第45話 作戦の準備期間ー4

 手と足に違和感があると思ったら。鎖のようなもので壁に繋がれていた。どうやら僕は拘束されてしまったらしい。


 手足に力を入れて暴れてみるが、鎖はびくともしなかった。


 対面の壁には日向さんも僕と同じような状態で拘束されていた。


「日向さん! 起きて起きて!」


 僕は大きな声を出し日向さんを起こす。


 彼はゆっくりと目を覚ますと周囲の状況を確認して手足に注目する。


 ジャラジャラと鎖がすれる音を鳴らしていたが、諦めて僕を見た。


「お前寝ただろ」


「いや、違うんですよ。不思議なことになんとなく一瞬目を閉じたらこうなっていたんですよ」


「寝たんじゃねえか」


 日向さんは僕が見張りをしないで寝てしまったのだと疑っているらしい。迷惑な話だ。


「体調は?」


「快調です」


「寝たんじゃねえか」


 きっと目を閉じれば調子が良くなることもあるだろう。少しは僕を信用してほしい。


「いや、だから違うんですよ。これはあれです……そう、あれ。鬼の陰謀的な何かに違いない。想像以上に鬼はやり手なのかもしれないです」


「眠気は?」


「無いです」


「寝たんじゃねえか」


 やっぱりそうだったか、そんな気はしてた。日向さんの匠な誘導により僕は寝てしまったのだと自覚することができた。


 この檻に入れられるまでによくも起きないでいられたものだ。よっぽど疲れていたのだろう。


 そんなに遠くには移動させられないだろうから、城の地下にある牢屋ってのが僕の推測だ。


 フェンの姿が見えないな。うまく逃げてくれたのだろうか。逃げ延びていれば、彼は優秀だから鍵を持って助けに来てくれるかもしれない。


 いや、確信の持てないものに期待しすぎる訳にはいかない。人任せにしないで自分達で脱出方法を探るか。来てくれたらラッキー程度に思っておこう。


 APがもったいないけど、能力を使えば一人でも脱出はできるだろう。そもそもフェンを待っていられる程余裕があるのかわからない。誰かが来る前に脱出しないとな。


「まあ仕方ないか。とっととこんな場所脱出しようぜ」


「日向さんの能力でどうにかできないですか? 日向さんは後でいくらでも魔力の補充ができますけど、僕のAPは限りがあるので」


 この世界ではいつ何が起こるかわからない。万が一の時の為にも僕は自分のAPをできる限り残しておきたかった。


「それが……さっきから何度か試しているんだが、能力が発動しないんだ」


 日向さんの困ったような顔を見ると、嘘をついているようには見えない。


 眠っている間にこの世界の変な術でもかけられたのだろうか。


 能力が使えないとなると、それこそ本当にフェンを待たなければならなくなる。


「お前も試してみろよ」


「一応やってみます。エフェクト……」


 ジャリインッと音を立てて地面に砕け落ちる僕の鎖。


「……まさか日向さん。僕のAPを無駄遣いさせる為に、嘘ついたんですか? こんな状況でよくそんなことできるね」


「いや、違うんだ。本当に俺は能力が発動しないんだ……エフェクト! やっぱり発動しない」


 僕にできて日向さんにできない理由はなんだろうか。


「日向さん、魔力を使わないでAPだけを使って能力を発動してみてください」


「それはできない。俺の体内で生成されるAPが聖剣によってすぐに魔力に変換されているみたいなんだ。俺はもうAPを使うことができない」


「昨日AP装置使ってたじゃないか」


「魔力でもAP装置が起動できた。だから昨日はずっと魔力で剣を顕現させていたんだ」


 APで行えることは魔力でも代用できるということなのか。一度魔力についてエーテルに話を聞きたいな。


 今度は逃げださないといいけど。


 この檻に閉じ込めた奴らは魔力を封じる何かを僕らに施した可能性がある。だからAPを使う僕には効果がなかった。そんなところだろう。


 僕は変形型AP装置絆心刀を起動して、日向さんを縛り付けている鎖を壊す。


 絆心刀は普段は指輪にしている。APを流すことによって、短剣だろうが長剣だろうが槍にだって変形する便利なアイテムだ。


 このAP装置の凄いところはどんなに大量のAPを流しても壊れないところだ。AP装置を使い捨てにする必要もなくなって、できることの幅が広がった。


 変幻自在なこのAP装置は聖剣以上に価値のあるものに思える。


 立ち上がった日向さんは服についた埃を払い、ストレッチをして体をほぐしていた。


「あれ? 感覚が戻ったな。能力が使えるようになった」


「……本当にさっきまで使えなかったんですか?」


 僕は疑いの目で日向さんを見るが、彼は何かに気づいたかのように、足元の鎖の破片を持ったり放したり繰り返しだした。


「この鎖のせいだな。この鎖に触れていると魔力が封じられるようだ」


 なるほど。だから鎖を壊した途端日向さんは能力が使えると言い出したのか。この世界の人間はAPではなく魔力を使う。本来なら誰も外すことのできない強力な鎖だったのだろう。


 これはなかなか便利そうだ。僕は鎖の破片を一つまみ拾い、ポケットにしまった。


 日向さんが手を前に出すと、聖剣が目の前に召喚される。


「寝ている間に持っていかれたみたいだが、呼べばすぐに俺の元に戻ってくる」


 本当に聖剣に選ばれたんだな。


 日向さんが聖剣を掴むと振動音が鳴り始める。その音はだんだん大きくなっていく。


 振動音を鳴らす聖剣で檻に触れると、抵抗なく刃が檻を切り裂いていった。


 数秒もせずに僕らが抜け出せるくらいの四角形の穴があいた。


「理屈はわからないけど、振動で切れ味を上げたんですか。便利な能力持っていますね」


 吸収した大量の魔力で能力を発動できるようになってから、日向さんの使う振動操作の効果の規模が大きくなった。


 元の世界に戻れば、誰が評価しても高ランクの能力だと言える。


 新しい発見かもしれない。能力者の持つエネルギーの量の違いによっては、似たような能力でも大きく差ができるのかもしれない。


「俺からしたらお前の能力の方が凄いと思うけどな。目にする機会は沢山あったが、未だに結論づけられない。創造系の能力かと思っていたこともあったが、それじゃ説明できないようなこともする……そろそろ教えてくれよ」


「まあまあ僕の能力の話はいいじゃないですか。誰か来る前にとんずらしましょう!」


「そうやっていつも誤魔化すよな」


 師匠こと夢川先生に能力を教えることを禁じられている。思い出してみれば、小さい頃に能力が発現した時も父親に内緒にしなさいと言われた。


 僕的には日向さんになら教えてしまってもいいと思うのだが。


「教えることはできないけど、ヒントをあげましょう。僕のAP量では無理ですが、理屈的には砂漠を海に変え、海を砂漠に変えることも可能な能力です」


「なんだそれ、実際そんなことができるのは女神アイリルくらいだろう」


 僕は半分冗談で言っていたのだが、始まりの超能力者アイリルさんにはそれができてしまうらしい。


 本当にそんな無茶苦茶な人が存在したの?


「日向さんは超能力者アイリルを崇拝してる側の人間なんですか?」


「崇拝とまで行かなくてもAP能力を使うことができる人間は、最低限の敬意を持っているものだろうが」


「そういうものですか」


 APはアイリルによって与えられた力だと言われているから、力を授けてくれたものに対して感謝をするのは当然のことなのだろう。


 以前に誰かが似たようなこと言っていたな。


 一度手に入れた力を手放すことは難しい。だから今の人類はアイリルの支配下にいると。


 確かに僕も今のAP能力が使えなくなると言われたらとても困る。


「行くぞ」


 日向さんが檻の外に出ると、僕もそれに続く。リアル脱出ゲームの始まりだ。

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