第32話 ふらりふらり次へー2
正晴から連絡が入り、すぐに向かうことにした。正晴の家にはよく遊びに行っている。学校から僕の住むアパートと途中まで方角が同じで、学校帰りに寄ることも多かった。
だが今日僕が正晴の家に向かう理由はいつもとは違う。静香のことで聞かなければならないことがいくつかあるからだ。
正晴は玄関の前で僕のことを待ってくれていた。いつからそこで待っていたのだろうか、中で待っていてくれてよかったのに。僕が学校から出てここまでくる時間を計算して待っていたのかもしれない。そう距離がある訳でもないから難しいことではない。
「じゃあ早速行こうぜ。奢ってくれるんだろ?」
「その事なんだけど、ごめん正晴。外せない用事ができたからまたの機会にしてほしい」
保健室を出る時にした約束は今日果たせない。長い時間待たせておいて本当に申し訳ないけど。
「マジかよ……まあそれは別にいいけどよ。何しにここに来たんだ? それくらいのことならわざわざ来なくても電話で断ればいいだろうに」
「ちょっと直接聞きたいことがあってさ…………その前に、この時期でも夜は冷えるね。昼間はあんなに天気がよくて暑くて正晴の財布の中身みたいだったのに」
僕はポケットから正晴の財布を取り出して前にかざす。
「カラカラじゃねえよ。それよりなんでお前が俺の財布もってんだ」
「え? 何か問題でも?」
「問題しかねえよ。まさか臨時収入って俺の財布のことじゃないよな? 俺の金で奢るとかほざいてたのか?」
「これが正晴のだって証拠どこにあるのさ?」
僕は数少ない友達とするくだらない会話が好きなのだ。本題から脱線することも多い。彼も乗ってくれるから成り立つのだが。
「学生証が入っているはずだが」
「そんなもの抜き取って捨てたから入ってないよ?」
「なんだこいつ、ただの犯罪者じゃねえか。通報するわ」
やれやれ、これだから冗談の通じない男は駄目だね。僕のような紳士に向かって犯罪者と呼ぶなんて。
「冗談も通じないのかい。そんなんじゃモテないよ? 正晴君」
実際優等生の正晴はモテモテで、モテないのは僕の方です。
「…………」
正晴はしらけた目を僕に向ける。
「なっ何さ?」
「清人はこんなくだらないやりとりするためだけにここに来たのか?」
「そんな訳ないよね」
「だろうな。とりあえず財布返せよ」
「あっ、ごめん忘れてた。怒らないでくれよ。正晴だって気づかないうちに人の財布が自分のポケットに入ってることくらいあるでしょ?」
「ねえよ」
ないのか…………おかしいな。世の中おかしいことばっかだ。
僕はおとなしく自分の手に持つ財布を正晴にかえしてあげた。盗ったんじゃないよ! 学校に忘れ物してたから届けにきたんだよ。
「すまない。届けてくれてありがとな」
「お安いご用だよ」
まあ、僕の冗談に付き合ってくれただけで、正晴は最初から僕を疑ってなどなく素直にお礼をいってくれた。
「それで、聞きたいことってなんだよ」
「静香のことなんだけどさ」
静香と正晴は幼なじみだと言っていた。僕なんかよりも正晴の方が静香のことについて知ってることが多いだろうし、静香が今何に悩まされているのか知っているかもしれない。
僕が関わるのは余計なことなのかもしれない。事実静香は僕が関わることを拒絶し、何も語ってはくれなかった。
だけど…………それでも。
「そのことだろうとは思っていた。最近のあいつは明らかに様子がおかしかったからな」
「そっか、なら話は早いね」
「すまないが、俺が力になれることはほとんどない。あいつは俺にも何も言ってこないし、ここ一週間は会話すらまともにしてない」
静香は正晴にも何も伝えていないのか。
「お前が何かしようとしてるなら、静香のことは全部任せる。今の俺には人のことに多く時間がさける程余裕がないんだ。協力したいところだが、空回りして逆に足を引っ張りかねない」
「えー、余裕がないって、優等生の君でも何か悩み事があるの?」
名門校の優等生でありながら、ジェースリーという世界的大組織の幹部、剣聖。将来安泰、人生の勝ち組である正晴が何に悩まされるというのかね。
「大きな挫折を経験してしまってな。上には上がいることを自覚して、俺はもっともっと強くならなければいけないんだ。現状で満足していた自分をすごく恥じている」
「あぁ……なんのことかよくわからないけど、そうだね。向上心を持ち続けることは大事だ。頑張ってよ。僕は応援してるからさ。静香のことは任せてくれ」
正晴に火をつけてしまったのは僕のようだ。断空の犬せ…………剣聖である正晴を簡単にあしらってしまったことによって、余計な油を注いでしまったかもしれない。
君が強くなるからって僕が弱くなる訳じゃない。僕だってこれからもまだまだ強くなるよ。怪盗が負けることはありえないのさ。
相手が悪かったね。
ただ、君は噛ませ犬で終わるような器ではないはずだ。正晴がいい方向に成長することを親友として僕は願う。
「おう、任せたぜ親友」
正晴は自分の家の中へ帰っていった。
よかった。今回は僕が一人で思っているだけでなく、彼も僕を親友だと認識してくれていたらしい。
親友と呼んでくれる彼を僕は騙し続けている。でも親友だからって全ての秘密を共有する必要はないんだ。彼だって僕に対して隠し事があるのだから…………。
正晴から静香に関する情報が得られなくなると途端に打つ手が少なくなった。静香を尾行してもいいけど、時間もないしな。
仕方ないな。本当は使いたくないが、あの裏技を使うか。僕は駆け足で目的の場所へ向かう。
「助けてエーテルさーん!」
「これはこれは、最近自分の実力を自覚し始めて調子に乗ってる清人さんじゃないですか」
急いでアパートに帰ってきた僕は、輪廻の魔女ことエーテルに会うために息を切らしながら自宅の扉を開けた。もはや彼女が当たり前のように僕の部屋にいることに疑問を持つことはない。
裏技というかチートというか、分からないことがあるなら全て彼女に聞けばいい。何故なら彼女は全てを見ることができるのだから。いいなあ。僕もアカシックレコードほしい……くれないかな。
便利なんてレベルの代物じゃない。反則級のアイテム、そして人生イージーモード。社会や世間は彼女に優しい。
「大丈夫、君に用はないんだ。君の力に用があるんだ」
「ふざけないでください。自分でどうにかしてくださいよ。私の魔眼は都合のいい秘密道具じゃないのですよ!」
エーテルはむっとした顔で僕を睨み付ける。
「いいじゃんかよ。減るもんじゃないでしょうに」
「知りたいことがあるなら自分で調べたらどうですか? そういうことをする能力も高いじゃないですか、あなたは」
彼女はかたくなに能力を使ってくれようとはしない。
「自分で調べるとなると時間と手間がかかるんだよ。忙しい身の僕としては効率を重視したい訳さ」
「ただ面倒なだけでしょう」
「…………さすがは魔眼の持ち主。やっぱり隠し事はできないね。僕の本心を簡単に見抜いてしまう」
「力を使わなくたってそれぐらいわかりますから」
言ってくれるじゃないか、物乞い魔女を人類の持てる最高の慈悲でこのアパートに住まわせてやってるのは誰だと思っているんだか。
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