第19話 魔女と依頼と剣聖-3
エーテルが側にいるフェンの頭を優しくなでると、フェンはおとなしく喉を鳴らし気持ちよさそうにしている。フェンが知り合ったばかりの人物に懐くなんて珍しいな。
「私はこの世界の全ての生物に愛されるのですから当然ですよ」
エーテルは僕の心を見透かしたことを言ってくる。心が読めるのは構わないが、口に出す前に答えないでほしい。せめて会話は成立させたい。
全ての生物に愛されるとか大げさすぎだろ。これはただの彼女の意味のない戯言だろうけど。
「それは衝撃の事実だ。僕はこの世界の住人ではなかったのか」
「もう、そんな意地悪なことばかり言わないでくださいよ。確かに今の人類のほとんどは私の手から離れてしまいましたが。それでも……まだ」
エーテルは意味深なことを寂しそうに消え入りそうな声で言った。
僕は彼女のことを何も知らない。輪廻の魔女としての彼女がどんな目的をもっているのだろうか。僕に七つの秘宝を集めさせて、その先に何があるのだろうか。
世界の滅亡をもたらすと言われているが、それが事実なのかもわからない。こうして彼女を見ていると、そんなたいそうなことを考えているようにも思えなかった。
「ダークマターはいつから使えるようになっていたのですか?」
「ん? ダークマターって何さ」
いきなり真面目なトーンで話が変わる。ダークマターとは何のことだろうか。聞いたこともない単語だ。使えるようになるってことは何かの道具、もしくわ技のようなものだろうか。どちらにしろ身に覚えはない。
「わからなければそれでいいです。言い忘れてましたが、私以外の魔女との接触は控えてくださいね。もし接触することになっても絶対に私のことは話さないでくださいよ」
「ああ、わかった」
わざわざ僕に接触を拒ませる必要性がわからないが、魔女達はお互いに仲が悪いのかもしれないな。特に断る理由もない。
「それじゃあ本題に入りますね。今日あなたに盗ってきてもらいたい物は
「何勝手なこと言ってるのさ?」
「本来はジェースリーが管理している博物館の地下深くで厳重に保管されているのですが、今日発生した妖魔大量出現事件の騒動で警備が皆無と言っていいほど手薄になっています。その隙をついて侵入してほしいのです」
「話し聞いてる?」
「明日になったら日本中のジェースリーの隊員が集結して妖魔達は殲滅されるでしょう。チャンスは今日の夜だけになります。あなたの実力なら普段の警備が厳重な時でもなんとかしてしまいそうですが、やっぱり楽な方がいいですよね」
そりゃそうだ。怪盗の実戦経験はまだ一回しかないのだから、難易度は低い方が良いに決まっている。
というか、そういう問題じゃなくて。なんで僕が今日依頼を受けることが決定になっているんだよ。最初の報酬の話もけりがついてないだろうが。怪盗なんて趣味の範囲でやるにはリスクが大きい。
「これをどうぞ」
エーテルは手のひらに収まる小さい箱を僕に渡してきた。木目でできた地味な模様で、何処にでも売っていそうなものだ。少し力を入れるとパカッという音とともに箱が開く。
中には小さい宝石のついたリング状のものが入っていた。指輪ではないな……ってこれは。
「女神の涙じゃないか。別に僕はこういった高価なものは欲しくはないんだけど。そもそも僕に渡していいのかよ」
「あなたに持たせるのが一番安全だと判断しただけですよ。私の目的はただ七つの秘宝を集めることですから。あなたが持っていても構いません」
「持っていていいと言われても、こんなもの僕には必要ないからなあ」
こんなもの持っていても利用価値がない。盗品だから売るわけにはいかないし、特殊な効果のあるAP装置だとかだったらうれしいのだが。
「それはとってもいい物ですよ。なんと、それを身に着けているだけで何処にいても私とあなたは会話をすることができます。イヤリングとして加工してあるので邪魔にもなりません」
想像以上にいらない物だった。
「失礼ですね。ついでの効果ですがAPを流すことで傷を治すことができます。大量のAPを消費しますが、腕の一本や二本くらいなら復元できますよ」
はあ? 嘘つくなよ。なんだよそのふざけた効果。そんなことができるAP装置なんて聞いたことないぞ。まるで神話とかで出てくる伝説級の道具じゃないか。
「伝説級の秘宝ですからね。前回の報酬としては満足していただけると思いましたが、まだ不満ですか?」
「いや、それが本当なら特には」
このイヤリング型のAP装置の効果が本物なら不満なんてあるはずがない。おつりを出してもいいくらいだ。本当にこんな物をもらっていいのだろうか。なんか裏があったりしないよな。
試しに僕は左手の指先をナイフで切りつける。すると当たり前だが、指先に血が滲み出した。その状態でイヤリングを身に着けAPを流してみると、光の繊維みたいなものが指先を覆う。血を拭き取り傷口を確認すると、そこには傷口など最初からなかったくらいに綺麗な肌があった。
これはすごい! 本当だった。これだけの物を貰ってしまったら今日の依頼も断る理由がない。素直に応じよう。
ネックレスのAPはさっき切れちゃったんだよな。僕自身の持APでは能力は使えない。
今回はAP装置と波動弾だけで依頼を達成しないといけないのか、妖魔も蠢いているらしいし。自業自得なんだけど、今回も難易度が高いな。前回はネックレスだけでなく僕自身のAPも切らしていたから、それに比べれば楽なのかもしれないが。
「で、目標はどういったものなの?」
「絆心刀とは刀の全てが銀色一色でできているので、見ればすぐにわかると思います。もしかしたら刀の形状をしてない可能性もありますが、今回は確認済みなので大丈夫でしょう」
銀色一色だなんて不思議な刀だ。どんな素材で作ったのだろうか。昔に作られた刀が今日まで銀色を保っていられるものなのだろうか。
刀型のAP装置はあまり見ないな。刀の形状をしてないかもしれないということは、形状の変わるAP装置だということだろう。
「じゃあ、さっそく行ってくるよ」
「待って! これに着替えていってください。あなたの為に仕事服を用意しておきました」
エーテルはクローゼットに手を入れ僕の着替えとやらを取り出した。だから人の家のクローゼット勝手に開けるなよ。どれだけ自由なんだよ。
取り出された物は、黒いズボンに黒いジャケット、そして黒くて長いコート、さらには黒い狐面。
なんだか悪の幹部がしてそうな格好だ。初めて見るが、黒い狐面って不気味だな。でも、かっこいいかもしれない。
怪盗フェネックだから狐面なのか。
「形から入るらしいあなたに形を用意してあげたのですから、ありがたく受け取ってくださいよ」
「偉そうだな。ありがたく貰うけど」
駄目だ。こういうの着てしまうと絶対に僕は調子に乗ってしまう。調子に乗って絶対なんかやらかしてしまう。
ま、狐面のおかげで素顔がバレることは無くなったから良しとするか。
「これもですよ!」
エーテルはさらに黒い何かを僕に投げつける。
「……何これ?」
「清人さんとお揃いのフェンの仕事服です」
エーテルはニコニコしながら僕達の様子を見る。どんだけ僕達の為に用意してくれてんだよ。
最初はロクでもない奴だと思ったけどそれだけではないのかもしれない。彼女に対しての評価を少し改めよう。
フェンにこんな物を着させてしまったら、調子に乗って手に負えなくなる。絶対僕に向かってドヤ顔でうろちょろ回りながら自慢してくるから。想像しただけでむかついてきた。
まったく、誰に似たんだか。
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