21.言の葉が舞う金曜日


金曜日


学校とは逆側の改札

まだここに来なくなってから1ヶ月も経っていないというのに、ずいぶんと懐かしく感じる


早めに家を出たはずであるが、彩花はすでにいた


「海君‥」


「‥おはよう、彩花」


「おはようございます‥あの、謝りたい事が、たくさんあります‥」


「うん、分かった。聞くよ。‥そこに座ろうか」


改札を出てすぐにある、花壇のようなところにあるベンチへ座ると、彩花が喋り出す


「まず‥いつも、朝待っていてごめんなさい‥‥学校ではもう話したりできないけど、どうしても、海君との繋がりを切りたくなかったんです‥」


「‥ああ、その謝罪は受け入れるよ」


俺も‥もう来なくていいと言えなかったから‥


「ありがとうございます‥それと、あのお別れの日、土曜日何していたのかと聞かれて、嘘をついて、隠そうとして‥ごめんなさい」


「‥‥嘘をついた事は納得はできないけど、咄嗟に隠そうとする理解はできるよ。後ろめたい事がある‥自分が疚しい事をしているって、ちゃんと自覚してたんだろ」


「はい‥本当にごめんなさい‥‥そして、海君以外の人と2人きりになってごめんなさい、手を繋いでごめんなさい、キスをしてしまって‥ごめんなさい‥分かっていなかったんです‥こんな事をしてしまって‥海君がどんな気持ちになるのか‥私、本当に馬鹿で‥ごめんなさい‥」


「俺は別に彩花を束縛したかったわけじゃない。だけど、だけどさ!越えちゃいけない一線くらい分かッ」


違うっ!!俺は彩花を糾弾したいわけじゃない

声を荒げて怒鳴りそうになったのを無理矢理止めた


分かっていたじゃないか。彩花が困っている人を放っておけない性格だって

自分の手の届く範囲であれば、手を差し伸べて助けようとする性格だって



落ち着くために深く息を吐き出す



「‥‥俺が彩花を頼って、お互い信頼し合っていれば‥こんな事にはならなかったのかな‥」


駅前の時計が目に入ると、そろそろ学校へと向かう時間になっていた


「なあ、彩花。今更だけど聞いてほしい‥話しておきたい事があるんだ。ゆっくり時間が取れる‥そうだな‥テスト明け、こっちから連絡するから待っててほしい。それに俺もさっきの謝罪については、まだ答えを出せないから‥」


「‥分かりました。連絡、待ってます」


俺は立ち上がると


「あのさ、テストの点、落とすなよ。今回は俺もやばいけど。じゃあまた」


そう声をかけて学校へと向かった




授業に全然身が入らない

‥テストの点落とすなよって言ったのは俺の方なのにな

彩花と話していると頭の中がごちゃごちゃになって、自分の気持ちがよく分からなくなる

それでも何とか彩花と向き合えたのは

俺が折れずにいられたのは真凛のおかげかな

そして、俺が沈まずにいられたのは‥




昼になると雨宮からメッセージが届いた


雲雀:今日も屋上行くんですか?


海:大地はいないけど、行くか?


雲雀:行きます!




雨宮を待ちながら屋上の手すりに腕を置いて、何となく空を見上げる

雲間から所々陽が差しこんでいて、校庭に目を移すとやっぱり何人かがサッカーをやっている

湿気混じりではあるが、暖かい風はもうすぐ夏だと知らせるようだった


「海せんぱーい!お待たせしましたー」


すると、夏の陽気のような後輩がやって来た


「おー、別にそんなに待ってないぞ」




屋上で昼飯を食べながら雨宮と雑談する


「テスト終わったらすぐに夏休みですね」


「そうだなー」


「海先輩は夏休み何するんですかー?」


「んー、バイトかな」


「あれ?バイトしてましたっけ?」


「いや、これから探すとこ」


「なるほどー、‥だったら同じところでバイトしませんか?」


「別にいいけど、何かやりたいバイトあるの?」


「んー‥そうですねー‥アルバイト‥‥アルバイト‥‥制服‥」


雨宮が目を瞑って人差し指で眉間をぐりぐりしている


「あっ!メイド喫茶とかどうですか?可愛い後輩のメイド姿見たくないですか?」


「俺できないじゃん」


「はっ!そうでした!可愛い制服で考えて、つい」


また雨宮が、んー‥と言いながら悩み始めた


くっくっ、まったくこいつは

何か朝から色々ごちゃごちゃと考えていた事が吹き飛んだよ



そこでふと、大地の言葉を思い出した


『お前いい顔してんだよ』


確かに‥雨宮のおかげかもな


「なあ、雨宮後輩」


「はい、何ですか?」


「ありがとな」


雨宮は驚いて目を見開いた


「え?どうしたんですか?」


「俺が沈んだりせずに、今笑えてるのは雨宮後輩のおかげってのが大きいなってね」


すると‥



雨宮は見開いた目から一筋涙を流すと、膝を抱えて顔を伏せてしまった



「えっ!?だ、大丈夫か?」


俺は焦ったが、そのまま雨宮が喋り出す



「‥今‥‥顔‥‥見ないでください」



「‥私‥海先輩に‥笑顔になって欲しかったんです」



「‥笑顔にできなくても‥‥悲しい顔は‥してほしくないなって」



「それが‥私のおかげなんて言われたら‥そんなの‥泣いちゃうに決まってるじゃないですか」




「‥‥もう少し‥待ってください‥‥」



雨宮は深呼吸を一回すると勢いよく立ち上がって、目は赤いが飛び切りの笑顔で


「バイト、一緒に探しましょうね!」


そう言って、駆け出していった






去り際の雨宮の笑顔を見た俺は、暫く固まったまま午後の授業に遅刻しかけた




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