第48話 呪輪の鬼王-3

 一つの階段を上がっていけば地上まで出れる訳ではなかったらしい。


 ある程度上ったらいくつもの部屋を迷路のように進んでいき、別の階段を見つけてはまたそれを途中まで上るの繰り返し。ロウソクと檻はもう見飽きた。


 自分が今どの位置にいるのかなどわからない。全てはリーナ王女の指示に従って前に進んでいるだけ。景色にも変化なく石造りの暗い空間が続いていることから、まだ地上にはでていないのだろうと思う。


 時々鬼や首輪のついた人が前に立ちはだかることもあった。


 相手が人なら近づくだけで失神させることができる。たまに振動による耐性が強いのか、ふらふらとよろめくだけで失神まで行かない人もいたが、そういった者は物理的な衝撃を与えて無力化していく。


「私が見てきたどんな勇者も、操られている人が相手となると途端にやりづらそうにしていたのに、あなたには関係ないのね」


 この世界に来たばかりの頃に比べたら大きく成長したと思えるが、鬼との戦闘においてはまだまだ苦戦することが多い。清人が隣にいれば別だが、一人だと恐怖心もなかなか薄れない。


 まだ一対一なら落ち着いて急所を狙える。複数が相手となると鬼の攻撃を許してしまうことがあった。能力によって鬼の動きは完全に把握は出来るのだが、俺の体がついていかない。


 聖剣を手にして鬼の魔力を吸収するようになってから、身体能力が底上げされているのを感じる。前に比べると体もかなり丈夫になった。それでもまだイメージの中の動きに追いついてくれない。


 長い間運動不足だったせいだ。ギルドの仕事の忙しさを言い訳にせずに適度な運動をしとけばよかった。


 鬼の攻撃は一撃がとても重い。普通の人間なら一撃でもまともに受ければ体が潰れてしまうだろう。その攻撃も今の俺なら、無傷とは言わないが致命傷にはならない程度で済む。そして、致命傷でなければ数秒もしないうちに勝手に再生されていく。


 再生は魔力を消費させて行われることがわかった。どんなにダメージを受けても魔力を吸収する限り、半永久的に戦い続けることができる。既に百体以上の鬼を倒してきた俺が魔力切れを起こすことなど、余程のことがない限りない。


 それにしても、いつになったら地上に出れるのだろうか。進んで行くほど鬼との接触が少なくなっていく。普通は地上に近づく程見張りが増すと思っていたのだが、それは俺の偏見だったのかもしれない。


 敵の気配の感じない一本道をひたすら走っている時に俺は気づいてしまった。


「この道で大丈夫なのか?」


 リーナ王女に任せっきりだった俺だが、このまま突き当たる場所を先に知って不安になる。まだ見えない距離だったが、能力によって空間を把握できてしまった。


 この先は行き止まりだ。右にも左にも前にも壁しかない。


「もしかしてこの先がどうなってるかわかったの? この距離でよくわかるわね」


 それだけ言ってリーナ王女は走り続ける。止まる様子はない。


 もしかして罠なのか? リーナ王女も既に敵の手の者で、俺を陥れる為にここまで誘導してきたということなのか?


 首元を見ても首輪がついている様には見えないが……。


「やっと着いた……一人だったらここまで来れなかったかもしれない。助かったわ」


 行き止まりに着くとリーナ王女は息を整え感謝の言葉を述べた。


 リーナ王女が地面に視線を落とし、トントンと二回ほど片足で足踏みをした瞬間、俺の視界は暗闇に包まれた。





 何が起こったのか理解できず呆然としていたが、罠の可能性に気づき周囲を手探りする。何か柔らかい物に触れ……。


「ちょっと……どこ触ってるのよ!」


 後頭部に衝撃が走り、顔面が壁にぶつかる。そのまま前の壁が開き、俺はうつぶせに倒れ転んだ。体を反してあおむけになると、開いたクローゼットの扉の中からジト目で俺を見ているリーナ王女がいた。


 周囲を見渡すと生活感のない無機質な広い部屋だった。


 なるほど、転移のようなことを行ったのか。説明不足のお前が悪い。


「ここは私の部屋よ。この部屋は城のどの扉とも繋がってないから鬼の心配はしなくていいわよ。私の固有魔法でのみここに来ることができるの」


 確かに四方の壁には扉らしきものがなかった。


「今更だが、ここはお前の城だったんだな」


 よく考えれば、あの迷路のような地下を道案内できるくらいだから、この城に縁のある者だと考えるのが妥当だったか。


「今は鬼に取られてしまったのだけれどね。少しの間だけど、休んでて。準備ができたらすぐに出ないといけないから。城門前でソフィア達と合流してニール神殿まで転移するわよ」


 リーナ王女は簡単な傷の手当や着替え、戦闘に使えそうな道具などの確認を行っていた。


 久しぶりに安らげる時間が来た。


 俺はというと、椅子に腰を下ろしてくつろぎながら壁の木目を見て、あみだくじみたいだなあと感想を抱いていた。


 俺は壁に近づくと、よりあみだくじに見えるよう木目に垂直に聖剣を使って傷をつけていく。どうしてこんなことをしているかと言えば、暇だからだ。


 そんな俺の暇つぶしもリーナ王女に頭を叩かれることによって終了した。


 その後、暇を持て余した俺がすることはリーム王女にいくつかの質問をするだけだった。リーム王女は準備をしながらも俺の適当な質問に丁寧に答えてくれる。


 この世界の人間は四大元素である火、土、水、風のうちどれか一つの属性の魔法を使うことができる。それは生まれつき決まっているそうだ。


 巫女の血を引く七人の王女は、四属性の魔法とは別にそれぞれ固有の魔法を持っている。リーナ王女の場合は、それが転移魔法。


「どこにでも転移できる訳ではなくて、転移先と転移元に同じ魔方陣を刻まないといけないの。だから世界の果てまで転移するには、一度そこまで行って魔方陣を刻みに行く必要があるってこと。その魔方陣も壊されたら使えないしね」


 発動条件があっても便利な魔法だ。AP能力でも転移能力を持った能力者はいたが、AP能力は基本的に自分が認識できている範囲内でしか能力が使えない。簡単に言えば、視覚的に見えている範囲内でしか効果が発動しないという欠点がある。


 俺みたいに視覚に頼らずとも広い空間が把握できてしまえるのならば話は別だが。個人のAP能力では町一つ跨ぐことも難しいだろう。


「私は他に四大属性の水の魔法が使えるけど、戦闘向きじゃないわ。生活には便利なのだけれどね」


 火はいくらでも攻撃手段があるだろう。風や土も物理的にダメージを与える想像は簡単にできる。リーナ王女の言う通り、水での有効な攻撃は想像しずらいな。


「待たせたわね。行きましょ」


 リーナ王女は俺の返事を待たずに、その場でトントンと足踏みした。




 景色は一瞬で変わり、目の前には大きな城門が現れる。後ろは城へと続く広場になっていた。


 周囲に鬼の気配はない。


「後は清人とソフィア王女を待つだけだな」


 清人達と合流したら再びリーナ王女の部屋に戻り、皆がいるニール神殿に転移するだけだ。神殿への魔方陣は既に刻み済みらしい。


 結果的にフェンにこの町まで連れてこられたのは正解だった。二人の王女を救出して俺達も無事に帰ることができる。まさかここまであの狐が考えていたとは思えないが。


 俺は最後の最後で油断してしまった。


 突然空から謎の巨体が目の前に落ちてくる。


 俺とリーナ王女は衝撃で吹き飛ばされ、広場を転がり城門にぶつかった。

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