第42話 作戦の準備期間ー1

 「お気を付けて行ってきてください。作戦開始は三日後なので、あまり体を疲れさせないようにしてくださいね」


 リリィ王女の見送りを後にして僕らは歩き出した。僕は嫌がる日向さんを無理やり連れ出して、二人で町の外に散歩に出ることにした。


 あの神殿の中の空気は僕にとってあまりいいものではなかった。


「そうだ! 俺は応援を担当するから。お前は戦闘を担当してくれ。安心していい、お前の邪魔にならないように久しぶりに本気を出すから」


「応援とかいらないからね。そんなことに本気にならなくていいから」

 

 今回は僕の都合でただ散歩をする為に日向さんを連れてきたのではない。ちゃんとした別の理由がある。


 エーテルの話しでは日向さんの聖剣は倒した鬼の魔力を吸収しているらしい。それが日向さんの魔力として還元されている。


 彼には十分な戦力になってもらいたい。手ごろな鬼を沢山倒して多くの鬼を吸収してもらおうという僕の考えだ。


「お前らと同じ価値観で俺を測らないでくれ。普通の人間は妖魔だとか鬼のような人外に遭ったら逃げることを第一優先にするものだ。自分から戦いに行くとか馬鹿のやることだろ。学校で習わなかったか?」


「酷いことをいいますね。まるで僕が普通の人間じゃないみたいな言い方じゃないか」


「そう言っているんだが」


 僕などその辺にいる学生の一人だ。日向さんだって数年前までは学生だったのに、どうしてここまで牙が抜けてしまっているのだろうか。


 日向さんも僕と同じで、戦闘技術を学ぶ学校の、名門に通っていたはずなんだけどな。




 神殿でマーリム爺が倒れてしまった後、彼は休憩所で寝かされることになった。リリィ王女は、しばらく休めば目が覚めるので心配しないでくださいと言ってくれて、何事もなかったかのように王城奪還の為の作戦会議を開始した。


 僕に余計な気を使わせないようにしてくれていたのだろう。


 それでも僕は終始気まずい空気に苦痛を感じていたが。周りの勇者達は僕以上にソワソワしていて落ち着きがなかった。


 作戦会議の後、僕はすぐにエーテルの元に向かい説明を求めたが……「わーわーわー、何も聞こえませんがとても大事で重要な用事を思い出したので神殿の中を探検してきます!」と言って、僕の話を聞かずに去ってしまった。


 もはや何もいうまい。


 暖かい日を浴びながら綺麗に整えられた並木道を通っていると、この穏やかな世界が窮地が迫っているなど考えられなくなる。


「あーやだやだ。帰りてえー。でもギルドには帰りたくねえな。うん? ……そこの二番目と三番目の木の裏に何か隠れている」


 日向さんの愚痴も聞き飽きてきた頃に、横にいた日向さんは突然立ち止まる。指差された方の木を見るが、異変は感じない。


 鬼でもいるのか? 何故僕にはわからないのに、日向さんにはわかるんだろ。


 日向さんが指をパチンと弾くと、木の裏からとてつもない轟音が鳴る。


 僕と日向さんは音に驚き、体をビクつかせて数歩後ずさった。


 おそらく日向さんは振動を操作して、あの轟音を鳴らしたのだろう。いきなりそういうことしないでほしい。寿命が縮む。僕はともかく、なんで日向さんは自分の能力に驚いているんだよ。


 驚いたのば僕らだけでなく木の裏から二体の鬼が飛び出てきた。鬼が混乱しているうちに、僕は落ち着いて二体の鬼の首をはねた。


「最初に鬼を吸収してから、俺の能力が強化されている。前までは音の振動に敏感だった程度の感覚が、今では目を閉じていても周囲に何があるかわかるようになった。音もここまでうるさくするつもりはなかったんだが」


 そういえば、神殿についたとき周囲の感覚が近く感じて気持ちが悪いとか言っていたな。


 僕は自然に日向さんの背後に回り、彼の尻を蹴り上げようとしたが、当たる直前でひょいと横に避けられて空振りしてしまう。


 何度か後ろから攻撃するが、全部空振りしてしまった。


「……なんかずるい」


「はっはっは、これは気持ちがいい」


 うっわ……なにそのチート能力。そんな能力があったら僕の怪盗としての仕事もイージーモードになってしまう。僕がここまで他人の能力に嫉妬する日が来るとは思わなかった。


 むしろ彼の方が怪盗に向いているのではないだろうか。駄目だ……絶対にそれだけは認めるわけにはいかない。僕の存在意義の八十パーセントが無くなってしまう。


 若い芽は……


「日向さん……残念ですが、ここで僕は全力であなたを抹殺します」


「は? えっちょっと、まて……っ!」


 僕は体内のAPを加速させ、身体能力をあげた状態で掌を使い胸部に突きを放った。


 日向さんは腕をクロスしてガードしたが、勢いを殺しきれず背中から木にぶつかり地面に転がる。


 よし、やる気になった僕にはまだ追い付けないようだ。


「うぅ……いきなり何すんだこらぁ!」


「油断しているからですよ。いつどこから強力な鬼が襲ってくるかわからないんですから、練習だと思ってください」


 わずかな優越感に浸りながらも、僕は自分の器の小ささに自己嫌悪する。 


「どうしたお前……何ふてくされてるんだよ。いいからお前のそのAP装置使ってくれ。左腕折れたかもしれん」


 日向さんは僕のイヤリングについてる女神の涙を見ていた。僕はイヤリングを隠すように手で覆う。


「へへっ」


「お前……いつか……覚えてろよ」


 僕はしばらく日向さんの怪我を治さないことにした。まあ次の鬼との戦闘前には治してあげるつもりだけど。


 それだけの能力があるのだから、もうこの世界でも僕らの世界でも勝手に救ってくれたらいいと思う。


 日向さんは文句を言いながら、僕が倒した鬼を聖剣で突き刺していく。聖剣によって鬼は黒い煙となり、吸収されていく。


 自分で倒さなくても鬼を吸収できるのか気になっていたが、問題はないらしい。これなら僕も、気にせず鬼を倒していくことができる。僕が倒した鬼を後から吸収してもらえばいい。


 聖剣で鬼を吸収した日向さんに異変が起きる。左腕の怪我や傷ができている場所から肉が焼けるような音とともに煙が出てきた。


 日向さんは慌てて腕を上下に振り煙を消そうとするが、全く消えない。その後、日向さんは煙を消すのを既に諦めていたが、何もしなくてもだんだんと煙の量は減っていた。


「あれ……痛くない。なんか怪我も傷も治ってるわ」


「……うわあ」


 神殿での時とは逆で、今度は僕が日向さんに対してドン引きした。


 いや、だって、ここまでされると変な対抗意識とかなくなるから。さすがに人外相手にはそんな感情沸かない。怪我が勝手に治るとかステージの高い妖魔でもそうそういないからね。


 何この生物……気持ち悪いんだけど。


「日向さん……」


「言いたいことはわかってる……だから何も言うな」


 日向さん自身も自分の異常体質にショックを受けていた。


 この現象もきっと聖剣の恩恵なのだろう。エーテルが聖剣の粒子が同化しているだとかなんだとか言っていたな。


 本当に彼は人間の枠を超えてしまったのかもしれない。


「いやー普通の人間ではない僕にはそんなこと天地が引っくり返ってもできないだろうなー。普通の人間ってのは凄いんですね! 驚きました!」


「悪かったから! 撤回するから黙っててくれ!」


 僕の皮肉に考えを改めてくれたようで良かった。

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