第40話 初めての異世界ー4
「到着です。皆さま本当にお疲れさまでした」
リリィ王女は労いの言葉をかけてくれた。
僕らは無事に西の神殿についた。神殿の名前はニール神殿。物音一つ聞こえない静かな町にその神殿はあった。町は寂れてしまっている。人の姿などどこにもなかった。
結局川沿いの道を過ぎてからは一度も鬼と遭遇することもなかった。リリィ王女がなるべく鬼に出くわさないよう気をつかって道を選んでくれたのだろう。
この世界の鬼との戦闘にはまだ慣れていない。僕自身は弱い鬼との戦闘をこなして経験値を積みたかったところだが、戦闘に不慣れな人も連れているので無理をして危険な目に遭う必要もない。
日向さんは武器型のAP装置を長い間触ってないと言ってはいたが、ちゃんと学校を卒業しているだけあって、基本的な剣の扱いは出来ていた。剣聖の家系としては落ちこぼれであったのであって、人並み以上には成績が良かったのかもしれない。
エーテルは相変わらず何を考えているのかわからない。彼女とは時々話が嚙み合わなくなることがあった。僕ら人間と違って彼女は魔女らしいから、思考回路も多少違いがあるのだろうと無理やり納得する。
「さっきからなんか気持ちが悪い。周囲の感覚が近くてぼやぼやする」
日向さんは頭を片手で抑えながら体調不良を訴えた。
「慣れない環境で疲労が溜まったのかもしれなせんね。神殿の中には十分に休める場所がありますので、そこでゆっくりお体を休めてください」
「ああ、そうさせてもらう」
神殿の中は想像以上に賑やかだった。多くの人間が右往左往していて、活気がある。それに、外観で見たよりもずっと広く感じる。
「この神殿は様々な結界が貼られていて、外からでは中の様子を感知することができないようになっているのです。結界の力で町と同じくらいの広さを持つ空間となっています。人間にとっても最後の隠れ家とも呼べる場所ですね。とは言っても勇者様を迎える際は、私達七人の王女は各地の神殿まで行かなくてはいけないのですが」
外の寂れた町とのギャップが激しい。僕らが召喚された神殿とは大違いだ。この神殿そのものが町として機能しているということなのだろう。
だが、この神殿で召喚できる勇者は一人だけみたいだ。だから他の七人の王女はそれぞれ離れた地にある神殿まで危険を冒してでも向かわなければならない。
リリィ王女にも従者達がいたらしいのだが、僕らの召喚された神殿に着くまでの間に、強力な鬼の襲撃にあって全滅してしまったらしい。
それなりの修羅場を経験しているんだな。
しばらく歩いていくと、豪華な装飾のある大きな扉が現れた。扉の前には門番の兵士が姿勢よく立っている。
「リリィ王女様! お待ちしておりました。中へどうぞ。他の王女様方は中でお待ちです!」
この扉の奥が王女たちの集合場所のようだ。
僕ら四人が中に入ると、中にいた人達の視線が僕らに注がれる。
この中にいるのは皆、他の王女達や勇者とその仲間なのだろう。向けられる視線には友好的なものや警戒的なもの、様々な感情を感じた。
周囲を一通り見渡したエーテルは僕に向かって……。
「小物ばかりですね」
「頼むから本人達の前でそんなこと絶対に言わないでくれよ。そもそも僕らは勇者ですらないんだから、彼らとは土台が違うんだからね」
彼らは勇者と呼ばれる人達だ。どんな強大な力を持っているかわからない。目を付けられたら平穏に生活できなくなる。
「リリィ! 良かった……無事だったのですね!」
奥から一人の女性の声が聞こえたと思ったら、複数の女性がリリィ王女を囲む。女性達は、怪我はないかとか疲れてないかとか心配しながら、ぺたぺた体を触りリリィ王女をもみくちゃにした。
「ええ……私は大丈夫ですから! お姉様方も無事で本当に良かったです!」
リリィ王女は目に涙を浮かべ、彼女を囲う女性たちに答える。
周囲を囲う女性達は他の王女様達だったようだ。
「リーナお姉様とソフィアお姉様はどちらに?」
リリィ王女の言葉に周囲の王女様達は押し黙ってしまう。確かに、集まって来たのは四人だけだった。リリィ王女を入れても全員で五人だけだ。王女は全員で七人だから二人足りない。
「二人は、ここへの道中に鬼王によって囚われてしまいました」
「そうなのですね……では、一刻も早く助けに行きましょう。こうしてる間にも、鬼が何をするかわかりませんから」
リリィ王女の言葉に他の王女達は黙ってうなずいた。
僕は気になることをリリィ王女に聞いてみた。気になることってのは、何故王女は殺されないで囚われたのかだ。
彼女の答えによると、今までの鬼王は出現とともに大暴れし、ひたすら人間を虐殺し、鬼の領土を広めていくだけだった。だが、今回現れた鬼神はなるべく人間を捕らえ、それを家畜として利用しているのだそうだ。
鬼神は他の鬼王を従える程の力を持っているだけでなく、人間の運用方法から知能も高いということがわかった。
もうなんかそんなのと戦いたくないんですけど。異世界で一生家畜暮らしとか嫌だよ絶対。
最後に集まったのが僕ららしいから、ここには全部で五人の王女と五人の勇者が集まったことになる。日向さんを除外したら四人しか勇者がいない。
前回は七人の勇者が一人を残して全滅した。
どう考えても破滅の未来しか見えないです。
正直今すぐにでも元の世界に帰りたい。日向さんだってここまでの事情があれば、さすがにギルド生活に戻る方を選ぶだろう。
だけど、こんな危機的な世界で、この世界の人間が苦しんでる中で、三十日間隠れて過ごした後に元の世界に返してくださいなんて言ったら、敵になるのは鬼だけじゃなくなるのは明白だ。
追い詰められた人間はとっても怖い。
「心配などしなくてもいい! 僕は魔神を倒した勇者カイルだ。鬼王も鬼神も僕一人で倒して見せよう!」
「さすが勇者様です!」
一人の勇者とその従者が自己主張を始めた。自信に満ちているのはいいことだ。それだけの自信があるということはそれ相応の修羅場もくぐってきたのだろう。一人で全部倒してくれるというのなら願ったりかなったり。
「さっきから言おうと思っていたが、なんだ君らは、そんな子供ばかり連れて。鬼退治を舐めているのか?」
勇者カイルは僕らを見て、不満を口にした。
彼の言葉を聞いて周囲の勇者たちを見れば、皆二十代後半から四十代にかけてのお兄さんお姉さんばかりだった。
リリィ王女含めて僕らの仲間は周囲から浮く程に年齢層が若い。日向さん以外は十代だし、日向さんだって二十一歳くらいだったはずだ。
「精々足を引っ張らないように、後方で大人しくしているんだな。邪魔にならなければ守ってはやるさ」
勇者カイルは皮肉たっぷりに僕らに言った。
普通の勇者ならそんな風に言われたら、怒ってしまうのだろう。だけど、僕らは違う。後方で待機しているだけでいいだなんて、そんなおいしい話はない。非常に助かります。
日向さんも気を悪くするどころか、ホッとしていた。エーテルは自分の髪をくるくると丸めて遊んでいた。彼の話すら聞いていないようだ。
僕らはとても意識の低い集団だった。
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