第21話 魔女と依頼と剣聖-5
ジェースリーAP装置博物館。
そのまんまの名前が彫られた看板が示す場所を前にして周囲を警戒する。
ここまで来るのは意外と簡単だった。基本的に、ワイヤーを使って建物の屋根や屋上を渡っていたから、人に見つかることはなく、妖魔に遭遇しても威力を抑えた波動弾で吹き飛ばしてしまえば、地上でジェースリーの隊員が相手をしてくれる。
最初からこうすれば良かった。
さてと、絆心刀とやらを拝借するとしようか。
僕が博物館へ足を踏み入れようとした時、足下に落ちている手紙を見つけた。
『午後八時、絆心刀を拝借します。ーー怪盗フェネックより』
…………。
……え?
これ僕知らないんだけど! もしかしてエーテルがまた勝手に出したのか。
警備が手薄な今がチャンスだとか言っておいて、僕がここに来ることは予告するつもりだったのかよ。
意味ないじゃん。
でもどうしようか。ジェースリーの隊員が拾わなければいけないものを僕が拾っちゃったよ。ここに置いとけばいいかな。時間も八時なんてとっくに過ぎてるし。
手紙を元の場所に置き、建物の内部に侵入する。
人がいる気配がほとんどしなかった為に、正面から堂々と入ることができた。
今回は怪盗を行うにあたっての準備が少なすぎる。突然入った仕事だから仕方ないのだけど、建物の内部の情報が無いのはつらい。
予想に反して、地下へと続く通路を探す必要があると思っていたがエレベーターで簡単に行けるみたいだ。スイッチを押して最下層まで降りて行く。
一般公開されている他のAP装置の展示物に関しては、父の会社が作る物の方が数倍優れているから、興味が湧くほどじゃなかった。だがAP装置は安いものでない。僕がAP装置を消耗品みたいに使えるのも父の会社が作った試作品などが沢山送られてくるからだ。
エレベーターが止まり、扉が開いた。長い廊下があり、つきあたりに一つだけ扉がある。
僕が廊下に足を踏み入れ歩き始めると、扉が閉まり、勝手に上がっていくエレベーター。急いでボタンを押すが反応は無い。
あぁ、嫌な予感がする。気配がないからって警戒を怠ったのが悪かった。
そう思ったのも束の間。廊下のつきあたりにある唯一の扉が開き、次々に人間がなだれ込んできた。
この狭いスペースじゃ一人一人相手にする余裕は無い。あっという間に押さえつけられてしまうだろう。
エレベーターのボタンを連打するも反応は無い。
「奴は火の中の虫だ! 怯まず突き進めええ!」
「うおおぉぉぉお!」
ちょっと待って! 人数多すぎだろ。なんでそんなに鬼のような形相してんだよ。まだそこまで恨みを買うようなことしてないはずだ。たった一人捕らえるのにどんだけ必死なんだよ!
今回は本当にやばい、死ぬ、終わる!
……どうしよう。
「くそ! 一対一で相手してやる。順番にかかってこい!」
必死でさり気なく相手にとっての妥協案を提案するが、誰も僕の話を聞いてくれず、勢いが止まる様子は無かった。
覚悟を決めるしか無いみたいだ。後ろに逃げ道が無いんだったら無理やり前に道を作ればいい。強引なやり方は怪盗らしく無くて好きじゃ無いが、我が儘も言っていられない。
この前みたいに、気絶だけさせて突破するなんて優しいことをする余裕も今回は無い。
「もう手加減なんかできないからな! 怪我しても僕を恨むなよ!」
僕は剣型のAP装置に刃を顕現させ、僕に十数メートルまで迫った敵の群に駆け出す。敵と接触するまでの間にAPを体中に巡らせ身体能力を底上げする。
「なっ! 消えた?」
もう少しで剣の間合いに入るというところで、敵の先頭の奴らが不思議な行動を始めた。
僕が目の前に迫っているにも関わらず、動きを止め、周囲を見渡している。
確かに君らに比べたら速い動きだとは思うが、消えると言う程速い動きかどうかと言われたら否だ。
まずは先頭にいる四人の敵のAP装置を手元から弾き飛ばした。
……おかしい。簡単すぎる。
どうして敵は抵抗しないんだ? どうしてそんなに驚いた表情をするんだよ。
だいたい七十人。僕の周辺に転がっている人間の数だ。死人は一人もいない。
僕は短時間で七十人近くの敵を斬りふせた。伝説になってしまうような記録だが、相手が戦意の無い者だった場合は話が別だ。
いや、違うな。敵意も戦意も感じたんだ。だけど、それらの意識が僕に対して向けられていない感覚。
ただ突っ立っている敵を倒すこと程簡単なことはそう無いだろう。
何が起こったのかさっぱりわからないけど、気味が悪い。
考えすぎか、僕に不都合なことが起こっている訳じゃ無いんだ。余計な心配は止めよう。まだ仕事があるんだから。
敵と戦っている内に長い廊下の半ばまで来ていたようだ。障害はもう消えた。僕はゆっくりと歩みを進める。
音が響きやすそうな廊下だが、僕の足音は無い。そういう風に訓練してきた。
今日は変な一日だな。昼間はジェースリーのヒーローとしてバイトをし、今は怪盗としてジェースリーを蹴散らしてる。
「世の中ってのは奇妙なものだね、フェン…………フェン?」
始まったよフェンの自由行動。すぐに姿を眩ますんだから。僕がピンチになれば助けてくれるからいいんだけどね。
突き当りの扉を開けると少し広い空間となっていた。
「おいおい……嘘だろ? あの狭い廊下に数十人の隊員が向かったはずだが」
部屋の奥にはガラスのケースで覆われた銀色の刀。おそらくあれが絆心刀だろう。
その前に一人の男が立ちはだかっているのだが、面倒とは言え、無視はできないな。
「能力によるAPの波動は感じなかった。お前は……その身一つであの人数を倒したのか?」
「僕は怪盗だ。常に奪う側である僕が守る側の人間に捕まりはしないさ」
たいそうなこと言ったけど、さっきまで本当に焦っていたのは内緒。
それよりも僕は別のことで今驚いていた。ゆっくり男に近づくにつれて、相手の顔がだんだんはっきり見えるようになってくる。
僕は狐面を被っているから素顔は見えないから安心だが、相手の顔ははっきり見える。
「まさ……はる?」
驚いたことに僕の前に立ちはだかっているのは新羅正晴だった。特徴的な赤髪を持つ優等生で、僕の数少ない友達。
「さすが時流に乗った怪盗と言ったところか。機関最高機密である俺の正体も把握済みのようだな」
そりゃあ、まあ……クラスメイトですからね。
えっと、何してんの?
「既に知っているようだが、自己紹介をさせてもらおう。俺はジェースリー四大剣聖の一人、断空の剣聖の称号を持つ、新羅正晴だ!」
「マジか」
四大剣聖とはジェースリーにおいてトップレベルの剣の実力を持った四人のことを指す。
つまり正晴は学校の優等生という立場でさえ、偽りの姿だったんだ。
物語の主人公みたいなことしてんなよ。ありきたりな設定すぎるだろ。今時そんな設定に需要なんてないんだかんな。やるなら徹底してやればいいのに。学年一番の落ちこぼれとかでいいじゃん。なんで中途半端に優等生やってんだよ。
でも本当良かった。エーテルがこの狐面を用意してくれてなかったら、僕の正体がバレてしまうところだった。
「お前とは一度手合わせをしてみたかったんだ。ある隊員が言うには、俺ぐらいの歳の外見だったというからな。同世代で負け知らずの俺にどこまで食いつけるか楽しみだ」
「君はずいぶんと狭い世界に住んでいるんだね。僕は同世代でも君より強い人達を知ってるよ」
「俺の実力を知らないお前が何故そんなことを言える」
「わかるさ。次元が違うんだ。僕からしたら、後ろで眠ってる奴と君の間に大きな差は無い」
なんでこんな場面で僕は煽っているのだろうか。怪盗フェネックとして正体を隠してる最中だから感覚が狂ってしまったようだ。
学校生活でさえ彼に勝ったことがないのに、実は凄い強いよ剣聖でしたーと言われてしまったら僕の手に負える相手じゃないのは明確だ。同じく実力を隠しているOTAK部の連中でも相手にするのは難しいのではないか?
「その余裕な態度を絶望に変えてやる」
「仮にも正義の組織の人間が絶望だなんて言っちゃ駄目だよ」
正晴は静かに剣型のAP装置を出力させる。剣聖という割には刀身の長さは普通だった。
形状も普通だ。特別なAP装置を使ってる訳では無さそうだ。
だけど一つだけ異質な点がある。刀身の周りの空間が歪んで見えるほどAPの密度が高い。
なるほどね、断空の剣聖の由来はこれからきているのか。確かに、あの密度のAPを含んだ刀身で斬られたらひとたまりも無いな。
剣で受けたとしても、剣ごと粉砕されそうだ。
今回は場所が場所なだけに無駄な時間を費やす暇が無い。本気で行かせてもらう。どこまで彼とやりあえるかわからないが、どちらにせよ引くことはもうできない。
僕は意識を集中させ、全身にAPを巡らせる。一瞬でいい……より速く、より強く、最高に研ぎ澄まされた一撃をぶつける。
正晴は剣を右手だけで持ち駆け足で僕に接近してくる。やっぱり剣聖というだけあって速いな。だが、今日の昼間に戦った金色の炎を使う無駄に強かった奴に比べたら遅い。
僕の体が間合いに入る直前に正晴は剣を両手持ちに切り換え、僕の体を両断するように剣を振り上げた。
そして彼の体からAPの波動が放たれると同時に急激に加速する。彼の能力は“雷走”。直線上なら雷に近いスピードで移動することができる強力な能力だ。
目で追えるスピードではない。APの波動を感じるとともに僕も体を動かした。
僕と正晴の体が交差し、お互いに剣を振りきった状態で固まる。
……後ろで膝が地面につく音が聞こえた。
出力を失った正晴のAP装置が地面に転がる。
「な……ぜ……?」
特別なことをしたわけじゃない。
正晴の剣の軌道から体をそらして回避し、正晴を超える速さをもってAP装置の核である鞘を粉砕しただけのこと。まさか僕の全力が能力を使った正晴よりも速く動けるとは思わなかったが、核さえ破壊してしまえば、刀身の密度や長さなんてものに意味なんて無くなる。
思い返して見れば、アパートのテレビを破壊した時もこのくらいのスピードは出ていたかもしれない。
丁度いい機会だから僕は怪盗がどういったものなのか彼に伝えたい。結果を示して怪盗のすばらしさを布教しなければ気がすまない。
「怪盗ってのは前提条件がそもそも不利なんだよ。だけど、こっちがどんな状況にいたとしても常に定跡を導き出さなければならない」
まだ自分の敗北が信じられないのか、正晴は壊れたAP装置を震える両手で掴み上げ、じっと見つめていた。
「君みたいなのを剣の専門家って言うんだろ? 怪盗は専門家じゃないんだよ。必要だと言うのならどんなことだって出来なければならない万能家だ」
「何が……言いたい」
声も弱々しく戦意は完全に喪失したようだ。自信を持っていた剣で、こんなにも簡単に一撃でやられたら自信を無くすのも当然か。
「剣という一つのことで精一杯の君が、必要な全てのことで最善であろうとする僕に勝てる訳ないだろ」
ちょっと調子に乗ってるかもしれないが、怪盗ならこれくらい言ってもいいだろう。
絆心刀の保管されたガラスケースを開けるのは簡単だった。最近の専門的な道具を使わなくてもいいくらい古い技術の鍵。
本来はこの場所に来ることが困難だから、鍵に力を入れる必要は無いみたいだ。
これが絆心刀……凄い、本当に全てが銀色に輝いている。傷も全く見あたらない。
APが発見される以前からこんな物が存在していたのか。そうだとしたら、昔には現代じゃ想像もできないような技術があったのかもしれない。
「その刀は持っていかない方がいい」
僕がじっくり絆心刀を眺めていると、正晴が下を向いたまま声だけを僕にかける。
「どうして?」
「その刀を所有していた英雄は今までに三人いるが、全員その刀を使ってから五年以内に死んでいる」
「……僕が使うわけじゃないから」
「そうか……」
五年以内に死ぬとか、まるで妖刀じゃないか。エーテルの奴、危ないもん盗ってこさせるなよ。
てか、正晴は絆心刀を持っていくのは止めないんだな。
「……お前の名前を教えてくれないか?」
僕がエレベーターに戻る時、すれ違いざまに正晴が名前を聞いてきた。怪盗が本名を教えると思っているのだろうか。そんなことするはずがない。
だが、偽名だと分かっているなら、逆に本名を教えてしまうのもおもしろい。
「僕の名前は……新羅正晴」
「それ俺の名前な」
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