3.黄昏の日曜日


日曜日


心底今日学校が無くて良かった

全然眠れずに鏡の前に立つ俺の顔はホラー映画にでも出てきそうなものである


リビングにいくと母さんがいた


「おはよう。はい、コーヒー」


俺の顔色を見ても何も聞かずに察してくれているあたり、事情は真凛から聞いたのだろう


「おはよう。これ飲んだらちょっと出てくるから昼ごはんは用意しなくていいから」


「分かった、気をつけて行ってらっしゃい」


今の1人になりたい気持ちを誰よりも理解してくれるのは母さんだと思った




原付を走らせて海に来た

スマホは持ってきていない

今は誰とも連絡を取る気分になれなかった

大地あたりは返信が無いって心配してくれてるかもしれない




寄せては還す波の音だけを何時間聞いていただろう

ふいに声をかけられた


「あれ?海先輩?」


「あ?あぁ、雨宮後輩」


雨宮雲雀

写真部の一年で、二年の学年主席カップルの取材に来た新聞部と一緒にいた

写真を撮る際に髪が目に掛かってて目が写らないだの色々難癖つけられた事がきっかけで校内で会えばたまに話すようになった

と言っても知り合って1ヶ月も経ってないが


「なーに黄昏てんですかー?」


茶色いショートヘアを高めの位置で纏めたサイドポニーがアクセント

オーバーサイズのパーカーにショートパンツといった私服がこいつのイメージに何となく合ってる気がした


「雨宮後輩は何してんの?」


「質問に質問で返さないで下さい!ちなみに私は写真を撮りにきましたー」


「はは、ちゃんと答えてくれるのな。俺はただ海を見にきただけだな」


「いつからいるんです?」


「さあ?昼前からいる事は確かだが」


「はあ!?今夕方の5時ですよ?いったい何時間‥‥何かありました?」


「んー‥何かあったと言うか‥‥何もかもがどうでも良くなった‥かな」


「海先輩が重傷です、早く何とかしないと‥」


「駄目だこいつ扱いやめてくれないかな」


「で、何があったんですか?今なら可愛い後輩が何と無料で聞いてあげますよー」


「それはお得だな。でも新聞部とのツテで口軽そうだしなー」


少し間をあけて


「‥言いませんよ」


急に真面目な顔になってそう言ってきた

何となくだが信用できるかなと思った


「彼女が浮気してたんだよ」


「いきなりヘビー級のパンチが飛んできましたね」


「んで、別れるのに色々気持ちの整理してるとこ」


「別れるんですか?」


「雨宮後輩は浮気許せる人?」


「そもそも付き合った事がないので分かりません」


「無料だとこんなもんかー」


「すみません‥お役に立てず」


「ありがとな」


「え?」


「誰かに聞いてもらうだけでも気分が軽くなるものなのだよ後輩」


「なるほどー、貴重なご意見をありがとうございます先輩」


しばらく無言で海を眺めるとまた雨宮が喋りだした


「ねぇ、海先輩」


「ん?」


「来週の土曜暇ですか?」


「予定は無いな」


「もし、来週の土曜までに別れたら、土曜に紫陽花の写真を撮りに行くのですが付き合って下さい」


「ふむ、可愛い後輩がボッチにならんように一丁頑張りますかねー」


「応援してますねー。あっ、連絡先教えて下さい。今なら可愛い後輩の連絡先がジュース一本で聞けます」


「有料になったな。そして俺は今日スマホを持ってきていないわけだが」


「はぁ‥‥‥‥‥はいこれ、私の番号とIDです。帰ったら何よりも優先してメッセージ下さい」


「分かった。家族へのただいまの掛け声や手洗いうがいよりも優先するわ」


「ふふっ、だいぶいい顔になってきたじゃないですかー」


「おー‥やっぱり酷かったか」


「甲子園決勝で逆転サヨナラホームラン打たれたピッチャーみたいな顔から、今は諭吉さんがインしてる財布を落としたくらいな顔になりましたねー」


「今の顔も酷い事は分かった」


「それでは私は帰りますねー。海先輩原付みたいなので、家まで送ってくれるのを期待するのは難しそうですので」


「おう、気をつけて帰れよー」


「あっ、最後に」


パシャ


「タイトルは黄昏時の海と海ですねー。でわでわー」


カメラを下ろした雨宮は笑顔で手を振ると軽い足取りで駅の方へ歩いていった

そんな雨宮の背中が見えなくなるまで眺めて



それからまた何時間か‥辺りが暗くなるまで波の音を聞いていた



「そろそろ帰るかー」


だいぶ気持ちが軽くなったのは雨宮に感謝しないとな




家に帰って一応約束通りに雨宮にメッセージを送る

いや、スタンプでいいか

不細工な犬が照れ顔でお礼を言うスタンプを送っておいた


大地からは案の定、昼過ぎくらいから1時間置きくらいで電話とメッセージが来てたので


海:心配ありがとな。生きてるから安心しろ


と送った



彩花からもメッセージが来ていたが、内容に目を通す気になれず


海:悪い、スマホ置いて出かけてた。おやすみ


とだけ送っておいた



そこで雨宮から返事のスタンプが届いた

不細工な猫が高圧的に感謝したまえと言っている


ははっ、雨宮もこのシリーズのスタンプ持ってたのか




今日は少しだけ、よく眠れそうな気がした






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