第27話 一人の生徒の実力ー2
控室に戻ると、普段話しかけてこない人達が僕の周りにどっと集まってきた。顔くらいしか知らない人達ばかりだ。
どうしよう。怖い。
どうやらさっきの試合で目立ちすぎたみたいだ。
友達が少ない僕にとって、大勢に囲まれるこの空間はとても居心地の悪いものになっている。話しかけてくる内容は当然だが試合のことばかりだ。
実力を隠していたのかだとか、どんな訓練をしているんだとか、純粋に褒め称えてくれる人もいた。
僕は羨望の視線や嫉妬の視線を浴びながら、当たり障りのない返事をしつつ、控室の出口を目指した。
控室を出ると今度は知らない人達が僕に話しかけてきた。いろんな業種のスカウトの人間も多く、将来のことを心配する必要がなくなったかもしれない。
「さっきの試合は興奮したよ! 次の試合も楽しみにしてるからな!」
知らない人からでも、こういうこと言われるのは素直にうれしい。けれど、少し照れくさい。
「お前がうちの組織に相応しいか判断するには、百人の賢者を集めて議論する必要があるな」
お前誰だよ。
人に囲まれることに慣れてない僕は、ストレスからか頭痛を感じ、保健室に向かうことにした。
流石に校舎の中にまで人がついてくることはなく、一息つくことができる。
校舎に入ると頭痛も治まったのだが、次の試合まで保健室のベットで休憩でもしていようと思う。
本日二度目の保健室。さっきは真顔で先生に追い出されてしまった。今度はちゃんと試合にも出たし、話くらいは聞いてくれるだろう。
実を言うと、僕は保健室というものを利用したことがない。
小さな怪我なら自分でどうにかするし、大きいものなら夢川先生に治療してもらっていたため、保健室を利用する機会はなかった。
夢川先生は基本的になんでもできる。困ったことがあれば、彼に頼めばどうにかなってしまうことが多い。どの分野においても僕は夢川先生にだけは敵う気がしない。
そういうわけで、僕は初めて保健室を利用することになる。さっき追い出されたのが、ノーカウントなのは言うまでもない。
この胸のドキドキはなんだろうか。ひょっとして、僕は緊張しているのかもしれない。
噂に聞いたことがある。
保健室では美人で優しいお姉さんが治療をしてくれるのだと。
そう、僕は治療を受けにきただけだ。決してサボりに来たわけではない。邪な気持ちがあるわけでもない。
保健室に入るときには病人らしく弱々しい感じで行こう。演技派の僕にはその程度お茶の子さいさいだ。
僕はきっと謎の頭痛に襲われているに違いない。
僕は保健室のドアを開け、全力で頭痛に苦しむ病人を演じる。
「ふぇぇ……あちゃま痛いよぅ」
「死ね」
「ひっ! 失礼しました!」
僕は速攻でドアを閉めた。
……ふぅ、やれやれ。僕は教室を間違えてしまったみたいだ。
だけど、どうしてだろう。ドアには保健室と丁寧に書いてある。
噂に聞いていた保健室とは遠く離れていた。これが現実だったんだな。
保健室にやってきた病人の額に銃を向けるとか、斬新すぎる治療法だね。
そんなもの僕は求めてない。
そもそも僕は柚美ちゃんに噛まれたせいで腕を負傷しているのだから、頭痛を演じる必要なんてなかったんだ。
再び僕は保健室のドアを開ける。
「動くな。手を挙げて後ろを向け」
先程と同じように銃口を僕の額に向ける一人の男。
この学校の職員にしてはふさわしくない黒ずくめの格好をしている。
恐らく悪の組織の一員だろう。模擬戦闘大会に乗じて悪巧みをしようとしていたのだろうか。
使われている銃はAPを必要としない形式の物だった。
今の人類は自分のAPで体の表面に膜を作ることで、衝撃に耐性をつけることができる。
これによって、APの扱いが上手な相手には、AP装置でない銃の射撃では致命傷にはならない。
高校生だからってなめられてるみたいだ。
後ろには悪の組織の仲間と思われる男が二人と、体を縛られて口を塞がれている先生が一人いた。
……口を塞がれて体を縛られている“美人”の女の先生が一人いた。
……“美人”の女の先生が縛られていた。
僕は制服のポケットから最近買い替えたばかりの最新の携帯電話を取り出し、カメラモードを起動する。
…………保存完了。これは需要がありそうだ。
「何してんだてめぇ!?」
僕に銃を突きつけてる男は驚愕した様子で声を上げる。
人質として縛られている女の先生も、僕のまさかの行動に目を丸くしていた。
いや、冗談だよ。
「もしかして、そんな玩具で僕を脅しているつもり? これだから犯罪者は……」
あ、僕も一応犯罪者だった。
「リーダー、生意気なガキ一人くらい消しても良いッスよね?」
「人質は既に一人いる……好きにしろ」
とても物騒な会話が聞こえ、僕も顔を引きつらせる。時々自分でも忘れてしまうが、僕はとても臆病なのだ。冷や汗が背中を流れる。
僕に銃を向けている男が、リーダーと呼ばれた後ろの男に許可をとり、気持ちの悪い半笑い顔で引き金を引く。
ピューという可愛らしい音とともに僕の額に水がかかった。
ツメタアイ!
「なっ、はぁぁああ! なんで水が!」
間抜けな表情で黒づくめの男は驚いていた。
相手が驚いている間に、僕は制服の袖に仕込んである槍型のAP装置を顕現させる。
相手の鳩尾まで槍を出力し、勢いで壁まで吹き飛ばして男を気絶させた。
「だから言ったでしょ? そんな玩具で僕を脅す気かと」
最初に男が僕に銃を向けた時点で、男の銃はただの水鉄砲になっていた。
APの膜によって致命傷にはならないとは言え、当たれば痛いので能力を使わせてもらった。
今日の僕はまだまだ能力が使える。
さて、残りの二人はどうしようか。
「楽しそうなことしてるじゃないか、俺も仲間に入れろよ」
「清人大丈夫か!」
僕がこの後のことをのんびり考えていると、後ろから勇輝先輩と正晴の声がした。
偶然通りかかって助けに来てくれたみたいだ。
「助かったよ。人質がとられて、僕じゃどうしようもなかったところだったんだ」
僕は正晴に向かって安心したように表情を作る。この際、全部二人に任せてしまおう。
「心配するな。俺と風紀委員長でなんとかする。清人は下がっててくれ」
流石は正晴。まるでピンチの時に助けに来てくれるヒーローみたいだ。友達として誇らしいよ。流石はジェースリーが誇る剣聖様だ。
この前AP装置壊してごめんね。噛ませ犬だとか犬聖だとか言ったのも撤回しようと思うが、あれはなかなか気がきいていたのではないかと思う。
「……茶番だな」
勇輝先輩は呆れたように僕に言う。
仲間に入れろよと言って割って入って邪魔しに来たのはそっちだろうに。
僕は正晴の後ろに下がり、堂々とソファーに腰を下ろし、足を組んでくつろぐ。
この状況での僕の余裕の行動に再び敵は目を丸くした。
背後にいるため、正晴には僕の姿が見えていない。こんな姿見られたら困る。
あ、今の内に腕の消毒をしてしまおう。柚美ちゃん容赦ないからなぁ。蜂の巣みたいになるまで噛み跡つけなくてもいいのに。
今更だが、女神の涙を使えばこんな傷一瞬で治ってしまうのだった。
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