第41話  初めての異世界ー5

 リリィ王女は悔しそうな顔をしていた。勇者カイルの発言が許せなかったのかもしれない。


 前に出て今にも文句を言いだしそうだ。


「そこになんかいるな」


 横から日向さんに声をかけられ、僕は意味がわからず首をかしげる。


 すると、前に出たリリィ王女と勇者カイルの間の空間が歪み、何もない空間から白髪の老人が現れた。


 日向さん以外のこの場にいた者達は驚いて、呆然とその光景を眺めている。え? なんだろうこの爺さん。日向さんはなんで爺さんがいることがわかったのだろう。


 僕は全く感知できなかったのに。


「ほっほっほ、鬼神からも感知されずに逃走できた私の隠密魔法を見破るものが現れるとは、嬉しい限りよのお。今回は期待できそうじゃ」


「マーリム様! いらしたのですね。紹介します。この方は前回の鬼神との戦闘で唯一生き残った勇者マーリム様です」


 リリィ王女は僕らに、突然現れ、驚かせながらも穏やかな表情をしている好々爺を紹介してくれた。


 そういえば、前回の戦いを生き残った勇者が今回の勇者召喚を提案したとか言っていたな。


 彼が実力のある強力な魔法使いだとさっきの身を隠す術を見ればわかる。


「やはりリリィ王女の者であったか。他の者どもは鬼神と戦うのに十分な力を持ち合わせていないようじゃったからのう。心配していたのじゃが、不要じゃったな」


「な、なんだと! 聞き捨てならないな」


 勇者カイルは勇者マーリムに掴みかかろうとするが、直前で不自然に転び、地面に軽く頭を打っていた。


「なんだこの魔力の圧力は……っ!」


 勇者マーリムは彼を無視し、僕らの元まで近づいてくる。


 え、なに? 魔力の圧力とやらで勇者カイルを地面に押しつぶしたの? なにそれ怖い。僕は臆病なので、いきなりそういうわけのわからないことやらないでほしい。心臓に悪いな。


「儂もリリィ王女に呼ばれた者じゃ。彼女は一番強く血を継いでおるのでな。儂のことはマーリム爺とでも呼んでくれ。同士として共に戦おうぞ」


 一番近くにいた日向さんに右手を差し出し握手を求めた。


「若輩者ですが、こちらこそよろしくお願いします」


 拒む理由もなく日向さんはその手を掴んだ。その瞬間マーリム爺の眼光が鋭くなる。


「ほほう、それほど魔力を秘めてないと思ったのじゃが、触れているだけで儂の魔力が喰われておる。珍妙な体をした男じゃな。さぞかし光輝な功績を残しておるのじゃろう」


「……それがないんだな」


 日向さんは自虐的に呟く。それを聞いたマーリム爺は“それはいいのう”と言いながら、今度はエーテルの元へ向かった。


 何がいいんだよ。


 今のやりとりから見て、マーリム爺は触れることによって相手の性質がわかる能力があるらしい。


 警戒すると思っていたが、エーテルも日向さんと同じように差し出された手を躊躇せずに堂々と掴んだ。


「なんと! 儂に匹敵する量の魔力を持つ人間に初めてあったわい。そして、なんて純粋で綺麗な魔力をしているのじゃろうか。その若さで、いったいどんな秘術を使ったのじゃ?」


 あんまりその居候を褒めないでほしい。調子に乗って面倒なことになるから。


 エーテルは僕らの世界の人間には魔力を生成する器官がないとか言っていたよな。あの件は丸ごと嘘だったというのだろうか。


 わざわざそんな嘘をつく必要はないはずだ。ああそうだった、彼女は人間ではなく魔女だったんだ。魔女なら魔力を持っていても不思議ではない気がする。


 魔女はAPを持たないが、AP能力とは比べられない理外の力を使うと言われている。どんな力を使うにしてもエネルギー源が必要になるはずだ。APではなく魔力を使っていたというなら納得できる。


「ふふふ、あなたも“人間にしては”とても長生きをしているのですね。その経験や知識でどうか私たちを守ってくださいね」


 エーテルは勝ち誇ったような顔で手を離す。あ、こいつ……アカシックレコード使ってマーリム爺のこと見たな。


「い、いい眼をお持ちのようじゃな。儂の何を見たかは知らないが、他言せんようにな」


 ずっと穏やかだったマーリム爺は焦ったように目をそらし、僕の方に近づいてきた。


 僕の前に立ったマーリム爺は少し安心した顔で僕を見た。


「おぬしからは何も感じんのう。おぬし達の世界はあのようなふざけた力を持つ者ばかりなのかといささか焦ったが、おぬしのように普通の人間もいたのじゃの」


「そうなんですよ。僕は一般人なのに召喚に巻き込まれてしまって。本当にどうしようかと」


「ほっほっほ、偶にいるそうじゃよ。そのような災難に巻き込まれる者が。安心せい、力のない者を無理に戦わせようとはせんよ」


 おお! 話の分かる爺さんじゃないか。大人しく三十日間待機してても咎められない道が開けたかもしれない。


 そうだよ。こういうのだよ。こういう無難な評価でのらりくらり生活したかったんだよ。


 僕は笑顔で差し出された手を握り、マーリン爺と握手を交わした。


 ……おかしい。僕と握手を交わした瞬間から、マーリン爺が硬直してしまった。


 何かの悪ふざけをしているのだろうか。僕をビビらせようとしているのだろうか。僕が臆病だということを見抜いた上でやっているのなら恐ろしい人だ。


「どっどうしたの? あれ、大丈夫ですか?」


「……ぐふっ」


 僕が声をかけて様子を見ようとした時、マーリム爺はいきなり吐血し、僕の制服を汚す。目と鼻から赤い液体がたれている。


 突然のできごとに僕の心臓の鼓動が高鳴った。


「あっ……そうだ言い忘れてた。清人さん手を離してください!」


 僕はエーテルの声でとっさに握手を解いた。


 マーリン爺はそのまま地面に倒れ、気を失ってしまった。体は小刻みに震えている。


「貴様! 何をした! さては鬼の手のものだな!」


 勇者カイルの声によって、周囲の勇者と従者が武器を構え、僕に敵意を向けた。


 いや、待ってくれ。何が起こったのか僕にもわからない。どうしたらこの状況を打破できる……とりあえず、逃げよう。


「待ってください。まずは原因を探ります。誰も動かないでください!」


 リリィ王女が今にも襲い掛かって来そうな勇者に制止をかけ、僕のそば……マーリン爺の元まで来る。


「清人様……私は信じています」


 僕に目を合わせることなく体を震わせながら言った。明らかに僕に対しておびえている。これは、彼女なりの僕に対しての牽制でもあるのだろう。


 リリィ王女がマーリム爺に触れると、マーリム爺の体から光と共に幾何学模様が浮かび上がった。


 やがて、光が治まると、リリィ王女はため息を着くように言った。


「大丈夫です。ただの魔力中毒です」


「はあ? 魔力中毒だと? そんな馬鹿な。勇者マーリムが魔力中毒を起こしたと言ったのか?」


「そうです。そう言いました」


 勇者カイルはリリィ王女の返事に、何かを考えているのか静かになった。


 彼は僕が見ていることに気づくと、怯えたように顔を背けてしまう。さっきまでの強気な態度は見られない。


 他の勇者達の様子も見ようとすると、目を合わす前に顔を背けられてしまった。


「リリィ王女……ごめん、魔力中毒って何ですか?」


「魔力の無い者や少ないものが、膨大な量の魔力に触れた時に起こる症状です」


「つまり、僕の魔力が少なすぎてマーリム爺に迷惑をかけたということですよね。申し訳ないです」


「いえ、噛み合ってませんね。それならば被害に遭っているの清人様になります」


 理解が追い付かない。僕はアイリルによって魔力生成器官が失われているはず。魔力を持たない僕だからこそ、AP能力をつかうことができるのに。


「うわあ……」


 日向さんが僕を見てドン引きしていた。いや、あなたも状況よくわかってないでしょう。

 

「……あちゃぁ」


 静寂の中にエーテルの声が聞こえた。いや、あちゃぁじゃないからね。


 エーテルは頬をぽりぽりかきながら、目を背けるとかの域を跳躍し、思いっきり目を閉じ、拒絶の姿勢を示した。


 さっきの様子からこいつはこうなることがわかっていたはずだ。言い忘れてた……って、ちゃんと聞こえていたからな! 絶対後で問い詰めてやる。

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