずかしがってツンデレするらしい。
ぼくはお姉ちゃんにはツンデレじゃなくてデレデレなので、この弟のことは理解できない。
でも、だからこそ、普段のぼくと違いを表現できてバレにくいのかもしれない。
「ここはあーしにうぜーんだよ姉貴って言う場面だかんな!」
変装にハマっているのか、演技指導は厳しい。
細かい反応にも注意してくる。
ぼくはまだ少年ゆーとを掴みきれていないので戸惑ってしまう。
「ほらゆーと、はやく待ち合わせ場所にゴーだぜぃ」
「お、おっけー姉貴」
佐倉さんはノリノリで演技しながら、ぼくの腕を組んで引っ張っていく。
うーん。
これって上手くいくのだろうか。
正直、不安だ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます