第28話 一人の生徒の実力ー3

 敵にとって今の状況は悲劇そのものだ。まさか自分が剣聖とそれを上回る実力者を相手にしているとは夢にも思わなかっただろう。


「お前ら雑魚が何人集まろうと同じことだ。こっちには人質がいる」


 そう言い、黒づくめの男は手に持つ銃を人質となっている女の先生に突きつける。人質のおかげで強気の姿勢を崩すことはない。


「くっ、卑怯者が!」


 正晴が苦虫を噛んだような顔をしながら敵を睨みつけた。


 ……水鉄砲です。


「卑怯だって? それは俺にとって誉め言葉だ。俺達はここで手柄をとってアポカリプスに認めてもらうのだからな」


 まだ悪の組織ではなかったのか。手柄を立てなきゃアポカリプスにも入れないとか無能すぎる。


 アポカリプスは実力がなければ出世できないけれど、入るのは簡単だったはずだ。学校の生徒もたまに帰り道とかで勧誘されるらしい。


 OTAK部のバイトでジェースリーの支部を守った時も、使い捨てのような隊員は沢山いた。


 ……バイト代は何に使おうかな。


「今更だけどさ、清人がなんで保健室なんかに来てんだよ。お前が怪我するなんて珍しいじゃないか」


「僕はいつだって水面下で戦ってるんだよ。人には言えないような戦いをね」


 勇輝先輩がもの珍しそうに僕に問うが、女の子に噛まれた腕が痛いからだなんて言えない。


「正晴、こいつら切り捨てていいぞ」


「えっ、でも……人質が……」


「その心配はいらないから、さっさとやってくれ」


「はい、わかりました」


 最初はためらうも、勇輝先輩の言葉を信じ、正晴は剣型のAP装置を構え敵に接近する。


 慌てて相手は銃を正晴に向け、引き金を引こうとするが指が動かない。


「なっ! 指が!?」


「くたばれ!」


 正晴は急所を狙い、素早く二人の敵を斬り伏せた。


 勇輝先輩から僅かにAPの波動を感じた。能力を使って相手の指を固定したのだろう。


 OTAK部の部員でも、お互いの能力は完全に把握できていない。


 そこらの一般生徒と違って、一目見ただけでは推測するのも困難なものだ。勇輝先輩に限らず香奈さんと部長にも同じことが言える。


 僕の能力も把握されていないだろうから、今はわからなくても構わない。


 ただ、全員並外れた力を持っているのは確かだ。


「勇輝先輩」


「……なんだよ」


「お疲れさまです!」


「おっおう。なんか馬鹿にしたような顔だな」


 そう、水鉄砲の発砲を防いだ彼の功績は偉大なのだ。


 そうだ。もう一つ勇輝先輩には言っておかなければならないことがあったんだ。


「部長からの忠告なんだけど、最近目立ちすぎだから、下手に組織に目をつけられるとみんなに迷惑がかかるってことを肝に銘じてほしいだってさ」


「わかってる……僕もあの場所には長くいたいからな」


 OTAK部に対する学校内部の注目はなんとか受け流しているが、外部から注目を浴びてしまえば簡単にはいかない。


 訳あって実力を隠してる身としては、絶対に阻止しなければいけないことなんだ。僕だけじゃなく部長や香奈さんにも困る事情がある。


「お前も人のこと言えないだろう。試合見たぜ。どうしたんだよ突然やる気出しやがって」


「ただ僕は成績をとっただけ。将来が不安な時期なんだよ」


「はっ、お前ならなんにだってなれるだろうがよ。一般人を気取った化け物め」


 なんだよ一般人を気取るって。一般人は一般人だろ? 最近までは一般人どころかただの怪盗オタクだったんだからな。


 僕と勇輝先輩が呑気に話している間、正晴は気絶している黒づくめの男たちを順番に縛っていた。


「俺は“あの人”の意志を受け継いだ。最強でなければならない。だからもう誰にも負ける訳にはいかないんだ」


 あの人ってのは、二年前まで源流剣高等学校で最強の生徒だった先輩のことだろう。


 僕も一度だけ会ったことがある。勇輝先輩は死んだ人間の幻想をずっと追いかけ続けている。彼は既に最強だった彼女よりも強くなっているはずなのだが。


「OTAK部の連中はおかしいんだよ。こんなにも強くなったのに、学園で一番強いはずなのに、どうして俺は誰にも勝てないんだ」


 勇輝先輩は頭を抱え恨み言を吐くように愚痴る。


「部長も香奈さんも負けず嫌いだからね。あまり顔を出さないあの子も」


 特に部長はひどい。何かにおいて誰かよりも劣っていることが許せない性格をしている。冗談抜きで自分が一番じゃなきゃ気が済まない。


 俺様っていう痛い一人称からも自分に対する自信の強さがわかる。実際部長は、戦闘において三手先までを九割くらい正確に予測してしまう驚異的な分析力をもっている。


 その分析力のおかげで今までに何度もOTAK部の存続の危機を救っているのは間違いない。自信だってつくだろう。


「お前の実力に関しては、夢川先生と同じ血が流れているっていう事実で、全てが納得できるけどな」


「あの本物の化け物と一緒にはしないでよ」


 僕は戦闘技術においては全て師匠に教わった。


 誰でも良かったのかもしれない。僕じゃなくても夢川先生に指導してもらっていれば、当たり前のように強くなれたのかもしれない。


 全て与えられた強さだ、僕自身には何も特別なことなんてないのかもしれないな。


 まあ怪盗としての自分は特別な存在に違いないが。なんたって怪盗だからね。


「さっきから二人で何話してるんだ? こいつら運ぶの手伝ってくれ」


 正晴が悪の組織もどきの一人を抱えて教室を出ていこうとする。


 そいつらをジェースリーに引き渡すのは構わないけどさ……人質の縄、先に解いてあげようよ。


 今のは正晴の冗談だったようで、僕と勇輝先輩が当たり前のように正晴の真似をして保健室から出ようとしたら、慌てて先生の縄を解きだした。


「……ありがとう。やっぱりこの学校の生徒は他のとは違うわね」


 一応APを使った戦闘技術の名門校だからね。そこらの学生とは違うさ。


「外部の人間に校内への侵入を許してしまうなんて……大変なことになったわ」


 この学校のセキュリティーは万全で、模擬戦闘大会で人がごった返していると言えど、許可無しに校内へ侵入することは困難だ。


 つまりは内部に手引きした人間がいるということ。だから教職員にとっては一大事なのだろう。この学校には実力や身分を隠している嘘つきが沢山いる。今更僕が驚くことではなかった。


 そういえば、僕は保健室に何をしにきたんだっけ? 


「ベッドがあいてるな、次の試合まで一眠りするか」


「新羅君、そんな自由な理由で保健室使わないでちょうだい」


 普段真面目な正晴だが、彼もたまにマイペースなところがある。


「お、アイスあるじゃん。三人で分けようぜ」


「橘君、冷蔵庫勝手に開けちゃだめよ。アイスがあることは他の先生に言わないでね」


 勇輝先輩はいつも通り自由にふるまう。


「八千五百円か……僕の手持ちの方がまだ多いな」


「夢川君、どうして貯金箱壊したの?」


 壊れた貯金箱の中身よりも僕が貰ったジェースリーのバイト代の方が多かった。


 僕らは先生の名前知らなかったけど、先生は知っててくれたみたいだ。


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