第36話 聖剣の勇者と恐怖ー2
勇者が手も足も出なかった化け物を少年はいとも簡単に葬ってしまった。私も目の前で起きた光景が現実に起こったものだったのか不安になる。
この現実は、つまり彼が真の勇者様だったということなのだろう。いや、そうであってほしい。向こうで横たわっている頼りない男よりも、こちらにいる少年に私はついて行きたい。
私の状態を一通り確認し、大した怪我がないと判断すると、真の勇者様は夢川清人だと名乗った。
私もすぐに自己紹介を返そうとしたが、彼は横たわっている元勇者を発見する。
「大丈夫か! ひどいなこれは……いったいどうしたらこんなになるんだ。暗くてよく見えないな……一度外に出よう」
急いで元勇者の元まで駆け寄った勇者様は、横たわっている元勇者を抱えて洞窟の入り口まで戻っていった。私も一人でここに残されるのもたまったものじゃないので、彼の後をついて行く。
外の眩しい日の光に目が慣れると、二人の男女が入り口で待っていた。おそらく勇者様の仲間の方々だろう。
「お前……やり過ぎだろう。どんなにむかつく奴がいてもそこまでやったことはないわ。半殺しどころか八部殺しだな」
「かわいそうに、早くトドメを刺して楽にしてあげたらどうですか? 依頼は討伐ですよ」
「日向さん、残念だけど彼をやったのは僕じゃない。それとエーテル、彼は討伐対象じゃないからな」
日向さんと呼ばれた方の男性はギルドスタッフの制服を着ていた。勇者様もそうだが、彼の身長は高めで、私では少し見上げる形になる。自然な茶髪で鋭い目つきをしていた。ここまで勇者様達を案内してきたのだろう。現地がわかりづらかったり遠い場所の場合は良くあることだ。
「そいつ大丈夫なのか? 既に限界に見えるんだが。一番近くの医療機関まで持たないだろ」
元勇者は誰が見てもわかるレベルで重症だ。あまり好きになれなかったとはいえ、ここまで一緒に依頼をこなしてきた仲だ。死んでほしいとは思わない。
「ここで清人さんが治してあげたらどうですか?」
もう一人の女性が何でもないことのように返す。何を言っているのだろうか。こんな場所で個人が治せるような怪我ではないのは一目瞭然だ。
私はこの常識はずれなことを言った女性を見ると、言葉を失ってしまった。
私が今まで見てきた人間の中で比肩するものがいないほど綺麗な女性だった。ここまで整った人間が存在することに驚き、たとえ彼女が空想の妖精だと言われても素直に納得できてしまえるほどだった。勇者様は彼女のことをエーテルと呼んでいた。名前からして外国の方なのだろう。
日向さんもエーテルさんも勇者様の仲間であるということはとても高貴な方々に違いない。
「できるのであればやってるさ。だけど僕の能力でも直接人間に干渉はできない」
勇者様の能力は化け物を砂に変える能力のはずだ。私はこの目で直接見たのだから間違いない。だから、この会話には違和感を感じた。
「あなたって人は……せっかく私が特別なものをプレゼントしてあげたというのに、これでは宝の持ち腐れですよ」
怪訝な顔をしてエーテルさんを見やる勇者様だったが、ハッとしたように自分が身に着けているイヤリングに触れる。すると綺麗な宝石のようなものがついた部分が一瞬光る。
次の瞬間驚くべきことが起きた。勇者様に抱えられた元勇者の体が光に包まれ、気づいたら傷の無い元勇者の体がそこにあった。
信じられない! あのイヤリングがAP装置だとは推測がつく。だけど、あれだけの傷を一瞬で完治させるなんてでたらめすぎる。誰もが喉から手が出る程ほしがる究極のアイテムだ。
「ううぅ、あ……なっなんだキサマ!」
「ぐえっ!」
目を覚ました元勇者はいきなり勇者様に殴りかかった。ノーガードで鼻に拳が入る。勇者様は殴られた衝撃で手を放してしまい元勇者が地面に落とされた。
「痛い……理不尽」
勇者様は涙声になりながら鼻をおさえてしゃがみ込む。だっだいじょうぶだろうか。元勇者はいったい何を考えているのだろうか。命を助けてくれた恩人になんてことをしてるんだ。
「キサマが余計なことをしなくてもこの俺が! くそっ……こい聖剣!」
元勇者が呼びかけると手元に召喚される聖剣。洞窟の奥に置いてきたのだが、元勇者に応えるように戻って来た。
聖剣を構えた元勇者は勇者様に斬りかかった。
「何やってるんですか! 彼らは命の恩人ですよ!」
私の声を無視して斬りかかる。元勇者がここまで馬鹿だったとは思わなかった。
勇者様はゆらりと立ち上がりながら、元勇者の剣閃にあわせて手を横に振る。
金属音が鳴り響くとともに元勇者の体勢が崩れた。いつの間にか勇者様の手には銀色の短剣が握られている。
自分の体勢が崩れるのも無視して元勇者は追撃をくりだす。勇者様が対角に銀の短剣を構えると、短剣だったものは聖剣と同程度の長さの剣に変化する。
勇者様の一閃とぶつかった元勇者の聖剣は後方に弾き飛ばされた。
「ばっばかな!」
完全に体勢が崩れ、聖剣も失ってしまった元勇者に勇者様の蹴りが入った。
聖剣同様後方に吹き飛び、意識を失う元勇者。
凄い……元勇者もかなりの手練れだったはずだ。こんなにも簡単にあしらってしまうなんて。
「きゃーかっこいー、俺も理不尽な相手から堂々と無双できる学生生活送りたかったなー」
日向さんが棒読みで勇者様を称賛する。
「なんだ。つまらないですね。清人さんを殴った瞬間が彼の生涯の唯一の輝きでしたね」
エーテルさんは意外と毒舌なことを言う。
「初めて絆心刀を使ってみたけど、自由に形状変化ができるAP装置ってのは思った以上に便利だ。
気に入ったよ」
勇者様の言葉にエーテルさんは嬉しそうに微笑み返す。二人は恋仲なのだろうか。勇者様となるとエーテルさんのような方でないと釣り合わないのかもしれない。
そんなことを考えていると、勇者様は聖剣の方に近づいていく。
「彼はこれを聖剣だと言っていたよね。よし……これは戦利品だ。今日からこれは僕の……ぎゃああ! なんだこれ、痛いなああ! ゴミだわこれ」
勇者様は聖剣を拾いあげると途端に叫び声をあげ、聖剣を手放した。聖剣は選ばれた所有者以外が触れると激痛が走るようになっているらしい。今の聖剣の持ち主は元勇者だ。勇者様でも拒絶されてしまうのはしかたがない。
聖剣は神聖なものなので、自分が使えないからって貶すような発言は控えてもらいたい。
「クスクス、清人さんのような禍々しい悪が聖剣に触れる訳ないですよ。こういう神聖なものは私のような……きゃああ! 痛いなもう! ただの汚物ですね」
エーテルさんも同様に拾い上げた聖剣に拒絶される。元勇者以外は持てないので誰が持ってもこうなるのだ。
いちいち聖剣を貶していくのはやめてもらいたい。エーテルさんはわざとではないだろうか。
「なるほど、そういうことか」
そう言って日向さんもにやにやしながら聖剣に近づいていく。そういうことかじゃないですから。もういいですから。聖剣を貶したいだけでしょう。
「そうだと思ってた。この世界の主人公であるこの俺が聖剣の持ち主だった……ぐああ! なっ! いた! いた! ……くない。あれ?」
日向さんは木の棒のようにぶんぶん聖剣を振り回す。
ありえない……いったいどういうこと?
「マジか……日向さん選ばれちゃったよ。どうすんだよこれ」
「ギルドスタッフのフリーターが選ばれることもあるでしょう。それただの汚物ですから」
まさか聖剣が新しい宿主の勇者として日向さんを選んでしまったの? 村の歴史には何度も触れてきたが、所有者が生きていながら宿主が変わったことなど前例にない。
これは非常にまずい。
「うわあああ! なんだこれ! 助けろ清人! どうしたらいい!」
日向さんを中心にして突如地面に浮かび上がる幾何学模様。なんてことだ。タイミングが悪すぎる。
勇者様は目を開いて硬直していたが、状況を理解できたのか、すぐに動きだし聖剣を日向さんの手から引き離そうとする。
エーテルさんも慌てて勇者様を手伝う。
二人は苦痛に顔を歪めて聖剣を掴むが日向さんの手から離れる様子はない。三人の苦労もむなしく幾何学模倣が三人を包み込み光に包まれてしまう。
光が消えた後には、三人の姿はなかった。
大変だ。大いなる戦いの地に三人が飛ばされてしまった。
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