第20話 魔女と依頼と剣聖ー4
エーテルの側にいたフェンに僕とお揃いの服を見せびらかそうとしたら、その細い足では考えられないような脚力で飛び上がり、僕から服を奪う。
そして僕に対する興味は完全に失せたかのような態度で自分で着替え始めた。
器用な子狐だな。
「フェン準備できたか? 行くよ」
調子がいいのか部屋中を駆け回るフェンに声をかける。
「クワアァ!」
フェンは力強く鳴いた。
ジェースリーの本部が存在する都市の名は“ジャスティスシティー”、シンプルが一番だそうな。そんなに大きい都市ではなく、普段はジェースリーの隊員とその関係者くらいしか住んでいない。
妖魔の大量出現によって、今現在この都市には正義の組織の実力者が日本中から集められている。
休むこと無く人間と妖魔の戦闘が行われているのだ。僕の家のテレビでも詳しくジャスティスシティの様子が報道されていた。
常に人間側は増援されている為、決着がつくのも長くは無いだろう。早いところ用事を済ませてしまおうか。
普段ならこの都市に入る為には面倒な手続きをしなければいけないのだが、もちろん怪盗フェネックが堂々とそんなことをする訳が無く、電流の通った柵を乗り越えて侵入した。
怪盗秘密道具の一つ、小型避雷針で電気の流れを数秒だけ誘導し、その隙に柵を乗り越える。
その間フェンはずっと僕の足にしがみついていた。自分でも超えられるだろうに。離れてくれ、重いんだよ。
スタンッと音を立て綺麗に着地し、華麗に侵入成功。
「なっ! し、侵入者だぐふっ……!」
僕のエルボーが何か鳩尾っぽいものにヒットした感覚があるが気のせいだろう。そうさ、怪盗が簡単に見つかるはずがない。僕は誰にも気づかれずにジャスティスシティへの進入を成功させたのだ。
この都市の地形は事前に把握している。最短距離で絆心刀が収められた博物館まで向かえばいい。
ワイヤーを使い目の前の一軒家の屋根に上がる。そこからさらに、近くの五階建てマンションの屋上にワイヤーを引っ掛けて素早く上がり込む。
このワイヤーも怪盗秘密道具の一つで、先端が物に触れると張り付く仕掛けになっているのだ。APを流すことによって自在に操ることもできる。
なかなか綺麗な夜景の見える場所だったが悠長に眺めている余裕はない。屋上には複数の妖魔が待ちかまえていた。
妖魔とは最近現れたAPを食べる化け物のことだ。最近と言っても僕が産まれるよりもずっと前の話だが。科学が発展したこの時代には似合わない存在だと思う。でも望まず現れてしまうのだからしかたがない。
生態についてはまだまだ不明な所が多い。ただ、APを豊富に持っている人間は妖魔にとって食料でしか無いのだろう。
僕に対峙する妖魔は二体。鋭い牙を持つ四足歩行の狼みたいな奴と、刃物のような尖った手を持つカマキリみたいな奴だ。
どちらとも全長三メートルくらいで、妖魔としては中型の大きさになる。妖魔は小型、中型、大型、特大型の四種類に分類され、それぞれ小さい方から第一ステージ、第二ステージ、第三ステージ、第四ステージとも呼ばれる。
第四ステージの妖魔と言われれば特大型の妖魔ということだ。基本的には後のステージの妖魔になるほど強力になっていく。そして、数えられるほどしか存在が確認されていないが、さらに上のステージも存在する。別格扱いとなり最終ステージの妖魔……妖王と名前が変わる。
初めて妖王が確認された国は三日で滅んだという。
学校の授業で中型の妖魔だと平均的な能力の学生が三人掛かりで一体を相手にできる強さだと教えられた。
だが僕は以前に家の周辺で同時に十体くらいの中型と大型の妖魔を相手にしたことがある。学校はきっと生徒が舐めてかからないよう気を引き締める為に大げさに教えたのだろう。
困ることに僕の住むアパート周辺は妖魔が湧き出るスポットとなっている。だから妖魔との戦闘は慣れているんだ。そのせいでほとんど入居者が現れないのだけど。
たかが二体だなんて温すぎるよ。
最初に狼型の妖魔が飛びかかってきた。
このタイプの妖魔は、スピードは早い方だが皮膚が柔らかい。それなりの出力が出せればAP装置で余裕に倒せる。
妖魔の牙が僕に届く直前に、僕は姿勢を低くして妖魔の下に潜り込む。そしてすぐさま空中の妖魔の腹部に向かって、槍型のAP装置を顕現した。
僕の体内からAPが流し込まれたAP装置は、五メートル程もある刃で妖魔を貫く。
絶命した妖魔は黒い煙とともに消えた。まずは一体。
僕の持つ槍型のAP装置の媒体はナイフだ。普段はナイフとして使い、APを流すことによって槍としても使える。
妖魔が消えた後に数秒遅れて槍型のAP装置が砕け散る。
このAP装置は本来二メートルの出力が限界なのだが、ストッパーがかかっているのにもかかわらず僕が無理やり五メートルまで顕現してしまった為に、本体が耐えられなかったのだ。
この妖魔を素早く一撃で倒すには、あれくらいの出力は必要だった。
AP装置が出力に耐えられないことなんて僕にとってはよくあることなので、ナイフも常に十本は用意しているから心配は無い。
「あのさ……フェン、そろそろ離れようぜ」
柵を越える前から妖魔を相手にするまでずっとフェンは僕の足にしがみついている。邪魔でしょうがない。
「……フンッ」
こいつ今、鼻で笑いやがった! 君はこの状況で僕に喧嘩を売ってるんだね。いいだろう……そっちがその態度なら僕にも考えがある。
僕は足にしがみついているフェンをもう一体の妖魔に向かって全力で蹴り投げた。
「ギュワアァ!」
「黙れ、仕事しろよ」
別に僕はフェンを虐める為だけに凶暴な妖魔の元に蹴り投げた訳では無い。一割くらいは別の目的があるんだ。妖魔がフェンに夢中になってる隙を突いて、僕が妖魔を斬り裂くというスマートな戦術。
僕の狙い通りに妖魔は、地面を転がるフェンを標的に定めてくれた。このまま僕が妖魔の背後をとればいいのだが、何故かフェンは真っ直ぐ僕に向かってくる。
背景を妖魔に駆けてくる姿は、怪盗服のおかげなのか、なかなか様になっていた。それはいいが何する気だよ。
「えっ? ちょ!? がはっ!」
フェンは手前で跳躍し、僕の顔面に頭突きを食らわせてきた。
後ろに背中から倒れ込んでしまい、視界が少しぼやける。
「フェン……今日はえらく反抗的じゃないか」
僕の顔を横から見下していたフェンは顔を背ける。
「もしかして今日の朝、僕が餌をやり忘れたことを根に持っているのかい? だったら謝るよ、ごめんね、僕が悪かった、許して」
「……クウゥゥ」
フェンは僕にすり寄ってきた。どうやら許してくれたらしい。僕が蹴り投げた件については触れない方向で。
ずっと寝転がっている訳にもいかない。フェンが僕の隣にいるということは、フェンを標的にしている妖魔も僕に向かってくることになる。
風を切る音が聞こえる。僕が素早く横に転がった直後に、僕がいた場所に刃のような妖魔の手が地面に食い込む。
妖魔が追撃してくる前に体勢を立て直し、剣型のAP装置を顕現させた。
薙払われる妖魔の片手を上体を後ろに反らすことでかわし、振り下ろされる攻撃を払うように受け流しながら妖魔の懐に近づく。
これで終わりだ。
僕は妖魔を両断する気で胴体を斬りつけた。
だが、妖魔の体の表面が堅すぎて刃が通らない。反動で手に鈍い痛みが走るが、近づいたままでは危険なのでバックステップで距離をとる。
「フェンいつもの頼むよ」
APの刃を簡単に通してくれないタイプの妖魔の倒し方は基本的に三つある。
能力を使うことによって表面の堅さに関係なく倒す方法。
大量のAPを消費してAP装置の圧力で無理やり押しつぶす方法。
そして全ての妖魔に存在する、核と言われる物を壊す方法だ。
どんな妖魔であろうと、核周辺の皮膚は柔らかくできている。だが、核は皮膚の内側にある為に肉眼では見ることができない。
フェンには特殊な力があり、妖魔の核の位置を正確に把握することができる。妖魔によって違う核の位置を僕に教えるのがフェンの仕事の一つだ。
フェンは妖魔の周りをを何週か走り回り、後ろから妖魔の体を駆け上っていく。
「キュワアァ!」
フェンは妖魔の背中で鳴き声をあげる。核の位置がわかったようだ。
妖魔は背中に乗ったフェンを振り落とそうと必死に暴れていた。
「フェン! もういい、離れろ!」
僕の指示でフェンは軽やかに地面に着地して妖魔から離れる。
フェンを追いかけようとする妖魔に向かって僕は駆け出す。妖魔は僕が動き出すのを確認すると、フェンでなく僕に向かってきた。
確か、フェンが示した妖魔の核は背中辺りだったよな。
僕は動きを止め、妖魔が攻撃してくるのを待つ。妖魔は僕に警戒することなく真っ直ぐ刃のような手を振り降ろしてきた。
僕は一歩後ろに下がることで回避し、地面に突き刺さった妖魔の手を足場にして、上空に飛び上がる。
ぎりぎり妖魔の手が届かない高さまでは上がることができた。妖魔の上空から背中を見下ろすと、フェンがつけた肉球のペイントがある。
「APアクセル!」
僕はAPの出力を上げながら、背中のペイントへ落下の勢いを乗せた剣を突き刺した。
「ギュウビュエアア!」
おぞましい悲鳴を上げながら妖魔は黒い煙とともに消えた。
フェンのおかげで今回の戦闘でのAPの消費は最小限に抑えられた。でもここから博物館に近づく度にAPと時間を消費してもいられない。
なるべく無視して行くか。
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