第47話 呪輪の鬼王-2

 リーナ王女はこの国の状況を詳しく説明してくれた。


 俺らが迷いこんだこの国は、完全に鬼に乗っ取られた国だったのだ。。


 町の人間には首輪のようなものがつけられていた。あれは呪輪という名前の道具だということがわかった。どうやら鬼が持ってきた人間を支配する為の道具らしい。


 呪輪を付けられた人間は鬼の命令に逆らえなくなる。それだけでなく鬼にとって不利になるような行動はとれなくなってしまうのだという。無理に外そうとすれば、呪輪から体に毒が注入され、数分も経たずに息を引き取ることになってしまう。


 解除方法はこの城を支配する鬼王を殺すしかない。


 そういうことなら町の人間の様子にも納得がいく。間違っても鬼と一緒に殺したりしなくて良かった。


 そして予想通り俺がいるこの牢獄は城の地下だったようで、リーナ王女は地上までの道を知っていると言う。


「じゃあさっさと逃げようぜ? 案内してくれよ」


「それはできないわ。私はすぐにでも鬼王の元へ向かわないといけないの」


「鬼王は準備を整えてから勇者総出で倒しに行けばいいだろ。他の王女達もお前のこと心配していたぞ」


 せっかく偶然俺が助けることができたのだ。焦る気持ちもわかるが、まずは他の王女達を安心させた方がいい。


 俺自身も安全な場所でゆっくり休むことを望んでいる。


「私は奇跡的にあなたに助けてもらえたけど、少し前にソフィアが鬼王の元に連れていかれたの! 巫女の血を引いた王女は鬼にとって邪魔な存在でしかないのよ。今頃何をされているかわからない!」


 リーナ王女は青ざめた顔で激しく訴える。


 鬼王に攫われた王女が二人いると言っていた。片方はリーナだが、もう片方の王女もここに囚われていたのか。


 行動を起こすのが遅かったな。もう少し早く俺らが目を覚ましていればソフィア王女も助けられたのだ。


「お前が王女だとわかった以上勝手な行動はさせられない。それに、そんな疲弊した状態で、一人で行って何ができると言うんだ?」


 はっきり言って、無謀だとしか言えない。


「だから、どうかあなたの力を貸してください。もう時間がないの」


 リーナ王女は地面に頭をつけ懇願した。


 王女とあろうものがただの異世界人に頭下げるなよ。


 リリィ王女といいリーナ王女といいこの世界の王女は健気な奴ばかりだ。自分のことよりも仲間の命を大事にして損な役回りをする。こんなのばかりだと下の人間がしっかり支えてあげなければ国が成り立たなくなるだろう。


 巫女の血を途絶えさせることは絶対にできない選択だ。


 数十年に一度災厄が起きるこの世界で、勇者を召喚できなくなれば、今回の鬼神をどうにかできたとしても次起こるかもしれない災厄に耐えられなくなってしまう。


 このまま一人で行かせたら、言うまでもなくリーナ王女は帰らぬ人となるだろう。そしてリーナ王女に折れる気がない以上、自分の意志とは関係なく俺の行動は決められているようなものだ。


 鬼王か……死ぬことも覚悟しないといけない。


「俺、そんなに強くないからな」


「ありがとう。あなたは……勇者だわ」


 リーナ王女は尊いものを見るような目をして頷いた。


 俺がどう返したものか迷っていると、リーナ王女は力強く立ち上がり、俺の手を取って前を歩き始めた。


「急ぎましょ!」


 俺がリーナ王女に続いて歩き出すと、天井からミシィッと音が鳴った。


 嫌な予感がした俺はリーナ王女の手を引っ張り、急いでその場から離れる。


 俺がその場から離れた瞬間天井が崩れ、大きな音を立てながら瓦礫が落ちてきた。


 少し離れた安全な場所から、俺とリーナ王女は唖然としながらその光景を落ち着くまで見ていた。


 鬼の襲撃か? リーナ王女は俺の後ろに身を隠した。すぐに行動が起こせるよう俺は警戒を強めて天井を真っすぐ見る。


 崩落が完全に収まると天井からひょっこりと人間が頭を出した。その人物は逆さまになりながらキョロキョロと周囲を見渡して俺と目が合う。


「あ……ごめん。大丈夫?」


「俺は大丈夫だが……そっちは平気なのか?」


 天井を崩落させた犯人は清人だった。


 いつの間にか上の階まで行っていたのか、相変わらず仕事が速いな。


「そっか、それは良かった。いや、なんか鬼に押さえつけられている女性がいてさ、助けたのはいいんだけど、今度はフェンのせいで大量の鬼と人間に追いかけられることになっちゃってさ」


 あの狐は何かやらかさないと気が済まない性質を持っているのだろうか。清人の苦労が目に浮かぶ。清人は優秀な相棒だというが本当なのか疑問に思う。


 そんなことを考えていると、清人の横から茶髪の見知らぬ少女が顔を出した。


「あれ? リーナじゃないですか! やっほー! そっちも助けてもらえたんだね! 早く上がってきなよ!」


 活発そうな少女は、満面の笑みで楽しそうに手をぶんぶん振っている。


 リーナ王女は何も言葉にすることはなく、唖然と少女を見ていた。


 というか、お前ら鬼と人間に追われてるのではなかったのか。ずいぶんと余裕そうだな。


「こっちは適当にやり過ごすから、落ち着いたら地上で合流しましょう! 日向さん達は先に行っててください」


 そう言って、清人と少女は身を引っこめた。敏感になった感覚が二人の足音が遠くなっていくのを感知する。


出鼻をくじかれたせいで気が抜ける。せっかくやる気を出したところだったのだが。さっきまでのシリアスな雰囲気がなくなってしまった。


 俺は未だに呆然としているリーナ王女に向き直る。


「もしかしなくともあれがソフィア王女か?」


「え……ええ。あの子がソフィアで合ってるわ。最後に私が見た時は今にも死にそうな顔していたのに……何があったの? さっきのはあなたの従者よね?」


「従者というか仲間だな」


 ソフィア王女の気持ちが俺にはわかった。


 鬼に囚われている時は絶望の底にいたのだろう。だが、拍子抜けするほど簡単に鬼を倒していく清人を見て、自分まで万能になったかのように錯覚してしまったのだ。それであのテンションの高さだ。


 俺にも経験があるからわかる。

 

 あいつは妖魔だろうが鬼だろうが草むしりをするかのようにポンポン狩っていくからな。不安を抱えてるこっちが馬鹿らしく思えてくるのだ。


「彼にソフィアを任せて平気なの? すぐに合流した方がいいと思うのだけど」


 向こうは清人がやり過ごすと言っていたのだから、俺が手を出す必要はない。


「それについては心配いらない。この世界で最も安全な場所があいつの隣かもしれないからな」


 おかげで俺はリーム王女だけを守りながら脱出すればよくなった。まだ油断はできないが、死の覚悟を持って鬼王を絶対に倒しに行かなければいけない理由がなくなったのだ。


「信頼してるのね」


 信頼というものとは違う。実際にこの目で見てきた事実だ。


 清人達が鬼を引き付けている内に俺達も出てしまおう。


 リーナ王女に方向の指示だけ任せ俺が先頭を歩く。


 リーナ王女含めた七人の王女は優秀な魔術師でもあるのだが、勇者召喚で魔力を使い果たした状態の今は大きな戦力になるとは言えない。


 だから基本的には俺が戦うことになる。


 地上へと繋がる階段を見つけた俺達は、気を引き締めて上を目指した。

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