13.憧れの人と紫陽花の花言葉/雨宮雲雀side


中学にも慣れてきた1年生の夏頃のこと

友達に誘われた私はバスケ部の大会地区予選の応援に来ていた


そこで私は1人の男の子に目を奪われる


まるで相手なんて初めからいないようにかわし、羽でもあるかのようにふわりと飛んでシュートを決める

バスケットボールの事が分からない私にも、この人はレベルが違うと分かった


でも、それよりも何よりも、その人がこの場にいる誰よりも楽しそうにバスケットボールをしているのが印象的だった


うちの中学は負けたけど、その人の中学は県予選へと駒を進めた




県予選会場


どうしても、もう一度あの楽しそうにバスケットボールをするあの人が見たかった私は会場に来てしまった


やっぱりあの人はその場にいる誰よりも楽しそうにバスケットボールをしていた

名前は黒瀬海と言うらしい。2年生か‥


海先輩


頭の中で勝手にそう呼ぶ事にした

県予選でも勝ち上がり、全国大会の出場が決まった




全国大会も見に行ってしまった

2つ隣の県だったから貯めていたお年玉を使った

知り合いでもないのに、決勝では思わず


「海先輩がんばれーっ!!」


なんて叫んでしまった


優勝が決まった時の、あの笑顔が忘れられない


海先輩のあの笑顔を形に残したい

私は写真に興味を持ち始めた



写真は知れば知るほど奥深く、面白かった

海先輩でいうバスケットボールように夢中になって楽しめる事が見つかった

それがお揃いみたいで嬉しくもあり、こそばゆかった



2年生になって夏がきた。バスケ部の大会が始まる

いつの間にか私の中で憧れにまで昇華した海先輩の姿をようやく写真に残せる

地区予選会場に向かった私は、出場選手リストを見て愕然した

あの人の名前が無かった



私の心の中に大きな穴が空いたようだった

それを埋めるように写真に没頭した



高校生となり、写真部へ入った

新聞部の友達に誘われて2年生の取材に行く事になった

海北海先輩

花島彩花先輩


海‥あの人と同じ名前


まさかね‥苗字が違うし

そう思いつつもどこかで期待する私がいる

そうして対面した海北海先輩は‥


髪の毛で隠れているけど‥あの人に似てる??


「写真撮るので前髪が‥ちょっと失礼しますね」


前髪に手を伸ばすとヒョイっと避けられた

でも、その時見えた顔は‥


やっぱり‥やっぱり‥


私と海先輩の攻防は続く


「ちょっと、海先輩!大人しくして下さい!」


「だぁー!分かったよ‥もう好きにしてくれ‥」


あの人だ!!


興奮した私は、そういえばこの2人は付き合ってるんだよね‥と一度冷静になる


花島先輩と一緒にいる海先輩の笑顔は、あの優勝した時の笑顔とは違うけど幸せそうで


何で大会に出なかったのか?

何でバスケ部じゃないのか?

疑問はあれど、その時の私は純粋に‥お幸せに

そう思った




ある日、海に沈む夕日の写真を撮りに行ったら海先輩に会った

まるで血の涙でも流しているような、悲しげな表情だった


このままでは海先輩が消えてしまうんじゃないか

そう思った私は慌てて海先輩に声をかけると

海先輩は取り繕うような笑顔を浮かべた

あの頃の海先輩の笑顔なんて見る影もないボロボロな笑顔の仮面


そんな仮面‥海先輩には似合わない

私はそっと海先輩の隣に腰を下ろした



話を聞いた私に生まれた感情は怒りだった


海先輩から笑顔を奪ってこんな顔をさせてしまう花島先輩をただただ許せなかった


海先輩‥どうすれば笑顔になってくれますか?

こんな無理してボロボロな笑顔の仮面を被る海先輩は見たくない


私が‥私が‥笑顔にする事はできなくても、その仮面を外してあげる事くらいはできないだろうか


今日のように1人にはさせたくなかった私は休日に海先輩を連れ出す事にした




土曜日


柄にもなくオシャレなんてしてしまった

翌々思い返せば休日に男の人と2人きりなんて初めてなので、これは仕方のない事である


待ち合わせ場所に現れた海先輩を見てビックリした

髪を切っていて、その姿は背は伸びていてもあの頃の憧れのあの人そのままで


追いかけていたものに手が届きそうな変な感覚だった



頭を切り替える、私の事は一度置いといて、今日は海先輩に楽しんでもらおう



お昼ご飯を食べ終わり、休憩しながら喫茶店で

海先輩に大会に出なかった‥出られなかった理由を教えてもらった

何ともない事のように言うが絶対に悲しかったはず、だってあんなにも楽しそうにバスケットボールをやっていた姿を私は知っている


私は海先輩に笑顔になってほしい

‥‥私が海先輩の笑顔を見たい


私はどうしてももう一度バスケットボールをする海先輩が見たいとお願いすると、しょうがねーなと笑って球技大会でバスケを選んでくれる事になった



最後にとっておきの紫陽花スポットへ向かっている途中、肌寒くなってきた事を察した海先輩が上着をかけてくれた


何だろう‥この気持ち



紫陽花スポットについた後も今日の事を考える


しょうがねーなと笑う海先輩を見ているとドキドキした


海先輩の上着からわずかに漂う海先輩の香りに胸がキュッとなる


綺麗だなと驚いた顔をして紫陽花に目を向けている海先輩の横顔から目が離せない




あぁ‥分かった。私は‥




この気持ちが

進化なのか退化なのか変化なのか分からない

でも‥


「海先輩っ」


パシャ


紫陽花の花言葉、移り気が表すように


憧憬であった被写体が目の前にあり

憧れの人が恋人にしたい人に変わった





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