第18話 魔女と依頼と剣聖ー2

 学校で能力を使ってしまった件については場合が場合だからギリギリセーフってところだろうか……いや、夢川先生に殺される理由には十分すぎる。


 バレなきゃ大丈夫だ……たぶん。とりあえずこの先僕が生き残る為にはこの女子生徒の口も塞ぐ必要があるな。


 地べたに座り込んでしまっている女子生徒に顔を向ければ、髪の色に背反するかのような澄んだ蒼い瞳と目が合った。今の時代髪の色や目の色で国籍などを判断することはできないが、顔立ちは日本人のものではなかった。


 この子外国人だ……留学生だったのか。


「立てる? 手を貸そうか?」


「…………え? あ、はい」


 最初手を差し伸べた時に呆然と眺めているだけで焦ったが、しっかり掴んでくれたので引き上げる。


「一人で帰れるよね? 僕のことは誰にも言っては駄目だよ」


「はい、でも……この格好じゃ」


 そうだった。剣で斬り裂かれたズタズタな制服のまま帰る訳にもいかないよな。そんな格好では帰った後に親に心配されるだろう。


「エフェクト」


「……っ!」


 僕が能力を発動したことによって、女子生徒が着ていた制服は一瞬で新品同様のそれに変わった。大袈裟に驚いた反応をされるが、この反応のされ方には慣れてる。


 僕の能力はAPの燃費も代償も最悪だけど、効果はとても優秀なものだ。後出しならば、どんな攻撃でも防げるし、どうな防御でも突破できるだろう。


 バイトの時に見たあの金色の炎でさえも。


「三つです」


 少女は突然三つの指を立てる。


「はい?」


「あなたがこの場で使った能力は三種類形が異なっています……最初のエネルギーの塊に、電撃、そして私の制服の修復。これは異常です。よければ……説明してもらえますか?」


 七人に一人しか能力者がいない中で、稀に複数の能力を持つ能力者がいる。能力者百万人に対して一人という少ない確率で。


 複数の能力を持つ能力者はジェースリーに情報を登録することが義務づけられている。他人の能力を奪ったりコピーするタイプの能力も同様で、これに当てはまる。


 そういった強力な能力の保持者はすぐにジェースリーに管理されることになるわけだ。


 この子は僕が複数の能力を持った能力者だと勘違いしているのだろうか。


 “AP波動弾”は無能力者でも使えるAPによる攻撃だ。難易度は低くないが知っていれば誰でも使えるはず。夢川先生が最近発見した攻撃方法の為、世間では知られていない。


 僕が流した電撃や制服の修復は一つの能力の応用によるもので、複数の能力を持っている訳では無いのだ。


 それはいいとして、どうして僕に助けてもらった立場なのにこんなにも上から来れるのか。僕が正直に真面目に説明してあげると思っているのだろうか。


「それは僕が秘密で素敵な魔法使いだからさ!」


「…………」


 ……やれやれ、どうもドリームリバーの時のノリが抜け切れていないみたいだ。


 能力について問いただされた時のごまかし方はいくつか用意していたのだが、悪いことは続くもので、また選択肢を間違えてしまった。


 やめてこの空気。ここまで重く感じる沈黙を作り出してしまったのは久しぶりだ。確か最後のは静香の前でだから……三日前くらいか。


 意外と最近だった。


「それで、君の名前は?」


 この空気に耐えられなくなった僕は話を変えることにした。


「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るべきではないでしょうか?」


 この子面倒くさいよ!


「僕は名乗る程の者じゃないんだよ」


 お互い様だった。


「私はただ……私を助けてくれたヒーローのような素敵な魔法使いの名を知りたいだけなのですが」


 どうしよう。能力を使ってしまったから名乗ることができない。夢川清人が能力を使ったことが夢川先生にばれる可能性がある。


「……あっ、日本語上手だね」


「話逸らしましたね! どれだけ名乗りたく無いのですか!」


「本当にそう思ったんだ」


 さて、この場をどう離れようか。そろそろ行かないと他の人にも見つかってしまうかもしれない。早く帰ってエーテルの様子も見に行きたいし。あいつはおとなしくしているだろうか


「まあいいでしょう。私は幻惑のま…………いえ、ミラージュと言います。日本語はまだわからないことばかりで、その……よかったらこの後少しだけ、少しだけでいいので……どこかその辺りの店でご教授いただけないでしょうか」


「いや、君に日本語はまだ早い」


「さっきと言ってること違う!」


 適当なことを言っても僕を帰してくれそうにない。ここはフォローをしておこう。


「大丈夫だよ。君才能ありそうだから独学でも三年勉強したら三年分はものになるさ」


「でしょうね!」


 隙を突いて僕は屋上の出口に向かって走る。


「え? 待ってください!」


 後ろでまだなんか叫んでいたが、ミラージュと名乗った少女を置いて、僕は颯爽と階段をくだり全力疾走で部室に向かった。目的は達成だ。


 そして、荷物を手にした僕は正門から堂々と帰路に着いた。





 自宅であるアパートに到着し鍵を開けようとして、鍵が既に開けられていることに気づく。確かに今朝家を出るときに鍵を閉めたはずだ。


 僕はゆっくりドアを開け、警戒しながら中に入った。


 日が沈み始めてから時間も経っており、まともに生活すらできない暗さになっているのにも関わらず、明かりも点けずに誰かがテレビの画面を見つめていた。


『君らが渡るのは天の川でも三途の川でもない……夢の川だ!』


「みぎめびゃほまぁああああ!」


「きゃああ!」


 テレビから発せられた音声に反応し、僕は人間の言語ではない奇声を上げながら、剣型のAP装置でテレビを粉砕する。


 自分の意識を置いていってしまう程の力強さと速さを持った究極の一撃だった。僕の今までの人生で一番強力な一撃だったのではないだろうか。自宅のドアからテレビまで移動する僕は、一つの閃光になっていたに違いない。


 どんな相手でも今の僕の動きは追いきれなかったのではないだろうかと思う。それぐらい僕は本気だった。テレビの破片が側にいた人物にぶつかるが気にしていられない。


 僕の黒歴史となる映像が出力されている機械などこの家にはいらないのだ。あんな映像が記録されてしまったというのか……場合によってはテレビ局を潰しに行かなければならない。


「何ですか! え? 清人さんですか……いったいどうしたんですか?」


 この家の侵入者は物乞い魔女ことエーテルだったらしい。そこは安心だ。彼女は僕の行動に驚き悲鳴を上げたが、僕の姿を確認すると冷静に当たり前の疑問をぶつけてきた。


「どうということはないよ。日常だ。非日常があるとしたら、それは君がここにいるということだ」


「いやいや、確かに私は勝手に侵入しましたし、世間知らずではありますけど。あなたの行動が日常ではなくて異常だということくらいはわかりますからね」


 エーテルは危ないものを見る恐怖の混じった目で僕をちらちら見てくる。まるで僕と目を合わせるのが危険だというかのように。


 いや、人の家に勝手に入るお前も充分危ないやつだから。


 ああ……大変だ。手に持つAP装置の出力が弱くなっていく。まさかのネックレスのAP切れ。今日は能力を使いすぎたかな。まあ能力は無理だがAP装置なら僕の体内から直接APを流すことで使える。


 まずは落ち着いて状況を整理しよう。僕は冷静じゃなかった、それは認めなければならない。何故エーテルが僕の部屋にいる? 隣にいるフェンが警戒していないのを見ると、フェンが招きいれたのかもしれない……だとしたらフェンに色々言いたいがエーテルがここにいる理由には納得する。さっきのテレビの映像は? あれは昼間のバイトの時の映像だろう。依頼主であるレジェンドグリーンが報道されるとか言っていた記憶がわずかにある。


 大丈夫だ。解決解決。


「フェン……怪しいやつを勝手に家に入れるなよ。エーテルも勝手にテレビつけないでくれ」


 あれだけの映像では魔法戦士ドリームリバーというふざけた野郎の正体が僕だとはわからないだろう。


「ヒーローごっごは楽しかったですか?」


「うるさいな」


 ニコニコ笑いながら僕の反応を見るエーテル。彼女のことを知らなければ見蕩れてしまうほど綺麗な表情をしている。


 隠しても無駄だったな。彼女の魔眼なら覆面で正体を隠したヒーローなど裸も同然なのだから。

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