第22話 模擬戦闘大会ー1

 どうしてもこの日の朝は緊張してしまう。


 私の父親が理事長を務めているこの源流剣高等学校に入学してから二年と少し経つが、未だに模擬戦闘大会で優勝できたことが無い。


 春と冬、年に二回あるイベント。この学校に通う生徒にとっては誰であろうが重要な行事だろう。


 様々な企業や組織の人間が見に来る為に、将来を輝かしいものとしたい身としては、張り切らない訳にはいかない。


 私の場合はそういったものとは関係なく、ただ優勝したい。負けず嫌いなのだ。


 今日こそは必ず……。


 今回で五回目の挑戦。入学した直後の一回目は当時三年生の先輩が優勝し、二回目以降は先輩を差し置いて現在の風紀委員長である橘 勇輝のチームが全勝している。


 橘 勇輝は一年の春から冬までの間に急激な成長を遂げた。その成長ぶりは誰が聞いたって異常だと言えるものだった。


 私が初めて会った時の橘と、今の橘はまるで別人。ある先輩の背中にくっつき回っていた彼の姿はどこにも無い。


 とにかく私が優勝するには、現時点で源流剣高等学校史上最強の男を倒す必要がある。


 今回の私のチームには優秀な生徒が集まってくれた。一人じゃ無理でもみんなとなら勝てるかもしれない。


 今年は私にとって最後のチャンスとなる……絶対に優勝したい。


「おやおや、顔が強ばってるね。副会長さんは緊張してるのかな?」


「え? ああ、香奈か。そう言う会長さんは余裕そうだな」


 緊張が顔にまで出てしまっていたようだ。生徒会長であり親しい友人の千堂香奈が私を心配して話しかけてくれた。


「これでも私だって緊張してるんだよ。道を歩いてたら間違って蟻を食べちゃったああ! ってくらい緊張してるよ」


「それは重傷だね」


 少なくとも私以上には。彼女はよく理解の範疇を超えることを言う。


 それを除けば香奈は同年代で尊敬できる友人の一人だ。優しくて明るくて、能力者としての実力もある。簡単に生徒会長になってしまうくらいには生徒からの人気も高くて、私も憧れてしまうくらいだ。


「蟻と言えば……効率的だと思いませんか?」


「効率的? 何がだい?」


「世界でのある地域では、地面にデザートを置いて蟻がたかったら蟻ごとデザートを食べるんだって! なかなか効率的だと思わない?」


「ごめん香奈……私にはそれが効率的だなんて思えないよ」


「ええ!? 本気で言ってる? じゃあさ、板型のチョコレートを銀紙ごと食べるとするじゃん……ここまでわかる?」


「わからない。香奈が何を言ってるのか私には全くわからない」


「でしょ! するとさ、銀紙の栄養もチョコレートと一緒にとれるんだよ!」


 無茶苦茶だ。


 この人は何を言ってるんだろうか。正直に言って私は戦慄している。頭は大丈夫だろうか。


「ふふっ、顔色が変わったね。どうかな。今の時音は緊張どころではないみたいだね? 」


 香奈は笑顔で首を少し傾けながら身を乗り出し、そう聞いてきた。


 さっきまでの無茶苦茶な発言は、私の緊張をほぐすためにしてくれたのか。緊張から恐怖に変わっただけで顔色の変化は決してプラスの方向ではないのだが、おかげで固まっていた体はほぐれた。


 よく周りを見ていて、とても気が利く。私は香奈のこういうところに憧れてしまう。


「ありがとう。もう大丈夫だから心配いらないよ」


「べっ別に時音のことが心配だった訳じゃ無くも無いんだからね!」


「……そうかい」


 模擬戦闘大会の最初の対戦相手のことは、試合が始まる瞬間まで知ることができない。もしかしたら、香奈と戦うことになる可能性もある。勝てない相手ではないが強敵だ。


 誰が相手だろうと私は全力で戦うだけだが。


「そうだ。もし時音が優勝できたら、学食で好きなもの一つ奢ってあげる」


「本当か? 約束だぞ!」


困ったな。優勝したい理由が増えてしまった。


「うん、約束する。その代わり時音が優勝できなかったら一生私の奴隷ね」


「もちろん! …………ん? ちょっと待て。罰ゲームが釣り合ってないんだが」


 危ないところだった。もう少しで悪魔の取引が成立してしまうところだった。女神のような笑顔を持った悪魔とか、とんでもない悪魔がいたもんだ。


「ちぇー、でも今回のチームは自信があるんでしょ?」


「そうなんだよ。みんな心強くて助かったよ。雪落さんと柚美ちゃんは言うまでも無く、清人君も思っていたよりできる人だったんだ」


 最初、清人君は名前も聞いたこと無かった生徒で期待してなかったが、彼は底知れないポテンシャルを隠し持っている。今年はあの三人なら優勝も狙えるかもしれない。


「ほぉ、なるほ……今なんと?」


 珍しいことに香奈の笑顔が崩れ、鳩が豆鉄砲をくらったような顔になる。そんなに私のチームメンバーが驚く程のものだったのだろうか。


 くじ運は確かに良かったが。


「どうしてそんなに驚くんだい?」


「清ちゃんと一緒……だと?」


 清ちゃん? ……ああ、清人君のことか。香奈は清人君と知り合いだったのか。いや、知り合いどころじゃないようだ。フレンドリーに清ちゃんと呼ぶ仲なのだから。


 いったいどんな繋がりがあるのだろうか。


「知らなかったよ。香奈は清人君と知り合いだったようだね」


「まあね。何を隠そう清ちゃんは、私の愛するOTAK部の部員なのだ。いいなあ、清ちゃんと一緒なんだー」


 清人君がOTAK部の部員? 何故彼が……。


 OTAK部はこの学校の七不思議に入るほど謎の部活だ。活動内容も不明で、怪しい部活なのに先生達はOTAK部に干渉しようとしない。


 部活に興味が無い態度をとっていた香奈が、知り合いと一緒に部活を設立すると聞いた時は驚いた。


 どんな部活なのか聞いたら、「私が私でいられる唯一の場所だよ」とだけ答えた。


 私には何がなんだか理解できなかったから、当時は深く追求しなかった。


 無敵の風紀委員長と生徒会長が部活を作ったことは、一日で全校生徒に広がり、面白さ半分で入部希望者は百人を越えていたのを思い出す。


 入部希望者一人一人と面接したらしいのだが、本当にこの部活を必要としている人にしか入れないとのことで、全員落とすという伝説を作った部活でもある。


 そもそも部活に入るのに面接が必要なことがおかしい。


 部長になったのは仙蓮寺帝という名前だけなら超大物に違いない人物だったが、特に有名な生徒では無かった。しかし、あの風紀委員長と香奈が部長として認める人物なのだから、ただものでは無いのだろうとは思う。


 私が彼を最初に見た時、異質なオーラを纏っていると感じたことをはっきり覚えている。私の感覚的な判断だから、あてにはならないが。


 その異質な部活に、何故清人君は入ることができたのだろう。


「部員は三人だけだと思っていたよ」


「あれっ、言って無かったかな。部員は五人いるよ……一人は幽霊部員だけどね。部長のみっちゃんが一番最初に清ちゃんを誘って、次に勇ちゃん、そして私が誘われたんだよ」


 香奈と橘の二人で作ったのではなかったのか。仙蓮寺は何を基準に部員を集めたのだろうか。


 共通点が何も思い浮かばない。


「どうしても優勝したいなら清ちゃんに頼むといいよ。彼はとっても優しいから」


「頼んだってしょうがないよ。勝利するには実力とチームワークが必要なんだから」


 香奈も清人君のことは評価してるらしい。優しいかどうかは試合には関係なさそうだが。


『第一試合の選手は総合闘技場に集合してください』


 校内アナウンスが入り、クラスで談笑してた生徒がぞろぞろと教室を出ていく。


 第一試合が無いチームも観戦するのが普通で、私と香奈も総合闘技場に向かう。


「私は自分のチーム探さなきゃいけないから行くね」


 走って離れていく香奈の後ろ姿を見届け、私も自分のチームを探しに行くことにした。


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