第17話 どすけべチンポ野郎

 ぼくと佐倉さんはお姉ちゃんたちに見つからないように、遠くから待ち合わせ場所を監視していた。

 くされチンポ野郎の武田は待ち合わせの30分前に現地に到着する。

 できれば家を特定して、道中にハプニングを起こして待ち合わせに遅れるように仕向けたかったけれど、特定するだけの余裕はなかった。

 佐倉さんも、彼の情報を色々と集めてくれたけれど、さすがに家の具体的な場所までは分からなかった。


「遅れたらいいのに」

「武田はまじめなやつだし、そういうところしっかりしてっからなー」

「……姉貴はどっちの味方なの?」

「ゆーとに決まってんじゃん」


 佐倉さんはぼくに抱き着いた。

 香水の匂いがする。

 普段の佐倉さんは香水はつけていない。

 ぼくをからかって接近したときには、いつもシャンプーの甘い匂いがしていた。


 今は変装のために香水をつけているようだ。

 柑橘系の香りと、少しミントの香りも混ざっているだろうか。

 これはこれで悪くないと思う。


「ばっ、なにしてんだよ姉貴!」

「いっちょ前に恥ずかしがりやがって。うりうりぃ」

「や、やめろって」


 役になりきって演技している佐倉さんに、延々とからかわれながら待っていると、ついに約束の時間の午後1時半になった。


「……あれ? なんでお姉ちゃん来てないの?」


 朝、ぼくはお姉ちゃんを起こしてから佐倉さんの家に向かった。

 だから寝坊はしていない。

 佐倉さんがお姉ちゃんに電話したときも、ちゃんと電話に応答してたし、二度寝もしていないはずだ。

 お昼ご飯もぼくが用意していたから、家事で遅れることもない。


「時間を間違えたのかな?」

「待ち合わせ時間の情報ってお姉ちゃんから聞いたんじゃなかった?」

「うん。電話したときも別に焦った様子はなかったし……じゃあ電車乗り間違えたとか?」

「……あり得る」


 お姉ちゃんは大事な場面でぽかをやらかすタイプだ。今回もそのパターンの可能性は高い。

 気合を入れて演技をしていた佐倉さんも、予想外の事態に素に戻ってしまう。

 くされチンポ野郎が遅れることは期待してたけど、お姉ちゃんが遅刻することは望んでなかった。


「あっ、お姉ちゃんだ」

「全力疾走してるねー」

「デートのときぐらい、もうちょっと女らしくできないのかなぁ」


 お姉ちゃんは全力で走ってきて「ごめん、遅れて」と謝る。

 くされチンポ野郎は、全然待ってないよと爽やかに笑う。


「ムカつく。なんかデートっぽい」

「デートしてるから、デートっぽいのは当たり前じゃない?」

「ぐぬぬ」


 走って疲れたのか、膝に両手をつき、前かがみになって息を整える。

 男勝りでがさつなお姉ちゃんっぽい行動だと思う。


「初デートなのに……幻滅されちゃうよ」


 まぁ、それはそれで望むところだ。

 くされチンポ野郎から去っていくのは、ベストではないけどベターではある。


「意外とそうでもないみたい。むしろ逆効果みたいな?」

「えっ?」


 くされチンポ野郎の目線は、お姉ちゃんの胸元に注がれていた。

 お姉ちゃんが息を整えるために前のめりになっている。襟が浮いて、胸元が緩くなった。

 鼻の下を伸ばしながら、お姉ちゃんの胸を覗き見ている。


「どすけべチンポ野郎! ぶち殺してやる!」

「ちょ、ちょっと弟くん。落ち着いて」


 落ち着いてなんていられない。

 今まさにぼくのお姉ちゃんが、ケダモノの視線に犯されている。

 目でレイプされてる!


「女ってそういう視線に敏感だし、綾乃が武田くんに幻滅するんじゃない?」

「なるほど! はやくどすけべチンポ野郎の視線に気づいてお姉ちゃん!」


 お姉ちゃんがケダモノの餌食になっているのになにもできないことは、自分が傷つくことより辛い。

 でもぼくは耐えてみせる。骨を切らして肉を断つの精神だ。

 ここで我慢すればお姉ちゃんが幻滅してくれる!


「あっ、気づいた」

「よし!」


 これでどすけべチンポ野郎もおしまいだ。

 さぁお姉ちゃん。性欲まみれのケダモノを成敗してやって!


「……ん?」

「おー、乙女だね」

「んん?」

「綾乃って恋するとあんな感じなんだぁ、なんだか新鮮かも」

「えっと……?」


 ぼくは事態がのみこめないでいた。

 お姉ちゃんがどすけべチンポ野郎に幻滅して、ぶん殴っておしまいじゃなかったのか。

 どうしてお姉ちゃんは胸元を抑えながら、顔を赤くして恥ずかしがりつつも、嬉しそうにしているのか。


「女の人って、すけべな視線は嫌いなんじゃないの?」

「もちろんそうだけど相手によるかな。好きな人になら、見られてもイヤじゃないし、むしろ見てほしいって思う。恥ずかしいけどね」

「じゃぁ、あの状況はどういうこと?」

「綾乃が武田くんを好きだから、むしろ喜んでるね。綾乃は自分に女らしさが足りないってよく嘆いているから、女を意識してくれて嬉しかったんじゃないかな?」

「はぁ!? なんだよそれ。どすけべチンポ野郎は、性欲を満たしながらもお姉ちゃんの好感度を稼いだってこと? そんなの卑怯だ。ズルだ!」


 ちくしょう。そんなのおかしいじゃないか。

 ぼくはその場にへたり込んだ。

 もうおしまいだ。


「ほら、弟くん。次の行動に移ろう。綾乃たち見失っちゃうよ」

「……分かった」


 悔しい。妬ましい。

 どすけべチンポ野郎への恨みはつのるばかりだ。

 でも、ここでくよくよしていてもなにも変わらない。

 行動あるのみだ!


 立ち上がり、水族館へ歩もうとすると、佐倉さんがぼくを呼び止めた。


「ねぇ弟くん。女って男のそういう視線に敏感って言ったでしょ?」

「うん、それがどうしたの?」


 あのズボラなお姉ちゃんでも気がつくのだ。

 世の女性たちはもっと感じ取っていることだろう。

 男どもは自分を顧みるべきだ。お前たちのすけべな視線はバレバレなのだ。

 その点、ぼくは問題ない。ぼくは超一流の弟になるべく己を磨いてきた。

 他の男たちとはレベルが違う。

 ぼくは佐倉さんにバレないように、そのえっちな身体を見る方法は心得ている。どすけべチンポ野郎みたいな下手な真似はしない。


「弟くんの視線にも気づいてるからね」

「……えっ?」

「バレてないと思ってるかもしれないけど、バレバレだから」


 そんなはずはない。

 バレてたなら嫌がるはずだ。でもそんな様子はなかった。

 だからバレていないと思っていたのに。

 動揺するぼくに対して、佐倉さんは追い打ちをかける。


「弟くんも、どすけべチンポ野郎……だよ?」


 はい、死んだ。

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