第44話 作戦の準備期間ー3
フェンに続いて歩いていくとすぐに森を抜けることができた。僕と日向さんは森を抜けた段階で、フェンが神殿までの道を覚えているのだと確信する。
だが、町らしきものを見かけた時には、既に一晩が明けてしまっていた。
「どう見ても、これ僕らの出発した町じゃないよね」
「お前の狐、適当な場所に歩いていただけなんだな。一晩中歩き続けてたから、もう体力限界なんだが」
日向さんはクマのできた虚ろな目で、フラフラしている。僕も似たようなことになっているのだろう。
僕らはフェンによって、全く関係ない町に連れてこられてしまった。
途中でおかしいとは思っていたんだ。どう考えても神殿を出発してから森に着くまでの時間を超えていたのだ。一晩歩き続けなければ帰れない距離ではなかったはず。
だが、あまりにもフェンが戸惑うことなく堂々と前を歩き続けていた為に、信じるしかなかった。
「クワアア」
フェンは鳴き声をあげ、疲れてしまったのか腹を上にしてゴロンと寝転がってしまった。
なんなんだよ。自由過ぎるだろ。
仕方がないので、僕はフェンを胸に抱える。疲れすぎて何も言う気が起きない。
「もうなんでもいいよ。疲れたから宿屋を見つけよう」
「賛成だな」
町に近づいていくと大きな門が見えた。さらに奥には城のようなものも見える。
ここは城下町といったところだろうか。
門の前には二人の兵士がいたが、僕らを見つけると一瞬驚いたような顔をしてすぐに真顔になり、何も言わず門を通してくれた。
人の出入りに関してはゆるい世界なのかもしれない。この町限定かもしれないが。
二人の兵士の表情に少しだけ気味の悪さを感じた。
町の中に入ると、僕らは宿屋を目指す。
人の数は少なくなかったが、異様に活気がない。すれ違う全ての人が暗い表情をしている。
特に気になるのは、全ての人の首に首輪のようなものがついていることだ。
この町独特のファッションなのか? 宗教的な問題の可能性もある。
「そのまま前を向いたまま聞いてほしい。後ろにいる人間達が俺らのことを立ち止まって見ている。すれ違った人間達もだ。気付かないふりをしろ。確認はするな」
日向さんは僕にだけ聞こえる小声で、恐ろしいことを言ってきた。彼は後ろを見なくても周囲の状況が把握できるのだ。
「本当ですか? 勘弁してほしいです。人間ほど怖いものってないですよね。まだ鬼に囲まれてる方がいいんですけど」
この町は排他的な地域なのだろうか。だとしたら門前で止められる気もするが。
「今のところ手を出してくる様子はないから様子を見よう。どのみち、今の俺らは休息を取らないとまともに活動できないだろ。弱みを見せないように元気なふりをしていろ。宿を見つけたら鍵を閉めて閉じこもればいい」
こんな状況で日向さんはよく冷静でいられるな。僕なんか緊張して心臓の音が周りに聞こえそうなのに。
試しに町人に声をかけてみようか。
「すみません。旅の者なのですが、どこへ向かえば宿がありますか?」
「宿かい? それなら奥の通りを右に曲がるとすぐに左手に見えるよ。この町には旅に必要なものが一通り揃っているから、ゆっくりしていくといい」
前を歩いていた町人は僕の声に立ち止まると、丁寧に宿までの道のりを教えてくれた。
「普通に親切でした」
「そうだな。でも余計なことするなよ。大人しくしててくれ」
なんだと。僕がリーダーだぞ。リーダーに偉そうに指示を出さないでもらおうか。
普段なら口に出してしまうところだが、状況が状況なので、冗談は心の中だけにとどめておく。疲れているからふざける気にもならないというのもある。
「ちなみに、今の親切なおじさん……後ろでずっと俺らのこと見てるからな。振り向くなよ」
「噓でしょ。嘘って言ってくださいよ。僕を怖がらせようとしているんだよね? そうですよね? …………でんでんむーしむーしかーたつーむりーおーまえーの」
「うるせえよ」
僕は恐怖を紛らわす為に、できる限りの美声を持って歌を歌うことにした。僕は中等部の校内合唱コンクールで優秀賞を取るのに貢献した二十人の内の一人なのだ。
日向さんが制止をかけるが、無視して歌い続けた。
宿屋を前にして僕は歌うのをやめる。
「いらっしゃいませ。一部屋銀貨二枚でございますが、いかがないさいますか?」
二人で同じ部屋にいる方が何かあった時にすぐに行動ができる。ここは狭いかもしれないが、一部屋だけにしておこう。
決して一人だと怖いからではない。
「一部屋でいいですよね?」
「最初からそのつもりだが、重大な問題が見つかった。俺ら金持ってなかった」
確かにそれは深刻な問題。この世界にはこの世界の金が必要になるのは当然だ。疲れで頭が働かないせいで、そんなことにも気づかなかった。
でもまあそれくらいなら僕ならどうとでもできる。
僕は自分のポケットに手を入れながら、店員さんに話しかける。
「遠くから旅をしてきたので確認だけしたいのですが、この国で使える硬貨ってどんなものでしたっけ?」
店員はカウンターの下からいくつかの硬貨を取り出す。
「価値の低いものから銅貨に銀貨に金貨。大丈夫ですか? お金ちゃんともってます?」
僕は短時間で記憶する為に、意識を集中して硬貨の形状や重さを確認した。
店員は疑いの目で僕を見ると、警戒するようにすぐにカウンターの下に硬貨をしまう。
「そうだ……これでしたね。大丈夫です。それならちゃんと持ってますよ。エフェクト……」
ポケットから金貨を取り出し、店員さんに渡した。
店員さんは疑い深く硬貨を眺める。
しばらくして僕の渡した硬貨を確認した店員は、疑ってすみませんね、と言い部屋まで案内してくれた。
ちょろいな。
「能力を使って金を偽造することは重犯罪だぞ」
部屋に着くと日向さんは呆れたように僕を責める。
今回は仕方がないじゃないか。そんな平和ボケたことを言っていられる場合ではない。
「証拠なんて出ませんよ。そもそもどこの世界の法律ですかそれは」
「それもそうだな。俺らの世界の基準なんて無意味だったな」
日向さんの物分かりが良くて助かる。
「二時間交代で睡眠をとろう。何か異変が起きたらすぐ起こしてくれ」
そう言って日向さんは一つしかないベッドに入った。
限界が近いから僕を先に寝かしてほしかったんだけどな。確認すらとってこないということは日向さんは譲る気などないのだろう。
ちゃんと金を払って宿に泊まっているというのに、ゆっくり休めないというのもどうなのだろう。これでは野宿をしているのと変わらない気がする。
これからのことが不安だ。すぐにでもこの不気味な町から出たいが、帰り道もわからない。フェンが適当なことをしなければ、森で一晩明かしてから鬼の死体を辿っていき、エーテルの待つ神殿まで無事に帰れたのかもしれない。
見張りを頼まれた僕はベットの横に腰を下ろして床に座る。それだけでだいぶ楽になった。
日向さんが寝ている間に休息をとった後のことを考えておこう。この町の奥に城があったな。あれは七人の王女の誰かの城になるのだろうか。後で日向さんと一緒に様子を見に行ってみてもいい。
寝るつもりはないけれど、僕はなんとなく目を閉じた。
それから僕が目を覚ましたのは八時間後、檻の中だった。
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