第43話 作戦の準備期間ー2

 右を見ても左を見ても木しか見えない。


 日が沈みかけていた頃。出口の見えない森の中で、僕らは途方に暮れていた。


「ぜぇ……はぁ……もう駄目だ。なんなんだよお前……それに、どこだよここ……完全に迷っちまった」


「これはまずいですね。ただでさえこの世界の地理なんてわからないのに……誰かさんが調子に乗るから」


 僕らは終わりの見えない林道で、とうとう足を止めてしまった。




 まだ僕らが迷う前、この森の入り口付近に来るまでに、僕と日向さんは順調に鬼を退治していた。


 僕は最初から鬼を倒すことに苦労はしていなかったから、特に感情が高ぶることなくずっと落ち着いていた。だから森の入り口に到着した時、帰りが遅くなってしまうのでそろそろ引き返して神殿に戻ろう、と日向さんに提案をしたのだが。


「あっれー? もう疲れたのか清人? おこちゃまには遅い時間のようだな。俺はまだまだ余裕なんだけどな」


 日向さんはわかりやすく調子に乗っていた。


 鬼を倒すごとにだんだんと力を増していった日向さんは、僕に頼ることなく一人でも余裕で鬼を倒せるようになっていたのだ。


 鬼を吸収すると魔力だけでなく疲れもとれるらしく、どんどん鬼を倒すスピードが上がっていき、剣の扱いも少しずつ学生時代の勘を取り戻していった。


「はい? 誰が疲れたって? この程度で僕が疲れる訳ないよね。鬼から体力を貰わなければまともに動けない人とは鍛え方が違うので」


 僕は怪盗をする為に過酷な訓練を積んできたのだ。侮らないでほしい。ギルドで書類仕事が主なフリーターとは違うのだから。


「強がりはよせよ。本当はもう限界なんだろ? 帰りたいんだろ?」


 おい、応援担当がどうのこうの言っていた奴どこいった。どうしてだろう……こんなに好戦的な奴僕は知らないのだけど。


 僕が神殿から無理に連れ出した日向さんとかいう男はどこにいったのだろう。あの謙虚で自虐的な男はどこに行ったのだろう。この異世界で、神隠しにでも遭ったのか?


「勝負な! 今から先に鬼を五十体倒した方がリーダーな。リーダーの命令は絶対だから!」


「小学生かな?」


「勝てる気がしないなら休憩しててもいいぞ!」


 そう言って日向さんは僕を置いて森の中へ駆けて行った。


 嘘だろ?


 僕は初めて使うイヤリングの通信機能でエーテルに帰りが遅くなることを伝え、慌てて日向さんを追った。




「はぁ……容赦ないな。やっぱり普通じゃねえよお前は」


「今から僕がリーダーだ。もう勝手な行動はしないでください。そして調子に乗らないでください。リーダーの命令は絶対らしいですから」


 僕は森の中へ入った後、草木の折れ具合や足跡からすぐに日向さんに追いつくことができた。


 彼は感知能力で僕より先に鬼を見つける自信があったのだろう。勝つ自信があったから僕に勝負を挑んできたはずだ。


 常に日向さんの傍に張り付いた僕は、彼が発見した鬼を片っ端から先に倒していくことによって、一体も鬼を彼に譲らなかった。


 鬼から体力を吸収することもできず、息を乱しながら走っていた日向さんが涙目になった頃に、僕は五十体目の鬼を倒し終えたのだった。


 勝敗……五十対ゼロで僕の勝ち。


 なんだか今日は色々と精神的に疲れる日だな。


 日が沈み切ってしまったので、枯れ葉や木の枝を集めて火を起こした。火は能力で簡単に出せる。後は消えないように注意するだけだ。


「それで、どうしてくれるんです? 日向さんが何も考えずに見知らぬ地を暴走したせいで、帰れなくなりましたよ」


 こんなことになるなら日向さんを置いて帰ってしまえばよかった。あれくらいのテンションの高さを維持していられたなら、彼一人でも生き延びてくれそうだし。


 どうして僕までこんな目に遭わなきゃいけないんだ。


「清人……お前は本当に俺がなんの考えも無しにこんな樹海に入ったと思っているのか?」


 日向さんは真面目な表情で僕を睨む。まさか……あのテンションの中でも日向さんはちゃんと対策を練って……。


「はは、正解!」


「ぶっとばすぞ!」


 こいつ聖剣の粒子が同化した影響で頭のネジぶっとんだんじゃないだろうか。


「お前さ。気持ちはわかるが、さすがに先輩を相手にその言葉遣いはないだろ」


 なんでいきなり正論言いだすんだよ。腹立つなあ。


「さっきまでのは冗談だよ。からかってみただけだ。昼間にいきなり俺のこと攻撃してきただろ? あれの仕返しだと思え」


 それを出されると、僕は何も言えなくなる。どう考えてもあれは僕が悪いから。


 こうしてみると、今の日向さんはいつも通りだ。僕が尊敬している聡明で冷静なギルド職員の顔。


 聡明で冷静な人はフリーターにならないのかも知れないが。


「この世界に来てからの時間はとても楽しいな。外から圧力をかけてくるものがないから自由だ。この世界にいる間くらいハメを外したっていいだろ? どうせ帰ったらまたつまらない日々の繰り返しだ」


 日向さんは楽しそうに笑いながらそう言った。


 僕の予想では、この世界から帰った時、日向さんが言っている様なつまらない日々とやらを送ることはできなくなるだろう。


 男子三日会わざればなんとやらと言うが、彼はこの世界で力をつけ過ぎる。


 僕らが元の世界に帰る時、それは全ての鬼王と鬼神を倒した時だ。それらを吸収した後の日向さんは元の世界でも有数の実力者になっているに違いない。


 良くも悪くも今まで通りの生活を送ることはできない。


「大事なこと言い忘れてたが、ありがとな」


「え? 何が」


「俺が聖剣でこっちの世界に飛ばされる時、聖剣の拒絶による激痛に耐えながらも俺のことを最後まで助ようとしてくれた。そんで巻き込んでしまったな」


 あの時は僕も何が起こっているのか理解できていなくて、必死だった。


「お前の連れの女……エーテルって言ったか? あいつにも感謝しないとな。これからもギルド関係で困ったことがあったら俺を頼ってくれて構わない。大概のことはうやむやにできる。お前らの活動は表立ってできないことばかりだもんな」


 褒められたことではないが、日向さんはギルドの悪い方の職員。


 彼のおかげでOTAK部の活動が成り立っているから、感謝するのは僕らの方でもある。


 彼とはこれからも長い付き合いになりそうだ。


 とりあえず僕は先のことを考える前に、元の世界に戻ることを考えないといけないな。


「なんか来るぞ」


 日向さんは暗闇の中にそびえたつ木々の奥を見つめる。


 こんな森の中で火に近づいてくるものがいるとしたら、鬼と考える方がいいだろう。昼夜問わずに活動しているとしたら厄介だな。ゆっくり睡眠をとることが困難になる。


「クワアアァ!」


「フェン? よくここがわかったな」


 フェンが僕の胸元へ飛び込んできた。


 匂いを追って迷った僕らを探しに来てくれたのか。本当に頭のいい狐だ。僕の頼れる相棒なだけはある。


 僕が一通り撫で終わると、フェンは森の暗闇の中へ歩き始め、途中で振り返る。


「ついて来いってさ」


「凄いなこいつ」


 そりゃそうだ。誰のペットだと思っている。


 僕らはフェンを先頭に森の暗闇の中を歩き始めた。

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