第17話 魔女と依頼と剣聖-1
僕という人間は何事に対しても基本的に形から入る。
剣技を学ぶにも最初に良い剣を手に入れてからでなければ気が済まなく、ヒーローごっこをするにもまずは格好を作る。そして、形さえ作ってしまえば怪盗だろうがヒーローだろうが平凡な学生だろうが、誰よりもそれになりきれる自信があった。
だが、なりきってしまうのは良いことばかりではない。今日の出来事が良い例だ。ジェースリーのバイトでヒーローになった僕は、正体をかくしているからって調子に乗りすぎてしまった。
バカか僕は……ドリームリバーってなんだよ。
なりきってる最中は気持ちが高ぶって、意味不明な発言をして満足してしまったりする。こうして僕の黒歴史というものが増えていくんだ。後でそれを思い出して悶えるという呪いとともに。
こんなことなら最初からバイトなんかするんじゃなかった。別にお金になんか困ってなどいないのだから。
ジェースリーだけあって気前はよく、報酬で四人それぞれが十万ずつもらえて、部長は大喜びだった。
もちろんだが、ジェースリーにも僕たちの正体は明かしていない。まさか学生だとは誰も思わないだろう。
夕暮れ空を背景にして、報酬が入った封筒を片手に僕は学校に向かった。学校に置いてきた荷物を取りにきただけであって、用を済ませたらすぐに帰る。
目を隠すための眼鏡も学校に置いてあるために、学校に行くまでの間に僕の姿を見られる訳にはいかない。だから人目を避けて訓練所の裏から学校に忍び込む。
そもそもバイトは部長がギルドから持ってきた依頼だ。それを正体を隠している部員達でやっているわけだから、変装している時の格好を見られるのは望ましくない。と言っても今の僕は眼鏡をかけてないだけで普通の制服姿なのだが。
訓練所の壁を登り屋上から校舎に侵入するのが、僕のいつものコース。学校で最も人通りの少ない場所を通るようにしている。
だけど、今日は少し様子が違ったみたいだ。
「ぜぇ……はぁ……あなた方は……こ、こんなことしてただで済むと思ってるんですか!」
「心配いらないなあ。お前は気づいた時にはここでの出来事を全て忘れているんだからな!」
訓練所を登りきると、日が落ちる前の最後の輝きが僕の視界を狭くする。
眩しいってことだ。太陽……君はわかってない。
どうせ僕の今のブルーな気持ちと太陽の今日最後の輝きを戦わせたら、五秒くらいで僕の気持ちが圧勝するだろう。
つまり僕が何を言っているのかというと……僕にもわからない。
そんなことはどうでも良かった。僕の憂鬱な気分が巻き起こす混沌の思考回路の話はどうでもいい。
この夕暮れ空に同化しているかのようなオレンジ色の髪を持つ少女が、様々なAP装置を構えた五人の男子生徒に追いつめられていた。
制服からして中等部の生徒だろう。
追いつめられている女子生徒は制服に所々切り裂かれた後があり、必死で抵抗してきたのだと推測できる。
手に持つ剣型のAP装置には弱々しくAPが出力されていた。
「いい加減くだばりやがれ!」
「うぐっ!」
女子生徒の剣が手から弾き飛ばされる。今ので完全な敗北だ。戦場では死を意味し、この後行われることは言うまでもないだろう。
こんな場面に遭遇してしまうなんて今日はなんて厄日なんだ。
僕は姿を見られてはいけなかったのに、こんなの助けない訳にはいかないじゃないか。仕方がない、僕のことを覚えている人を最小限にするだけだ。
「まったく、愉快じゃ無いね」
「……っ! だ、誰だ!」
「よい子は家に帰ってママのご飯を食べる時間だよ」
五人の男子生徒は突然現れた僕に完全に意識を向けている。全員中等部生だという理由からだろうか、複数を相手にしている僕にも余裕がある。
僕は弱そうな相手には強気に出れるのだ。
今の内に逃げればいいのに、体力も気力も使い果たしたようで、女子生徒は地面に座り込んでただじっとこちらを見ていた。
「やばいよ。人に見られちゃったよ。どうすんだよ!」
「落ち着け! 一人しかいないんだ。こいつもボコボコにしてお前の能力で記憶を消せばいい」
女子生徒は僕が現れたことによって一瞬目に光が灯っていたが、一人だけだと気づき再び絶望した顔になった。
なるほどね、相手には記憶を操作する能力者もいるのか。貴重で珍しい能力だけど、こんなクズな人間が持つなんて残念でならない。
「死ねええ!」
五人同時に襲いかかってきた。僕を殺すことが目的になっているのは気のせいだろうか。記憶を消すだけじゃなかったのね。
一番後ろにいる奴からAPの波動を感じた。能力が発動される前に僕はそいつの顔面に向かって手をかざし……。
「AP波動弾」
静かに呟く。
僕の手のひらにAPが集まり、青い球体となったエネルギーが放出された。
人の目では追えない速さで直進するエネルギーは狙った通り相手の腹部にヒットする。そのまま後方に数十メートル吹き飛び、屋上の柵を越え下に落ちていった。
かなり威力は抑えた。命の心配は無い。ここよりも低い別の訓練所の屋上に落ちる程度に加減したのだから。
男子生徒四人の動きが止まる。そして、女子生徒を含めた五人の息を呑む音が聞こえた。
「君らは本当に運が良いよ……この学校で僕という幻の能力者に出会えたのだからね」
幻ってのは深い意味があるのでは無く、この学校で僕は無能力者ってことになってるから、能力を使ってる僕はめったに見れないんだよってこと。
僕は一歩前にでる。その動作だけで男子生徒は体をビクつかせ、目に恐怖の色を浮かばせた。
「……っひ! なんだよあの目!」
日も落ちてきたせいか、僕の気味の悪い光を放つオッドアイも目立つみたいだ。だから早く眼鏡を取りに行きたかったのだが。
「な、なんだよ! あああんたには関係ないだろ! こっちに来んなよ!」
男子生徒達は後退りながら必死で虚勢をはっている。こういうクズは決まって小心者だ。関係ないもクソもあるかよ。僕はお前らみたいな連中が一番嫌いなんだ。
「この世で僕に関係無いことなんてねえんだよ」
ついつい感情が高ぶってしまって言葉使いが悪くなってしまう。
気をつけていたのだけど。戦闘中の感情の変化は隙を生んでしまうと夢川先生にもよく言われていた。まだまだ僕も未熟だ。
残った男子生徒達は無我夢中で唯一の逃げ道である扉に走っていく。だが逃がす訳にはいかない。
「エフェクト」
僕が能力を発動すると男子生徒達に向かってバチィッという音とともに青い電流が流れ、ビクンっと体を震わせ一人を残して全員気絶した。
気絶していない一人の男子生徒は口をパクパクさせて、腰を抜かしてしまったらしい。お魚さんみたいだ。おもしろい。
「君一人だけ残した意味わかる?」
最後に残った男子生徒は震えながら顔を左右に何度も振り、わからないと答える。
「そこで寝ている四人の友達から、ここで起きたことの記憶を全て消してほしいんだ。できるよね?」
「は、はい!」
僕のお願いに返事をすると、ダッシュで寝ている仲間の側まで行き、頭に手を置きAPの波動を放った。一人につき三十秒くらいだろうか。実戦では有効な能力とは言えないな。
この場にいる仲間全員に能力をかけ終わると、最後の一人の記憶を消すために出ていこうとする。
そうだ、一人は僕が他の訓練所の屋上まで飛ばしてしまった為に、この場を離れなければならないんだった。
「ちょっと待って」
僕が制止の声をかけると、男子生徒はおとなしく動きを止める。
「君もここで見たことは忘れるんだ。誰にも絶対に話してはならない。そして二度とこんなバカなことはするな。僕は君の顔を覚えた……気をつけるんだよ」
冷たい表情を作り脅すように念を押しておく。男子生徒は上下に顔を振り、全速力で階段を降りていった。
最小限に抑えることはできたが、二人の生徒に僕のことを認識されてしまった。でも、ジェースリーのバイトの時には既に眼鏡は外していたから今の僕が夢川清人だという認識はしてないはずだ。
まあ散々警戒していたが、今となっては夢川清人が実力を隠していたという事実を絶対に隠さないといけない理由はもうなかったな。
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