17.あなたの隣を歩きたい/花島彩花side


『今まで俺と付き合ってくれてありがとう。すっげえ幸せだったよ』



海君のその言葉で


私は一番大切な人と繋いでいた手を



自分から離してしまったのだと




痛いほどに自覚した






泣いて


泣いて


泣いて


もう涙も出なくなった頃、私のもとへ誰かが駆け寄る音が聞こえました


「彩花っ!」


「‥‥美空ちゃん‥?」


美空ちゃんは私の手を、両手で包み込むように握ると涙を流しながら言いました


「ごめんねっ‥‥ごめんねっ‥‥海北君に、彩花の事教えたの、私なの‥‥ごめんねっ‥‥」



‥美空ちゃんに‥見られていたんですね‥

でも、美空ちゃんが謝る必要なんて‥



「美空ちゃん、美空ちゃんは何も悪くありません‥悪いのは、全部‥全部‥私なんです‥‥私が、海君を傷つけてしまったんです‥‥」



その日は足元が覚束ない私を美空ちゃんが家まで送ってくれました

帰り際、美空ちゃんから


「彩花、落ち着いたらでいいから、話を聞かせてね」


と言われ、私は頷きました






海君と別れた次の日

私は過去の夢を見る


これは‥半年前、海君とクリスマスにイルミネーションを見に行った時ですね



体温を感じたいから片方だけ手袋を外して、素手で手を繋ぐのが習慣になっていて


「寒いけど温かいです」


と言った私に海君は、肩がくっつくように引き寄せて、コートのポケットに私の手ごと入れて

照れたように少しだけ目をそらして


「これで寒くない?」


なんて言うから、私は嬉しくて幸せで、胸がいっぱいで、鏡で見なくても分かるくらいに真っ赤になっているだろう顔を隠すように俯いて


「はい」


と、答えました

すると前の方で


「やったー!お父さんありがとー!」


クリスマスプレゼントに買ってもらったのでしょう

小学生くらいの男の子がバスケットボールを持ってはしゃいでいるのが見えました


そして、歩く速度が少しゆっくりとなりました


海君の方を見ると、その男の子をどこか遠い目で眺めていて


「‥海君?」


「え?あ、悪い、ボーッとしてた。行こうぜ!」


「ぁ‥」


‥また私は言えません


海君は時々、今のように遠い目をする事があります

でもすぐに元に戻って私が安心するような笑顔を向けてくれる


そんな海君に私は‥


言いたくない話かもしれないから

聞かれたくない話かもしれないから

海君が自分から話してくれるまで

『何があったの?』そんな簡単な言葉を今日も私は言えませんでした


‥‥‥‥

‥‥‥

‥‥そうですね‥

‥私はきっと‥






海君のいない日常

‥そして海君がくれた日常が始まりました

美空ちゃんが言うには、浮気した事が伝われば私はクラスの皆さんから罵られたり、あるいは無視されたり、下手をする酷いイジメにあったり

最悪、軽い女と広まって襲われたりするかもしれない

だから本当の事は言っては駄目だと言われました


別れても私の事を気遣って、守ってくれる海君

それでも私の心は



「振った花島さんまで落ち込んじゃって、海北君が大丈夫か気になるんでしょ。本当いい子なんだから」

違うんです、私はいい子なんかではないんです‥


「うん、彩花ちゃん優しいからねー」

優しいのは海君なんです‥



クラスメイトからそう言われる度に、罪悪感で軋みをあげる




球技大会の日


笑顔で後輩の女の子とハイタッチする海君を見ました


胸が締め付けられるように痛い

今の私でこれだけの痛みを伴うのであれば


海君はもっと‥

ごめんなさい‥ごめんなさい‥


その後輩の女の子のいる場所は

少し前までは私がいた場所で

今では私がいてはいけない場所


いいえ、もしかすると今の海君の姿はあの女の子でなければ引き出せなかったのかもしれません

楽しそうにバスケットボールをする海君‥

あの後輩の女の子は聞けたのでしょうか

私が聞けなかった事を‥


胸が‥苦しい‥苦しい‥



‥もう心が‥折‥



「彩花?‥彩花!?」


「ぁ‥美空ちゃん‥」


「大丈夫‥?」


「はい‥‥あの、美空ちゃん、‥‥私の話を聞いてくれますか?」


「!うん、球技大会終わったら、彩花の家で平気?」


「はい」





私は事の顛末を全て美空ちゃんにお話しました


美空ちゃんはずっと難しい顔をしています

‥嫌われてしまったでしょうか‥‥

美空ちゃん‥私の大好きな一番のお友達


美空ちゃんまで離れてしまったら‥もう‥私は‥



「美空ちゃん‥」


美空ちゃんはため息をつくと私と目を合わせて言いました


「はぁ‥彩花のその、困っている人を放っておけない性格、美徳と同時に欠点でもあるのよね」


「‥‥」


「どうせ、最初にその泣いている男の人を放っておけなかったのも、同年代とか男とか意識しないで、まるで小さい子供をあやすのと同じように構ってしまったんでしょ?」


「‥‥はい」


「言い方は悪いけど、そこで弱さを見せられて元気にしてあげたいって気持ちにつけ込まれた形になってしまったと」


「‥‥」


「ああぁぁぁあ!もーー!難しいっ!!!」


頭を抱える美空ちゃん


私は‥こんな私のために悩んでくれる美空ちゃんが‥嬉しくて‥嬉しくて‥泣いてしまいました



「美空ちゃん、‥私の事考えてくれて、ありがとう。悩んでくれて、ありが‥どう‥‥どもだぢで‥いでぐれで‥‥‥ありがとう」



すると美空ちゃんは私を優しく包み込んでくれました


「バカね、彩花は私の一番大切な友達よ。昔も、今も、これからも、一番大切な友達」


私が落ち着くまで、美空ちゃんはずっと傍にいてくれました

ありがとう‥美空ちゃん






大丈夫、私はまだ折れてない

それはきっと美空ちゃんのおかげで

‥‥本当に私は誰かに守られてばかりですね‥


でも、


あの、海君と別れた次の日に気付いた事


私は海君に手を引かれないと歩けなかった

だけど、私は‥海君と‥


正面から向き合いたい


過去の何も言えなかった私

もし、海君と正面から向き合う事ができていたら

あの時も‥こんな人がいたのですが、どうすればいいでしょうと海君に相談する事もできたかもしれません


それは本当に、本当に、今更な話で



もう、私はスタートラインにすら立てていない

まずはこの闇の中から抜け出したくて



自分でも矛盾しているのは分かっています

海君に合わせる顔がない

海君に話しかける資格なんてない


そう思っているのは私の本当の気持ちで


それでも私は繋がっていたい

許されるなんて思っていない

応えてくれるなんて思っていない

それでも海君に謝りたい

せめて、海君自身に拒絶されるまでは


海君との繋がりが切れてしまわないように


今日も私は海君の家の前に立つ



浮気してしまってごめんなさい

海君を裏切ってしまってごめんなさい

毎日迷惑ですよね‥ごめんなさい

私の顔なんてもう見たくないですよね‥ごめんなさい



好きなままで‥‥‥ごめんなさい



私が傷つけてしまった愛の赦しを願うかのように

罪の十字架を背負って




もしも、もしも許されるのならば

元に戻る事が出来たならば


以前の、手を引かれないと歩けない私ではなく

海君の隣で歩ける私を見てもらえるように




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