第23話 模擬戦闘大会ー2
しかし広いな。この大勢の生徒からどうやって見つけようか。
待ち合わせ場所でも決めて置けばよかった。しばらく探していたが、チームのメンバー誰一人見つけることが出来ずに第一試合が始まってしまう。
本来試合できるスペースは四面あり、一面あたり縦横五十メートルの広さがある。
第一試合のルールは特殊で、四つの全ての面を繋げて一度に八チームが戦い、生き残った一チームが次の試合に進めることになる。
仕方ないから一人で試合を観戦しよう。自分達の試合の前になれば嫌でもチームを見つけられるようになっているし。
第一試合には橘のチームが位置に着いていた。他の七チームは橘がいるのを確認した途端、顔に絶望の色を浮かべる。
さっきまでざわついていた観客席にいる生徒達も静かになり、これからの試合に集中しだした。一応この高校は名門校で、生徒一人一人の意識は高い。校内最強の選手の戦いを見逃したりはしないということだ。
そして試合は予想通りの展開になる。
橘チーム以外の七チームが結託し、一対七の構図が出来上がった。ルールは訓練所と同じでダメージが数値化され、一定の量を超えるとフィールドから弾かれ負けとなる。
早速七チームから一人ずつAP装置を構えたメンバーが突撃する。恐らくチームにおいて重要度低い無能力者達だろう。
橘のチームを囲うように少しずつ接近していたが、突然AP装置を構えた七人の動きが同時に止まった。
橘チームのメンバーは、動きを止めた七人の敵に対して順番にダメージを負わせ、フィールドから弾く。
橘自身はこの間一歩も動かなかった。
会場が少しざわつく。それも当然だろう。知らない者からしたら、AP装置を構えていた七人が敵を正面にして動きを止め、ただ一方的にやられた馬鹿に見える。
あれは動かなかったのでは無く、動けなかったのだろう……橘の能力によって。
相手の動きを制限する能力は少なく無いが、複数の相手の動きを完全に止めてしまうだなんてとても強力な能力だ。それだけでなく、橘は何度も人前で能力を発動させているが、誰も彼の能力をつきとめた者はいない。
彼の能力には法則性が見つからず、何をしてくるかわからない。まるで複数の能力を持っているようにも見える。ジェースリーに申請してない橘が複数の能力を持つことは不可能とされている為に、一つの能力の応用で様々なことをしているだけのはずなのだが。
今回のように相手の動きを止めたのは初めて見た。
「うへぇ、相変わらず勇輝先輩は容赦無いですね」
「……っ! なんだ……清人君か、驚かさないでくれよ」
彼の気配の無さは異常だ。この一週間彼と共に過ごす機会が多かったが、誰もが無意識に出している存在感みたいなものを一切感じさせない。まるで存在しないものを前にしている気分になる。
そのせいで、戦う前から彼が強いのか弱いのか判断することができなかった。ある程度の実力を持つ者なら、対峙しただけでそれ相応の覇気を感じさせてくるものなのだが、恐ろしいことに彼とは直接手を合わせなければ戦力を測ることができない。
直接手を合わせても彼の底を見ることはできなかったのだがね。
恐らく彼は私よりも強い。信じられないことに彼の実力は周りに認知されていないのだ。長い付き合いである雪落静香や新羅正晴でさえ気づいてないようだった。
いったいどうなっているんだか。
「すみません。試合に夢中だったようなので」
ともかく清人君が来てくれて助かった。一人で試合を見てても少しさびしいと思っていたところだ。
試合もこれからだから丁度良い。
「あ、試合終わりますね。僕達も移動しましょう」
「まだこれからだよ。半分以上も生き残ってい……」
背後で試合終了の合図が鳴り響く。観客を含め会場は静まり返っていた。
振り返りフィールドを見れば、剣型のAP装置を振り切った格好で立っている橘と、目を丸くしている橘チームのメンバー。
フィールドの外には、口をぽかんと開け何が起こったのか理解出来ていない七チームの選手達がいた。
何が起こった?
清人君を引き止めようと一瞬フィールドから目を離した。
……たった一瞬だ。
「時音先輩? 行きますよ」
私は黙ったまま清人君の後ろをついてゆく。そして、まだ会場が余韻で包まれている試合のことを考える。
勝てない……どうしたら勝てると言うんだ。こんなの見せつけられたら、戦意喪失してしまう。橘の能力を理解して対策をとらなければ、手も足も出やしないだろう。だが、肝心な能力は謎のまま。
やっぱり、私が優勝するのは無理なんだろうか。
「今日も静香の元気がないみたいなんですよ。なんかあったのかな」
「今日も彼女は不調なのか。あぁ……優勝が遠ざかっていく」
雪落さんは最初の顔合わせの日以来ずっと調子が悪いらしい。あれは体調的なものというよりは、精神的に追い込まれている人間の顔だった。
声はかけてみたのだが、ただ大丈夫だというだけ。私は彼女とは気のおけない仲ではないから、なんでも話してくれるわけではないのだろう。
清人君にも何も話していないようだし。
「もしかして時音先輩は優勝したかったんですか?」
「そりゃそうだよ。優勝したいに決まってるじゃないか」
「でも優勝の枠はあってないようなものですよ? 勇輝先輩のせいで」
「だから……その橘に、どうしても勝ちたいんだ」
私が力強く自分の意志を告げると、清人君は腕を組んで考え込む仕草をした。
何を考えているのだろう、私が言ったことはそんなにおかしいことだったろうか。
「確かに勇輝先輩さえいなければ、時音先輩と柚美ちゃんに静香だけでも優勝できそうですもんね」
そうかも知れないが、私はそんな仮定の話をしてるのでは無いんだよ。
清人君は優勝することに興味はないのだろうか。この学校に来たからには、それなりに高い志があるはずなのだが。
「そっか、もう倒してしまってもいいのか。成績の問題もあるし、丁度いい機会かもしれない」
なんか凄い興味深い呟きが聞こえた。詳しく彼に話を聞く必要があるな。
「ああ! やっと見つけました! 先輩方どこにいたんですか? 私ずっと探してたんですからね!」
息を切らした柚美ちゃんが、人混みをかき分けて私たちの前までやってきた。
柚美ちゃんは荒い呼吸で肩を上下に揺らしながら何故か清人君を睨みつける。
「先輩と待ち合わせ場所決めたじゃないですか! どうして来なかったんですか? 私は怒ってます。憤怒ですよ」
二人は待ち合わせ場所を決めていたんだね。これは待ち合わせ場所に行かなかった清人君が悪い。
……それはともかくどうして私は待ち合わせ場所に誘われなかったのだろう。少しショックだ。
「先輩は私になんか言うことあるんじゃ無いですか?」
「……というか、君誰?」
始まったよ、清人君の柚美ちゃんイジメ。イジメと言うには可愛いものだが、初対面した時から顔を合わせる度に柚美ちゃんがからかわれている。私にはただ仲が良いようにしか見えないが。
一つ確信していることは清人君がサドだということだ。
「どうして毎回私のことを忘れるんですか! わざとですよね、そうですよね!」
「ははは、冗談に決まってるじゃないですか。えっとー。柚美さんですよね? 知ってますよ。それで、柚美さんは僕にどんなご用件で?」
「なんで他人行儀なんですか! それじゃ本当に私のことを知らないみたいじゃないですか!」
清人君、そろそろやめておいた方がいい。だいたい先が予想できてしまう。
「わかった。僕のファンでしょ。告白とかお断りだよ。悪いけど、君のことはもやしの生えたハムにしか見えないから」
「こいつマジ何言ってんですかね! ほんと頭大丈夫ですかね!」
「ごめん僕が間違っていたよ……ハムからもやしなんて生えないよね。カビの生えたパンに訂正するよ」
「うがああぁぁああ!」
我慢の限界が来たらしい柚美ちゃんが、奇声を上げながら清人君の腕に噛みついた。
「え? ちよっ! ぎゃああ!」
清人君は柚美ちゃんに噛まれた痛みで叫び声を上げながら悶える。清人君が悶えている間も柚美ちゃんは余すこと無く両腕に噛み跡をつけていった。
何をやってるんだか。君たちは本当に仲が良いね。
私は周囲の人達の視線だけが気になってしょうがない。
「もういいです! 先輩なんて生意気な中学生に論破されちゃえ!」
そう言い残し、柚美ちゃんは会場の方に走っていった。
清人君は俯せに倒れたまま動かない。生きてはいると思う。
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