第39話 初めての異世界-3
ここまでくる間、周囲の景色を観察していたのだが、どうやら僕のいた世界に比べてこの世界の文明は遅れているようだ。僕の世界のように科学技術が発展していない世界。AP装置なんてものはもちろん存在しなかった。
AP装置に関しては当然か。APは超能力者の始祖、アイリルという存在ありきの力だといわれているのだから、この世界の住人には備わっていないエネルギーなのだろう。
APが無いからってこの世界の住人は生身で鬼を相手にしている訳ではないようだ。リリィ王女の話では、この世界の住人は魔力というエネルギーを持っていて、魔力を使うことによって身体能力を上げたり、魔法を使って戦うという。
使い方は、僕らの持つAPと似たようなものだな。
僕の世界では魔法とは空想上でしか存在しない。以前に僕は、ジェースリーのバイトで魔法戦士ドリームリバーなどとふざけたことをやっていたが、この世界では冗談ではなく魔法が人間の生活に根づいている。
僕の世界に超能力者が現れていなければ、この世界の魔法に興奮してやまなかっただろう。それでも、とても興味深い力だが。どっちにしろこの世界で戦うのならば魔力のことも勉強しなければならない。
僕にはAPの波動のように魔力を感知することができない。これは生死に関わる問題になってくる。
「俺に魔法使いとしての才能がある可能性がでてきたな!」
日向さんが希望に満ちた声で立ち上がる。
「安心してください。それはないです」
エーテルは日向さんの希望を感情なく淡々と切り捨てた。
「私の世界に住む今の人類は一人残らずアイリルの超能力によって“変異”しています。魔力を生成する器官が失われ、代わりにAPを持つようになりました。もっとも、魔力の使い方を知っているのはごく一部の人間だけでしたが」
ということは僕らの世界でも昔の人間は魔力を生成する器官を持っていたのか。
エーテルの説明に日向さんはため息を吐いて再び腰をおろした。そんなにショックは受けていないように見える。
「だろうな。そんなところだと思ってた。俺はもう自分には期待しないことにしたんだ」
日向さんは寂しそうにつぶやいた。彼にはそこそこ深い闇がありそうだ。僕はギルドのスタッフとしての彼しか知らないが、剣聖の家系による周囲の期待との葛藤や、挫折の続くつまらない人生だと話していたことがある。
「それは残念だね。実は僕も少し期待してたんだけどな」
APとは別に魔力も僕らは持っていて、使い方を知らないだけで、この世界ではそれが学べるのではないかと少し期待していた。
僕の発言にエーテルは何か言いたそうな顔をしながらちらちらとこちらを見るが、目が合うとわざとらしく目をそらし、顔を背けた。
「なんだよ。言いたいことがあるのなら言ったらどうだ」
「別に……あなたなら使えるかもしれないですね? 知らないですけど」
機嫌が悪いのがひしひしと伝わってくる。さっきのことをまだ根に持っているようだ。悪気があったわけではないのだから許してくれよ。
それと会話の最後に知らないですけどってつけるの本当にやめてほしい。あらゆる発言が無責任になる魔法の言葉だ。
「そろそろ行きましょうか! 西の神殿までは半分を切りましたので、一刻も早く仲間の元へ向かいましょう」
エーテルに聞きたいことは色々あったが、答えてくれそうもないので諦める。リリィ王女の号令で僕らは歩き出した。リリィ王女は鼻歌を歌いながら前を歩く。
リリィ王女を先頭ににして川沿いを歩いてから数分が経った頃、僕の後方で石が転がり地面が擦れる音が鳴った。
振り返ると、日向さんが盛大にこけているところだった。……しっかりしてくださいよ。日向さん以外の三人は何事もなかったように歩き始める。
この時の日向さんを見るリリィ王女の目は死んでいた。そんな目で見ないであげて!
「なんだこいつ! やめろおお! 離せ!」
異変を感じ、再び日向さんの方に振り返ると、鬼が川の中から身を乗り出し、日向さんの足を掴んでいた。
あんなところに身を潜めていたのか。全然気づかなかった。これだからこの世界は嫌になる。
日向さんは手元の聖剣で何度も鬼を突き刺すが、体勢が悪く力が入らないのか、鬼の表面の皮膚を傷つけるだけだ。あの聖剣ポンコツすぎるだろ。
僕が助けに入ろうと動き出そうとした時、日向さんの突き刺した聖剣がたまたま鬼の目玉を抉り、脳天を貫いた。
息絶えた鬼は黒い煙になり、日向さんの持つ聖剣に吸い込まれていった。
おかしいな。僕が鬼を倒した時、鬼の死体はその場に残ったままだった。そのせいでエーテルの機嫌を損ねてしまったのだからよく覚えている。
「まだいる! 勘弁してくれ!」
安心したのも束の間、川から這い出したもう一体の鬼が日向さんに襲い掛かる。
鬼は太い棒のような物を頭の上から叩き付ける。大きな音を立てて地面を砕くが、日向さんは横に転がることによって回避した。
次の攻撃が来る前に日向さんは聖剣を構え、鬼の胴体を横に切り裂いた。
さっきとは違う。鬼の皮膚の表面を傷つけるだけだった聖剣の攻撃が、今度は鬼の胴体を綺麗に真っ二つにする。確実に聖剣の切れ味が増していた。
切り裂かれた鬼は黒い煙となって聖剣に吸い込まれていった。今度から倒した鬼は日向さんに処理してもらおう。
「鬼の魔力を吸収していますね。その影響で聖剣の切れ味が底上げされています。……それだけじゃない」
エーテルの両目が赤みを増す。魔眼を使っているのだろう。彼女は薄く笑い、両目を見開いている。
「凄い……凄いですよ清人さん! 聖剣の粒子が彼に同化しているんです。彼のAPを喰い、魔力に変換している。つまり聖剣が魔力器官の役割をになっているのですよ! 前例がありません。彼の体が聖剣によって少しずつ変異を起こしている。これは奇跡的な変異です!」
「へえー、なんか凄そう」
エーテルが興奮して早口で説明してくれているが、僕には理解ができない。よくわからないがエーテルの機嫌がなおってくれたようでよかった。
さっきまで日向さんに興味のかけらも示してなかったのに、嬉しそうじゃないか。そこだけちょっとむかつく。
「聞いてますか清人さん! 彼はAPに縛られない唯一の人間になったんです。彼と親しい繋がりを持っていたのは間違いなくあなた自身の力なんです。あなたの持つ運命の力が、あなたの元に彼を引き寄せたんですよ! 考えてみれば不思議なことなんてなかった。あなたの身近な人間が聖剣に選ばれておいて、何もない凡人なはずがないのですから!」
彼女の激しい剣幕に僕は圧倒される。ちょっと狂気じみていて怖い。
「そっそうか、だいたいわかったよ。わかったけど、わかりやすく言ってくれ」
キョトンと不思議な顔をしたエーテルは、何を言っているのですかと呟き、僕の隣にピタッと張り付く。
「あなたの“駒”が増えたのですよ」
耳元で囁くように言われたその言葉は、全身が凍り付いてしまうのではないだろうかと思えるほど冷たかった。全身から鳥肌が立つのを悟られないようにする。
“魔女は世界を破滅に導く存在”その一文がふと頭をよぎった。
僕はとんでもなく恐ろしいものと繋がりを持ってしまったのかもしれない。僕は初めてエーテルに対して不安を感じた。
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