第33話 ふらりふらり次へー3

 エーテルの力を借りることができれば、問題の解決も難しくはなくなるだろう。だけど、彼女の力を借りることができなければ、何も知らない僕は一から手探りで問題に向き合わなければならない。それが本来あるべき状態なのだろうけど。


「あなたには他の女にかまってる余裕なんてないのですよ。やってもらわないといけないことがまだ沢山あるのですから」


 他の女って、まだ彼女には事情を話してはいないのだけど。アカシックレコードを使ってこちらの事情は把握済みらしい。


 事情を知っているなら非協力的な態度を見せる理由がわからない。


 僕はただ友達を助けたいと思っているだけだ。その僕の心情を察しながら拒否するということは、僕に不信感を与えることになるだろうに。これからも彼女の目的の為に怪盗として僕を利用したいのなら、僕の機嫌もとっておくべきだ。


 それとも、彼女にとって僕や僕の友達の事情などどうでもよく、彼女の都合を優先しなければ気が済まないとでもいうのか。そうだったらわがまますぎる。


「無理強いはできないからな。力を貸してくれないなら君の言う通り一人でどうにかするしかない」


「うーん、やっぱり勝手に行動されても困るので言っておきますが、物事には行動を起こす最適のタイミングというものがあるのです。雪楽さんの問題に手を出すのは今ではありませんよ。だから今は余計なことはしないでください」


 どこまでエーテルが事情をしっているのか知らないが、静香の状況から解決する方法まで見えていた上で今は何もするなというのであれば、僕が勝手に動く訳にもいかない。彼女の見る目は絶対的に信用できるものだ。


 なんだかんだ言っても結局協力してくれるんだな。まあ当然か、彼女も僕に対して恩があるのだから。


「わかったよ。でも、これで取り返しのつかないことになったら許さないからな」


「わかってますってば。本来私の力は個人の為に使ってあげるようなものではないのですからね。感謝してください」


 最初から思っていたが、傲慢なところは隠さないな。


「ここからが大事な話です」


 今までの話も僕にとっては大事な話だったけどな。彼女にとっては静香のことなど些細な問題なのだろう。


「大事な話とは?」


 おそらく次の怪盗の仕事のことだろう。そろそろ来るだろうと思っていたところだ。最初の仕事と二回目の仕事は連日で行ったのに、前回の仕事から何日もたってしまっている。


 その間彼女は家でダラダラしているだけだった。


「その……ですね。話というかお願いというか、あはは」


 珍しく彼女にしては歯切れが悪い。


「そのですね……知っていますか? 最低限度の生活をするにはお金がかかるのですよ。あはは」


「あははじゃないよ。来月の家賃が払えないのなら出て行ってもらう」


「まだ何も言ってないのに! エスパーですか? あなたは人の心が読めるというのですか! そんな理不尽な力があってたまるものですか!」


 目を泳がせながら必死に言葉を繰り出す彼女からは、どうにかして僕を煙に巻こうという考えが見えている。簡単に手はさしのべられない。


「君の眼の力を使えば簡単にお金なんて手に入るだろう」


 僕にエーテルのような力があったら、一生遊んでいけるくらいがっぽり稼いでいるだろう。将来の心配なんてものもしなくて済む。


 僕の場合は父がお金を持っている為に物に困るということは特になかったが、彼女の場合は世間から追われる立場で住む場所も探せないほどなのだから、金が必要になるのは自明の理のはずだ。


 考えてみると、彼女が貧乏な理由が全くわからない。


「見くびらないでください。お金の為にだなんて、そんなことの為に私の力は使いませんよ!」


「人に平気な顔をして盗みを指示するやつの台詞とは思えないな」


「ふふふ、面白いですね」


 面白くねえよ。


 彼女の中の許せる部分と許せない部分のラインはどうなっているんだか。最低限のモラルは持っているのかもしれないが。


「本当に私は困っているのです。はあぁぁどうしよう」


 頭を抱えてうなだれるそぶりを見せるが、ちらちらとこっちの様子を窺うのが見て取れる。僕が妥協してやるとでも思っているのだろうか。


 彼女には絶対に自分で払ってもらう。


「明日は予定とかもうあるのか?」


「いえ、特に無いですが」


「なら大丈夫そうだ。体の調子が悪いとかもない? やっぱり君にはちゃんと払ってもらうから」


「うえっ、いや……体で払うとかはまだちょっと……」


「明日朝一でギルドに行くよ。高額な依頼をこなせばアパートの家賃くらい一日で稼げる。僕が協力してあげるから」


「スルーされちゃいました。つれない男ですね。フェン君もそう思いませんか?」


 彼女はテーブルの上でごろごろと謎の動きをしているフェンに話しかける。話聞いているのだろうか。


 フェン……君は何をやっているんだよ。もちろんフェンからの反応はない。


「手伝ってくれるのは助かりますが、ギルドの依頼を受けるのはやったことがありません。そこらへんのことはナビゲートお願いします」


「そのつもりだけど、君だってギルドくらい利用したことがあるだろう。最初に僕に依頼のメールを送ってきた時だってギルドを経由していたのだから」


「あれは、近くにいた子供にメモを持たせてやってきてもらいました。拾った小銭をあげたら喜んで引き受けてくれましたよ」


「君はどこまでもロクでもない奴だな」


「仕方ないじゃないですか。私は大手を振って外を歩けないのですから」


 確かに指名手配されている身でギルドなんかに行ったら、速攻で御用になってしまう。となると彼女にも変装してもらう必要がある。部室に使ってない変装用の衣装があったはずだ。


 部活では普段からギルドの依頼を覆面でこなしている為に、装備は整っている。


 ギルドの依頼は九割が妖魔の討伐といってもいい。元々妖魔が現れてから情報を管理するために作られた機関だ。


 大前提として彼女は戦えるのだろうか。戦えないのなら結局僕一人で依頼をこなすことになってしまう。それではなんの意味もない。


「忘れないうちに渡しておきます。これをどうぞ」


 突然僕のそばまで来たエーテルが小さなナイフを渡してきた。


「絆心刀です。これはとってもいいものですよ」


 以前に女神の涙を渡してきた時と同じ言葉を言う。


「えー、剣聖が言ってたけど、これって所有者がすぐ死ぬらしいじゃん。いらないよ」


 ジェースリーのAP博物館での仕事の時。去り際に剣聖である正晴に持っていかない方がいいと言われたものだ。


 もしかして、彼女は僕が早死にすることを願っているということなのか。


「つまらないことを言われましたね。このAP装置にそこまでの運命の力はありません。彼らはその程度だったということですよ。結局は使い手の問題です。あなたは誰にも負けないでしょう」


 彼女は僕の実力を過信しすぎている気がする。


 それなりにハードな訓練は積んできた。だけど世界は広い。僕より強い奴だって沢山いる。学校の生徒だってどれだけの人に勝てるかわからない。


「あなたの感覚は狂っていますよね。何故、剣聖を無傷で簡単に倒した人間がたかが学校の生徒に負けると思えるのか不思議でなりませんよ」


 そういうものなのか? 必死で強くなろうとして訓練してきた学校の生徒達だ。甘く見てはいけない。


 

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