第35話 聖剣の勇者と恐怖ー1
そこには物音一つ聞こえない沈黙の村があった。とても静かで不気味な村。人が住んでいる気配も全くない。
異様な空気に飲まれ、私の足は止まってしまう。嫌な予感がする。これ以上進んではいけないと、空気が告げている。
元々洞叫村とは妙な風習のあるいわくつきの村だった。
年に一度、深夜零時に村の巫女を洞窟の奥にある祠に閉じ込め、朝日が昇った頃迎えに行くというものだ。その時に何かがあるわけではない。閉じ込められた巫女も恐怖で体を震わせながら祠から無事に保護される。
だが、巫女が保護されてから十日後。村から必ず十人の行方不明者が出るというのだ。村の人間は、消えた者達は神のもとに旅立ったと考えていた。
そんな閉鎖的で不気味な村に、何故妖魔退治なんかに向かうことになったのか。
ある日、近くを通りかかったジェースリーの隊員が村中の人間が失踪していることに気付いた。その場で本部と連絡を取った隊員は村の調査を指示される。
その後、妖魔に襲われているという連絡を最後に隊員は行方不明になってしまった。そして、ジェースリーは実績のある者たちに向けて依頼を発行したらしい。
この依頼を受けて帰って来ないものはもう数十人にもなるらしい。理由はまだわからない。だけど納得してしまえる。私たちは生きて帰ることはできない。
自分の力を疑っていない勇者様はこの依頼を見つけると、迷う素振りも見せずに引き受けてしまった。私は本当はこんな依頼受けたくはなかったのだ。
「何を震えているのだ。怖いのか? どんな妖魔が出てこようと、聖剣に選ばれた勇者であるこの俺が切り裂いてやろう」
「……頼みますよ」
勇者様にはこの地の異様な空気を感じないのだろうか。それとも、勇者様からしたらこの程度の気味悪さなど大したことのない事象だということなのだろうか。
さすが勇者様だというだけはある。私はこんな所で死にたくなどない。なんとしても守ってもらわなければならない。
私は勇者様が剣術で負けるところをまだ見たことがない。その聖剣で斬れない相手がいたこともない。
勇者様は生まれた時に小さな剣を抱えていた。先祖の予言から、それが勇者のみ持つことが許される聖剣だということがわかり。幼い頃から勇者としてちやほやされながら育った。勇者様の成長と共に聖剣も大きくなっていった為、聖剣も今では立派なものとなっている。
たまたま勇者様と同じ村で育って、たまたま能力者であった私は、これから起こる大いなる戦いで、勇者様をサポートしていく者として選ばれてしまった。私は勇者様に尽くさなければならない。
ここでの戦いが大いなる戦いだということなのだろうか。そんな気がしてきた。
私の前を歩いていた勇者様はぴたっと足を止める。どうやら洞窟の奥までたどり着いていたようだ。目の前にはそこら中にお札が貼ってある祠があった。これが噂の、巫女を閉じ込めていたという祠だろう。
帰りたいなあ、もう……。
「なんだ。何もいないではないか。俺の覇気に恐れをなしてどこかへ行ってしまったのかもな」
「そうだといいですね」
楽観的な人だ。不気味な空気は未だに消えてくれないというのに。
ズズッ…………ズズッ。 何かを引きずる音が祠から聞こえてくる。全身から鳥肌が立ち、本能から危険信号を私に伝える。
「ウウワァァアアアア、ウウワァァアアアア」
風の音? まるで洞窟の奥から響いてくる風の音のようだ。おかしい、ここは洞窟の奥で風が通ってくるような場所はない。
私の近くから突然機械音が鳴り響く。なに? ……なんだ電話か。ビビらせないでほしい。手元の携帯電話から非通知で電話がかかってきて、私はそれに出てしまう。
「ウウワァァアアアア!」
「きゃあああっ!」
私は手元に持つ携帯電話を投げ捨て、電話から聞こえてくる風の音に恐怖し、腰が抜けてしまった。
あれは、風の音ではない。……人間の声だ。
「たったす、たひけへっ!」
声が上手く出てくれない。
「なんだこいつは……っ!」
余裕な態度だった勇者様が震え声で後ずさる。
祠の扉がズズゥ……ズズゥと音をたて少しずつ開いていく。中からは下半身を引きずり四つん這いで這ってくる人型の何かがゆっくり顔を出す。
ゴキィ……ボキィ、グギィ……グキィ。
体中から骨がひしゃげる音を響かせ、女性のような長髪が絡まるのも気にするようすもなく、不自然な角度に首を傾けながら化け物は勇者様と目を合わせ、
ニヤリィと笑った。
私は震えと涙が止まらなかった。気を失わないのが不思議なくらい。いっそのこと楽にしてほしい。
「うわああああああああ!」
勇者様は気が狂ったように叫びながら聖剣で化け物に斬りかかる。
化け物は骨が砕ける気持ちの悪い音を鳴らしながら、腕だけの力で勇者様との距離を詰めた。凄まじい速さで、目で追うのが私には限界だった。
化け物は振りかぶられた聖剣を腕で振り払うだけで弾き、弾かれた勇者様の聖剣は放物線を描きながら壁に突き刺さった。
そんな……聖剣でも切り傷一つ付けられないなんて。
今までに帰って来た者はいない。理由がはっきりした。こんな化け物相手に帰れるはずがない。
化け物は勇者様の片手を掴むと、ブチンという音を洞窟に響かせた。
私は耳を塞ぎたかったが体が動かない。ただ震えて涙を流すことしかできなかった。
「ぎゃあああああああ! うがあああ! いだぃっだすけ!」
化け物は勇者様の頭を掴み、まるでボールを投げるかのように勇者様を壁に叩き付けた。
反応がない。完全に勇者様は意識を失ってしまったようだ。まだ死んではいない。
化け物は勇者様に近づいていく。勇者様にトドメをさすのだろう。けれど、途中でピタッと動きを止めてしまった。
数秒沈黙が流れる。ゴキィ! 化け物の首だけがこちらを向き、私と目が合ってしまう。
「うぁ……やっ……来ないで!」
気持ちの悪い笑みを浮かべながら化け物はズズゥと体の向きを変え、私に飛びかかってきた。
「エフェクト!」
私はとっさに体内に残るありったけのAPを消費して能力を発動する。
凄まじい速度で私に飛び込んできた化け物は、目の前で半透明のバリアにぶつかり後ろにのけ反る。私の能力は視界に写る範囲で任意の場所にバリアを張ることができる。このバリアは物理的衝撃とAP能力による衝撃どちらも防ぐことが可能だ。
やった……防げる!
「ヒィギィャアアアア!」
私に防がれた化け物は怒り狂ったかのように叫び声をあげる。そして安心していられる時間は私にはなかった。
化け物が咆哮をあげただけで、私の張ったバリアには亀裂が入る。亀裂の入ったバリアを腕で叩くだけで化け物は簡単にバリアを壊してしまった。
もうだめだ。せめて楽に死なせて。私は目を閉じて死を受け入れた。
「ちょっと暗いんですけどー、携帯電話のライトだけで大丈夫とか言った奴誰だよ……って、誰もついてきてないし」
後ろから呑気な声を出しながら歩いてくる少年がいた。
なんてタイミングの悪い時に迷い込んでしまったんだ。彼だけでもどうにかして逃がしてあげなければ。
「逃げっーー」
私が声を出すよりも化け物の方が速かった。一瞬で少年の目の前まで移動した化け物は、獲物を捕らえたと言わんばかりの顔で禍々しい腕を少年に伸ばす。
先に化け物が動いたはずだった。それなのに何故か少年の拳が先に化け物の額に触れる。
コンッ……控えめな音が少年の手から聞こえた。
「エフェクト……」
少年の声は静かで温かくて優しかった。
私と勇者を恐怖のどん底に沈めた化け物は、少年の目の前で、砂で作った城が風で吹かれた時のように崩壊していく。
化け物が元いた場所には、砂浜でしか見かけないようなサラサラな砂が散らばっていた。
助かった……私は助かったんだ。生きて帰れる。
彼はいったい何者なの?
「うぇ、暗いから反射で能力使っちゃったよ。本命と戦う時に温存しときたかったけど、まあいいか。そろそろ祠があるはずなんだけどな」
少年はなんでもなかったかのようにこちらに向かってくる。へたり込んでしまっている私と目が合った。
「大丈夫ですか? こんな暗い所にいたら危ないですよ」
少年は微笑みかけながら手を差し伸べてくれた。それなのに、私の体は硬直して動けない。安心して再び涙が溢れてくる。
「えっ! 僕の手そんなに汚くないよ! ちゃんと洗ってるからね! 泣くレベルって生理的に受け付けないやつですか」
そうか、彼が本当の勇者様だったのか。
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