第29話 一人の生徒の実力ー4

「もういいから。後は私がやっておくから、あなた達は教室に戻ってなさい。たぶん大会は延期もしくは中止になると思うけど、気を落とさないでね」


 延期ならいいが、中止になったら時音先輩が不憫だな。この大会に人一倍強い思いがあったみたいだし。


 同情はできても僕にできることは特にないのだが。


「じゃあ正晴久しぶりに一緒に帰ろう! たぶん早上がりになるだろうからね。臨時収入があったんだ。何か奢ってあげるよ」


 ジェースリーのバイトで稼いだ十万円にまだ僕は手をつけていない。いい機会だから消費してしまおう。


「魅力的な誘いだが、家でやらなければいけないことがあるから寄り道する暇はないんだ。清人が平気なら用事を済ませた後にご飯でも食べにいこう」


 僕と正晴が帰宅後の約束をして保健室から出ようとすると、保健室の先生が僕の腕を掴む。


「夢川君には少し用があるから残ってもらえないかしら」


 今日初めて顔を合わせたばかりの先生が僕に何の用があるのだろうか。残るのは構わないが、痛いからそんなに強く腕を掴まないでほしい。


「俺は先に戻ってるからな」


「うん、また後で」


 いつの間にか勇輝先輩はいなくなっていた。アイスを食べて満足して帰ったのだろう。


「さっき夢川先生がここにきてね。あなたに渡してくれと、預かっているものがあるのよ」


 そう言って、保健室の先生は僕に小さなケースを渡す。特に変わったところのない普通の箱だった。師匠から渡される物だから身構えてしまう。


 それを開けて見ると、中にはコンタクトレンズが入っていた。


 以前僕は眼鏡が似合わないからどうにかしたいと師匠に愚痴を言った覚えがある。その時師匠は俺がどうにかしてやると頼もしい発言を残していった。


 これがそれだと言うのだろうか、夢川先生は何故保健室の先生に頼んだのだろう。僕がここに来ることがわかっていたのだろうか。


「夢川先生とは高校時代からの付き合いでね、あなたのこともよく聞いているわ」


「そうだったんですか、夢川先生は……どんな人でしたか?」


 師匠と古い知り合いだと言う人に初めて会った。僕と同じくらいの歳の時、夢川先生はどんな人だったのだろうか。


 純粋に師匠の昔が気になる。当たり前のことだが、あの人にも僕と同じ学生時代があったのだ。保健室の先生……あ、名札ついてた……上村先生なら僕よりももっと師匠のことを知っているはずだ。


「あなたにそっくりよ。いつも余裕ぶった顔してる不真面目な生徒だったわ……でもとても強く優しい人だった」


 ええ……僕と師匠に似ているところなんてどこにもないじゃん。余裕ぶった顔だってしていない。人間関係にしても将来のことにしてもいつも不安だらけなのにな。


 優しい? あの先生とは思えない殺気を放つ生き物が?


 とりあえず師匠のことは置いといて、せっかくだから僕は静香にださいと言われた眼鏡を外して、コンタクトレンズをつけてみることにした。


 僕の事情を知っているとのことなので、上村先生の前で気味の悪いこのオッドアイを晒しても平気だろう。


 いつも思うがいっそのことこの目が何かの魔眼だったら良かったのに……エーテルは目の色をコントロールできるらしく、普段は魔眼のくせに普通の目と変わらないんだよな、うらやましい。


「あなたは……何者なの?」


「どういう意味ですか?」


 上村先生は僕に何を聞きたいのだろうか? まさか生物学上の種族を聞いてるわけじゃないだろうから、夢川先生との関係のことだろうか。


「似すぎているのよ……容姿も性格も中身もあの頃の彼に」


 誰とだよ。夢川先生とか? そんな訳ないか。


 容姿に関しては、いつもつけているサングラスを外したところを見たことないからよくわからないが、血が少しは繋がっているから多少は似ているのかもしれない。


 性格に関しては、逆に似ている部分を教えて貰いたいくらいだ。


 中身に関しては…………中身ってなんだよ。


 僕が何者なのかあえて答えるなら、ただの怪盗オタクだとしか言えない。もはや僕は本物の怪盗に近づいていると言ってもいいかもしれないが。


 怪盗のことに関しては謙虚にいこう。なんだって怪盗だからね。


「ねえ、APって何を表しているのか知ってる?」


 唐突に話が変わった。


「能力を使うためのエネルギーですよね。常識じゃないですか」


「じゃあ、何故そのエネルギーのことをAPって言うの?」


 そんなこと知らない。


 考えてみたらこれはおかしいことだ。APが何かの略称だということは誰でもわかる。なのにAPという言葉が日常的に使われる世の中を生きてきて、一度もAPが意味する言葉を聞いたことがない。


  今までに気にしたこともなかった。


「これは輪廻の魔女が魔女の力を使って、APについて人間が疑問を持たないようにしているの。だから基本的には人間がAPについて疑問を持つことができない。けれど、本来の名称はアイリルプレッシャー。言葉通りだけど……APとはアイリルという存在の圧力なのよ」


「アイリル? 能力者の始祖のことですよね。最近では神格化されてますが」


 最初に超能力を使った人間がアイリルという名前だったという知識は今の人類の誰もが知っていることだろう。その人物が他の人間にAPを与えたことによって現代では超能力を使える人間が多くいる。


 能力者じゃなくてもAPそのものがとても便利な力だ。昔の人間にはできなかったことが簡単にできてしまうようになった。


 アイリルの圧力か……何故圧力なんだ? アイリルの力でいいじゃないか。


「アイリルは全ての人間を支配するためにAPを与えたのよ。与えたのは力ではなく、依存させるための薬物のようなもの。今の人類にとってAPの無い生活なんて考えられないでしょう? それがアイリルの狙い。アイリルはこの世界の神になろうとしているの」


 そんな事実があったのか……知らなかったな。僕が直接アイリルという存在に何か不都合なことをされている訳ではないから実感がわかない。自分の意志で自由にAPを使うことができるからな。


 上村先生は何故こんな話を僕にしたのだろう。何故そこまでの事情を知っているのだろう。輪廻の魔女がAPについて人間が疑問を持たないようにしたと言っていたが、エーテルには全ての人間の意識に働き掛けてしまえるレベルの力があるのか。


「七人の魔女は世界の均衡を整える者たち。今のAPで支配された世界はアイリルによって均衡が崩れている状態。ここまで言えば魔女達の真の目的もわかるんじゃないかしら」


 魔女はアイリルを殺してAPをこの世から消し去ることによって、人間を元の力のない状態に戻そうとしている。それが均衡が整った状態。


 一度手に入れてしまった力を手放すのは簡単なことじゃないから、魔女は完全に人間にとって悪者になる訳か。


 それが、今人間によって魔女が指名手配されてる理由にもなると。


 必然的に全人類が敵になっていると考えると、エーテル達の目的も過酷なものだな。標的であるアイリルそのものだってとんでもない力を秘めているだろうに。


「私と夢川先生の物語は終わってしまった。私達は失敗してもう手を出すことができなくなってしまったけれど、清人君は何と戦うかまだ選ぶことができるからね。よく考えて選ぶのよ」


 なんのこっちゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る