第38話 初めての異世界-2
勇者を召喚した後に七人の王女たちはとある神殿で落ち合う約束をしている。
その神殿は僕らが目を覚ました神殿よりも西の方角にあるようで、僕たち偽勇者一行は山道をひたすら西へ進むことになった。面倒だが、他の王女たちを不安にさせないように僕らは勇者としてふるまわなければならなくなった。
リリィ王女は鬼の出現率が低い通りを選んで僕らを先導してくれている。戦わないで済むならそっちの方がいい。鬼の強さがどれほどかわからないし、戦闘になったら主に僕が戦うことになってしまう。
エーテルはどれだけ戦えるか全くわからない。日向さんはギルドの仕事が忙しくて剣を握ったのも久しぶりだろう。山道を歩いているだけでも、疲労を隠さずに息を乱している。それほど歩いてもいないのに休憩をせがんでくる。全部無視してやったけれど。
聖剣に選ばれたのだから最低限の戦闘の勘は取り戻してほしいな。本人いわく元々戦闘は得意ではなかったというが。自分の身は自分で守ってもらわないと困る。
実を言うと、僕は日向さんが聖剣に選ばれたのは偶然ではないと思っている。元々日向さんは剣聖の家系だ。初代剣聖の血を引き、代々剣聖を輩出してきた一族。
日向さんは自分を落ちこぼれだと卑下しているが、聖剣に選ばれるだけの素質があるに違いない。
「ニンゲン……ショクリョウ」
木々に囲まれた道だったせいで、横を通り過ぎるまで気が付かなかった。
「鬼です! 見つかってしまいました! 走ってください!」
リリィ王女は叫ぶように逃走を指示する。
頭部に二本の角が生えた人型の化け物。全長二メートルくらいだろうか、人間だとしたらかなり背の高い部類だ。隆起した筋肉からパワーのある重い攻撃をしてくることが推測できる。皮膚は鎧のように固そうだ。
見た目からして人間が恐怖する材料が揃った存在だった。
脱兎のごとく日向さんが僕の横を全速力で駆け抜けていくのを確認し、僕は鬼と対峙する。それだけ体力残っていたのなら休憩などいらないだろうに。
この世界の鬼にはAPが存在しないらしい。近づくまで僕でも気付くことができなかった。僕のいた世界ではAPの波動さえ感じることができれば目を瞑っていても存在を認識できた。この世界では通用しない技術。
いつも使っていた技術が使えなくなくなるのは、想像以上に僕を不安にさせた。この世界においては奇襲から身を守る別の技術を身につけなければならない。
妖魔との戦闘に慣れていたおかげで倒すべき人外に対する恐怖は少ない。僕にとっては人間を相手にする方が遥かに怖い。
逃げるのは簡単だ。逃走の技術を見せるテストがあれば、誰よりも優秀な成績を残せる自信がある。でもここは逃げる場面ではない。
一対一で退治できるこの機会を逃してはもったいない。僕ら異世界の住人がどれだけ鬼に通用するのか試すには絶好の機会。
僕は足を開き、姿勢を低くして、熊手に拳を構えながら硬直させる。体内のAPを全身に加速させ、身体能力を極限まで高めた。
仕留めきれなくて反撃されないように全力で一撃を放つつもりだが、これで相手の力量をどれだけ測れるか不安だ。これで全く通用しなければ、次はAP装置を使って戦うことになるが、それでも通用しなければ泣くしかない。
対峙した鬼が初動で左足を前に出した。
僕は全身のバネを使い、距離を一瞬で詰め、全力の拳撃を鬼の腹部に叩き込んだ。
スパンッと気持ちのいい音をたてながら抵抗なく拳が皮膚を貫通する。鬼の腹部に大きな空洞ができ、飛び散った肉片が僕にへばりついた。そのまま鬼は後方に背中から倒れ、地面を揺らした。
僕の世界の妖魔と違い、死んでも黒い煙となって消えたりしないようだ。これは処理に困るな。服や顔を汚した肉片による不快感が問題だ。次からはオーバーキルにならないように加減して倒そう。
強さは第二ステージの妖魔くらいだった。
「行けそうだね」
僕は後ろでとことこ歩いているフェンに同意を求める。
「クワアアア」
フェンは欠伸で僕に返事をした。
ここでは大きなことを学んだ。人間と戦うことになった時は全ての攻撃を回避しなければならない。間違ってもガードなどしてしまえば、自分が肉片と化してしまうかもしれないのだ。覚えておこう。
「普通の人間はそんな威力の攻撃など出来ませんけどね」
「まさか」
前にも言ったが心を読むのはやめてほしい。不満を口にしようとエーテルに視線を合わせるが、僕は絶句することになった。
エーテルの顔には僕と同様に鬼の返り血と肉片がへばりついていた。
「えっと……逃げてなかったのか?」
「ええ、色々警戒していたようですが、清人さんならこの程度すぐに終わると思っていたので」
信頼関係ってのは大事だ。僕の勝利を信じてくれて僕もうれしい。そして僕はエーテルの期待通りに素早く鬼を葬ってあげたわけだ。
僕は当然のことをしただけであって、僕は何も悪くないはずだ。どちらかと言えば、事故みたいなものだ。だから僕は謝る必要がないごめん。
……マジでごめん。
エーテルは全身を震わせ怒りの籠った目で僕を睨んでくる。
「私の宇宙一の美貌が汚れてしまいました。なのであなたが全部舐めとってください。ほらっほら!」
エーテルは真顔で、鬼の血で汚れた顔面を僕に突き出してくる。
怖えよ。
「嫌だよ……汚い」
「な……っ! その発言は高くつくからな!」
エーテルは本気で感情をぶつける時に口調が荒くなる。
休憩がてら近くを流れていた川で汚れを落とすことになった。エーテルはふてくされながら、顔をごしごし洗っている。
僕が能力を使えば汚れなど簡単になかったことにできるのだが、こんなことでネックレスのAPを消費するのはもったいない。僕がシャツにこびりついた汚れを落とすのに苦戦していると、日向さんが声をかけてきた。
「貸してみろ」
日向さんは僕の手から濡れたシャツを強引に奪う。何をする気だろうか。
「エフェクト」
日向さんが能力を発動すると、シャツについていた汚れと水分が弾き飛んだ。綺麗になったシャツが手元に戻ってくきた。
「日向さん凄い! クリーニング屋さんのエースになれるよ!」
「あまり嬉しくないな。俺の能力は振動操作なんだが、元々持っているAPが少ないから大したことはできない。お前みたいにAPが多ければ強力な能力になったのだろうな」
日向さんは勘違いしているようだが、僕が持つAPの総量は平均を少し上回る程度だ。ネックレスのAPを合わせても平均的な人間二人分に届かないくらいだ。昔はもう少し多かったのだが、ネックレスを手に入れる前に代償に気づかずに能力を使い、APの総量を大幅に削ってしまった。
ただ、純粋なAPを使った技術なら夢川先生も認めてくれているレベルではある。僕の一番の強みはそこだ。
ちなみにOTAK部の僕以外の部員はAPの化け物と呼べるほどの総量を持っている。
「騙されるところでしたよ。清人様達はとても強い勇者様だったのですね! 鬼を素手で倒した者は前回呼び出した勇者達にもいませんでした!」
僕の隣に腰を下ろしたリリィ王女は嬉しそうに微笑む。さっきまでの暗い表情が嘘だったかのようだ。普通は武器を持っている人間はわざわざ素手では戦わないからな。
「いや、僕らはただの……」
「ふふふ、もう騙されませんからね!」
聞き入れてもらえないようだ。まあリリィ王女も今まで幼いのに苦労してきたのだから、無理に誤解をといて不安にさせることもないだろう。
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