第26話 一人の生徒の実力ー1
「いや本当この学校なんなの? 能力者ばっか、馬鹿ばっか」
僕は試合開始直後、降りかかる能力の嵐から逃れる為にフィールドを駆け回る。
だいたい予想はついていたさ。こうなることはわかっていたんだ。野郎共から感じる突き刺さるような殺気の籠った視線がこの一週間止むことはなかった。
時が来たとばかりに喜々とした表情で目をぎらつかせながらAP装置を構えた野郎共が、僕を追い込もうと必死になっている。
「柚美ちゃんとスキンシップをとるなどと万死に値するうう!」
「時音さんと共に戦えるのは俺だけだああ!」
「静香さんの笑顔はみんなの物なのだ!」
「殺すのはあいつ一人でいい! お前ら命を懸けるんだ! あいつだけは潰すぞおお!」
もうやだ。
右から来るAP装置による矢の連弾を剣型のAP装置で弾きながら、正面から雄たけびを上げながら襲い掛かってくる生徒の、槍による突きを姿勢を低くしてかわす。
一か所に留まることが許されない。僕はAPの波動を感じてから正面の相手を蹴飛ばし、後ろに飛び跳ねることによってその場から離れる。
その僕が移動した先にも同時に複数の波動。
とっさに左に飛び込むように転がり、能力が発動されるまえに回避していく。体制を整えている間に自分の元いた場所を一瞥すると、爆発や刃物のようなものが次々に着弾していく。
僕は冷や汗をかきながら動くことを止めない。立ち止まってしまえば能力の的になってしまう。
能力の使用が許されていればなんともないんだけどな。今は、夢川先生も観戦しているだろうから下手なことはできない。
それにしても、即席でできた仲間どうしでここまで連携が取れるものなのか? 僕を捻りつぶしたいという念だけはひしひしと伝わってくる。その思いだけでここまでの連携ができるというのなら、とても恐ろしい奴らだ。
正直ジェースリーやアポカリプスの隊員を相手にしている時よりも余裕を保つことができない。隊員と学生とではプロと素人レベルの違いがあるはずだと思うのだが。
左から長剣で斬りかかってくる相手を冷静に対処する。AP装置であるワイヤーで躓かせ、強く腕を引き反対側から来る敵と衝突させる。
体制を崩した二人の武器を順番に弾き飛ばしてから、頬にめり込むレベルの上段蹴りで、先ほど僕に向かって放たれた能力の嵐の中に相手を飛ばす。
「やっやめっ!」
仲間の能力を受けて二人の敵はフィールドから弾き飛ばされた。二人戦闘不能にするのにここまで苦労するとは。自分からの攻撃に移れないのはやりにくいな。
この頃連続して対人戦を経験する機会があり、僕は蹴り技が得意だと自覚した。迷った時にはとりあえず足が出てしまう癖があるらしい。
能力によって起こされた砂煙で視界が悪くなる。どこから敵が来てもおかしくない状況だ。小さな音、振動、波動に全神経を集中させる。
一息ついて周囲を警戒していると、観客席がざわめき始める。
『おいおい何人がかりで相手してると思ってるんだよ。どれだけ時間かけてんだ? どうしてたった一人倒しきれないんだ?』
『なんだあいつ? 優勝候補チームの唯一のお荷物じゃなかったのか? どうしてあの能力の嵐を回避できるんだよ』
『ちょっと強すぎない? あの生徒のこと全然マークしてなかったんだけど』
元々不必要に実力を隠していた僕だったが、そんなことする理由はもうない。手加減などせず全力で戦うことができる。
怪盗の時に正面から剣聖を倒せたことによって自身だって多少はついた。
僕の仲間にはどうしてもこの大会に勝ちたいという先輩もいる。僕の都合で負けていい戦いではないのだ。
僕のことだけをターゲットにしていた男子生徒達は、僕の予想外の善戦に動揺している。この隙にこちらから仕掛けてみるか。
僕は直線上に複数の敵が重なる位置まで素早く移動し、手に持つ剣型のAP装置の出力を高める。顕現された刃は二十メートル程。突き刺すように前に出した超長剣によって三人の敵が回避もできず貫かれる。致命傷の為に彼らはフィールドから弾き出された。
今倒した生徒の中に似たような顔をした二人の男がいた。時音先輩がさっき双子がどうとかなんか言っていた気がするが、なんだっけ? 忘れた。
出力に耐えられなかった剣型のAP装置は砕けるように力を失う。
忘れていたが試合だからってサブのAP装置なんて用意していなかったんだ。考えて行動するべきだった。早くも僕は武器を失うことになってしまった。
ワイヤーだけだとここみたいな何もない開けた場所では力を発揮しきれない。
困ったな。
『なんだ今のおおおお! あんなに出力されたAP装置見たことねえよ!』
『おい、見たか? AP装置が砕け散ったぞ? どんな圧力かけたらセーフティぶち壊してあれ程の刃を顕現できるんだよ』
僕の中ではAP装置は消耗品という認識だったけど、あの驚き方からして他の学生達にはそうではなかったらしい。
僕が武器を失った隙を突こうと四人の生徒に四方を囲まれる。だが、がむしゃらに遅いかかってくることはなく、焦った表情で僕の出方を待っている。さすがに何も考えずに攻めても返り討ちにあうと学習したようだ。
僕は武器を持ってないときは基本的に自分から攻めることはしない。素手ではどうしてもリーチのある武器をもった相手には攻めきることができない。だからって打つ手がない訳ではない。
厳しい訓練を積んだものでもなければ、丸腰の相手を攻める時に油断が生じる。普段なら自分が攻めている最中でも意識して守っている部分が緩くなってしまうのだ。
僕はその僅かな粗を見極めてカウンターを放つ。夢川先生との特訓でさんざん練習してきたことだ。
だが、残念なことに今回はただ待つということができない。能力の的になってしまうからだ。APの波動を感じ、僕は仕方なく前へ出る。
僕から敵に接近してやることで敵の攻撃を誘う方針に切り替えた。相手の一振りを一度だけ回避できれば、カウンターで仕留めることもできるし、武器を奪うこともできるだろう。
狙い通り相手は大鎌のAP装置で僕を仕留めようとしてきた。それでは遅すぎるんだよ。僕が誰の剣閃を回避してきたと思っているんだ。
予定通り相手の攻撃を回避する動作に入ろうとしたところで、他の生徒の動きに気付く。いつのまにか、僕がどの方向に避けても攻撃の餌食になってしまうように陣取っていた。
優等生どもめ。
僕はこのターンで仕留めることを諦め、強く地面を蹴り、跳躍して正面の敵を飛び越えることによってただ回避することだけを選んだ。
僕が四人の敵を背にして着陸すると、後方から激しい爆音と衝撃が轟いた。とっさに振り帰り、その光景に目を見開く。大きなクレーターを作り、壁にめり込む大きな槍を確認する。空中に吹き飛ばされた四人の生徒はそのままフィールドから弾かれる。
あの槍はAP装置ではない……能力そのものだ。能力によって生み出された槍。
威力を見ればわかる。かなりレベルの高い能力だ。
「チッ、外したか。クソ野郎が一人で調子に乗りやがって」
反対側を見ると、僕を睨み付け、新たな光の槍を生成する目つきの悪い生徒がいた。
あれは、柚美ちゃんが言っていたAクラスの槍使いだろうか。特待生ともなるとやはり能力のスペックも違いがでてくるな。
「先輩に対していささか口が悪いんじゃないか? そこまで言われるほどの何かを僕したっけ?」
相手は何も言い返してこない。その代わりに先ほどの倍はあるかという大きさの槍を生成しだした。そして、そのまま槍を持った手を後ろに構える。
「特待生でもない劣等種が調子に乗るなっていってんだ! うりゃああ!」
気合と共に力強く槍が僕に向かって投擲された。
なんか面倒くさそうなやつだな。
あの感じだと高い強度と爆発を起こす槍を生成する能力だろう。それをAPの身体能力強化で投擲しているだけ。
僕は右手をかざし静かな一声。
「波動弾」
僕の右手から放たれた青い閃光が槍を飲み込み、闘技場の壁を消し飛ばす。
この世で最も強力なエネルギーは純粋なAPだ。純粋なAPそのものをぶつけるAP波動弾は、加減でもしなければこの世の物質のほとんどを破壊してしまう。
静寂に包まれた会場に、試合終了の音だけが鳴り響いた。
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