第46話 呪輪の鬼王-1

【日向 真】


 檻を破壊し、牢屋から出た俺達は二手に分かれて出口を探すことにした。


 俺達が閉じ込められていたこの牢獄は思っていたよりも広く、沢山の檻が設置されていて、いくつもの部屋に分かれていたのだ。


 罪人、もしくは俺達のような捕らわれた人間が他にもいるのだろうと思っていたが、人の気配は全くなかった。沢山の檻が設置されているのは確認できるのだが、それらの檻は全て空っぽ。


 人の気配はなかったが、鬼の気配は多数あった。おそらく見張りの鬼だろう。


 俺は能力で自分の足音を完全に消し、ギリギリまで鬼の死角となる位置まで近づく。


 光となるものは壁にかけてあるロウソクのみで、薄暗い空間が続き視界はいいとは言えなかったが、俺の場合は鬼の位置を目を閉じていても把握できる。能力で強化された感覚が周囲の跳ね返ってくる振動を敏感に感知するようになった。


 鬼の体格や立っている向きもわかる為、簡単に奇襲を仕掛けることができる。鬼が俺の方向を向いているのであれば、能力で鬼の後方から音を響かせ、背中を見せた瞬間に速やかに接近し、一撃で息の根を止めていく。


 こっちは音をコントロールしているので近づいてもなかなか気づかれない。


 まるで暗殺者にでもなった気分だ。


 思っていたよりも、鬼の数が多い。清人に一度伝えるべきだろうか悩む。


 ……悩むのは一瞬だった。あいつのことだから大丈夫だろう。必要ないことだ。


 どちらかと言えば、心配されなければいけないのは俺の方だったな。


 聖剣を手に入れ大きく能力が強化された俺だが、そんな俺よりもあいつは遥か高みに立っている。


 俺の感覚が鬼の存在を後方に感知する。


 俺に気づかれていないと思っている鬼はソロソロとゆっくり接近してくる。


 後ろから奇襲を仕掛けようとするくらいだから鬼にもある程度の知能はあるらしい。片言だったが、人間の言葉を話しているのも聞いた。


 鬼の間合いに俺が入ったところで、手に持つ金属の槍を俺の背中に突き刺してくる。


 俺は少し横に体を動かすだけだ。それだけで空を突くことになった鬼は体勢を崩す。残身が身についていないからこうなる。


 昔、俺がまだ剣聖になる為にもがいていた時代に、よく父に注意されたことだ。


 残身をとることは基本中の基本なのだが、元々人間よりも強靭な体を持つ鬼には技術を学ぶ文化がないのかもしれない。


 鬼も人間と同じように色々な武器を所持している。だがそれらの武器を使う鬼はただ振り回したり、突き刺したりするだけだった。


 人間が作って人間が使っていた武器をそのまま使っているのだろう。


 俺は振り向きざまに聖剣を横に一閃する。


 息絶えた鬼は黒い煙となって聖剣に吸収されていった。


 不意を突いたと思っていた相手の不意を突くだけで簡単に倒すことができる。凄く気持ちがいい。


 これも全て能力が強化されたおかけだ。


 しばらく歩いていくと、突き当りの角の向こうに二人の人間の気配を感じる。角から身を乗り出し様子を確認すると、鎖で縛られた赤髪の少女が人間の男によって引きずられているところだった。


「放してよ! 痛いっ! 引っ張らないで!」


 少女は周囲の物にしがみつきながら必死に抵抗していた。少女の指先からは血がにじみ出ている。


「何やってんだお前!」


 俺は角から飛び出し男に向って怒鳴ると、男は驚き後ずさる。だが、すぐに大声を出して仲間を呼んだ。


「おーい! 脱獄者だ! 誰か来てくれ!」


 俺は男の元まで全力でかける。能力が有効に働く距離まで近づく為だ。


「エフェクト!」


 男が臨戦態勢に入る前に俺が能力を発動すると、男はふらつきながらそのまま地面に倒れ、泡を吹きながら意識を失った。


 男の三半規管に衝撃を与え、重度の乗り物酔い状態にした。まさか失神までするとは思わなかったが、上手くいったようだ。


 土壇場で思いついた方法だったが、これはかなり使える戦法かもしれない。人間相手なら傷をつけずに無効化できる。


 俺が少女の前でしゃがむと、少女は体を震わせ怯えた目を向けながら縮こまる。


「驚かせてすまない。怪しい者ではないんだ。不当に捕らえられて今は脱獄するところだ。怪我は大丈夫か? 悪い、俺の仲間なら治してあげられるのだが、今は近くにいないから少し我慢してほしい」


 考えもせず無意識にこの少女を助けてしまったが、本当の罪人だったら余計なことをしてしまったことになる。だが、ここは鬼が見張りをしているような場所だ。普通の罪人が捕らえられているような場所だとは思えない。


 普通の人間の男がこの少女を引きずっていたのも気になる。ここでは鬼と人間が手を組んでいるのかもしれない。思い出してみれば、この町に入ってからの人間の様子は異常だった。


「助けてくれてありがとう。でも、仲間を呼ばれてしまったわ。わ、私はいいから…………鬼が来る前に早く逃げた方がいいわよ」


 少女はぐったりしながら俺が逃げるように促す。


 近くで顔を確認すると、清人と同じくらいの年齢だろうと推測できる。俺ともそんなに離れていないだろう。泥や血が染みて汚れてしまっているが、元々高級そうなローブを羽織っていた。


 この少女は偉い立場にいた人間だったのだろう。


「安心しろ。ここに鬼が来る心配はない」


 男が大声を上げる直前に、能力を使ってこの部屋の振動が外に漏れないようにしていた。音は空気の振動によって発生する。振動を閉じ込めてしまえば、外に男の声が届くことはない。


「どういうこと?」


 俺は質問に答えずに聖剣を構える。


 能力を発動して、超音波を使い聖剣の刃を細かく震わせる。こうすることによって聖剣の切れ味が格段に上がるのだ。


 少女を縛っている鎖に刃が触れると、軽い力しかいれてなくとも鎖はゆっくり切断されていく。元々聖剣の切れ味が良いっていうのもある。


 少女は大人しくそれを見ていた。


 鎖には魔力を封じる効果があるようだが、俺が直接触れていなければ意味がないみたいだ。


「私はリーナっていうの。見えないかもしれないけど、これでも王女なのよ。あなたはもしかして勇者だったりする?」


 やはり身分の高い者だったか。リーナという名前は最近聞いた覚えがある。確か神殿で王女達が言っていたな。二人の王女が鬼王に囚われてしまったと。その一人のことか。


 ということは近くに鬼王がいる可能性があるのか。そうなると早くこの地を離れないといけないな。勇者が力を合わせて倒してきたような相手が俺一人でどうにかできるとは思えない。


 清人も一緒にいるが…………まあ、あいつがいればなんとかなりそうな気がしないでもない。


 あいつは以前に妖王を封印した実績もある。本人は未だにあの災厄をただの野良の妖魔の仕業だと思っているが。


「俺は日向 真という者だ。リリィ王女に呼ばれてこの世界に来たらしい。一応形だけは勇者ってことになってる」


「やっぱり、そうだったのね。前回の勇者マーリムもそうだけど、あの子が呼んでくる勇者はいつも別格なのよ」


 別格と言えば別格かもしれない。この世界に召喚された時点では他の勇者に比べて別格の弱さを持っていた自信がある。


 忘れていたが本物の勇者は置いてきてしまったのだった。不憫に思えなくもない。


 聖剣の持ち主が勇者ということなのであれば、今は俺が勇者と言ってもいいのだろうか。


 どうして俺は聖剣に選ばれたのだろう。謎ばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る