第16話 バイトで正義の味方ー3

 レジェンドゼブラはコロナを能力で防ごうとしていた三人の内、一人を蹴り飛ばし、二人を抱えて回避した。


 回避することを選ぶとは勘の良い奴。それとも破滅の炎であるコロナのことを知っていたのだろうか。


「私の扱いがおかしいよ! どうして女の私が蹴られて、男二人が抱えられてるの!?」


 レジェンドピンクが文句を言っている間に、ドリームリバーとレインボーXが私に迫ってきた。


 またくだらない言い争いが始まると思っていたが、さっきまでとは異なり、真剣な空気が流れている。


 最初に攻撃してきたのはレインボーXの方だった。剣型のAP装置を出力させて正面から斬りかかってくる。人間にしては速くて鋭い斬撃だが、魔女のスペックを侮ってもらっては困る。


 落ち着いて相手の斬撃を目で追い、それ以上の速さで斬撃をくぐり抜けながら相手の背後をとった。相手は私の姿を完全に見失ったはずだ。魔女の体は単純な身体能力でさえ人間とは格別の性能を発揮する。


 遅い……遅すぎる。


 短剣型のAP装置をAPとは異なる魔女特有のエネルギーで出力させ、後ろからレインボーXの首に突き刺す。


 しかし、首に突き刺さる直前に相手の姿がぶれ、目の前から完全に消えた。一瞬だが僅かにAPの波動を感じた。なにがしかの能力が発動されたということだ。


 刹那に背後から気配を感じて振り向くと、少し前に私がやっていたのと同じように、私の首に剣を突き刺そうとしているレインボーXがいた。


 もう刃は目と鼻の先まで迫っている。これは避けきれない! とっさに自分が出せる最速のスピードで短剣を間に入れる。


 耳を塞ぎたくなるような嫌な音が鳴り響き、衝撃で少し上半身が仰け反った。冷や汗を少しかいたが、片手で押さえきることに成功し、すぐさま短剣にコロナを纏わせる。


「……うあっ!」


 一瞬で金色の炎が相手のAP装置を包み込んだ。だが相手がすぐにAP装置を手放したことによって、体に炎は届かない。地面に落ちたAP装置は灰も残さずに消える。


 相手は武器を失い、私から距離をとろうとバックステップする。


 動きは私の方が圧倒的に速い。距離をとられる前に腹部に全力の蹴りを食らわす。


 だが、またしても私の攻撃は阻止される。見えない壁が現れ、私の蹴りはヒットする直前で止められた。結果的に、全力で見えない壁を蹴ることになった為に私の足に鈍くて強烈な痛みが走り、顔をしかめる。


 くそっ! 痛いな!


 相手は私が足をおさえ大きな隙を見せているにも関わらず、距離をとることを優先した。私の動きに反応しきれてないことは、相手の反応や表情を見れば一目瞭然だ。それなのに、決め手となる一撃は全て防がれる。


 小手先の技術で攻めても防がれてしまうのなら、コロナをメインとした戦い方に変えるべきだろうか。それとも相手が反応できない速さで連撃を繰り出す方がいいか。


 どちらにせよ。レインボーXとの一対一の戦いにおいて私が負ける理由はない。


 レジェンドピンクとゼブラはレインボーXを助けようとする素振りを一切見せず、少し離れた所からこちらの様子をうかがっている。


 “三人”全員で同時に来れば、今よりもう少しマシな戦いができるだろうに。


「二人とも手伝えよ! こいつが洒落にならない相手だって見りゃわかるだろ!」


 レインボーXの怒鳴り声によって初めてピンクとゼブラは嫌々参戦しようとする。


 三人が体制を作る前に今度はこっちから仕掛ける。


「氷結魔法……ツメタァイ!」


 私が走りだそうとした時、正面にいた人物から能力が放たれた。私の周囲が氷で包まれる。


 なんだこれは……?


「よっしゃあ! さすが僕の氷結魔法。狙った獲物は必ずしとめる」


「氷結魔法って、魔法戦士という設定に忠実に能力を使わなくていいのに。技名には触れないからね」


 やられてなんかいない。コロナを壁にすれば、この程度の攻撃はなんでもない。


 そんなことよりも……。


 いつからドリームリバーがこんなところにいたんだ。


「お前どこいってたんだよ」


「え? ずっと勇輝先輩の後ろにいたけど」


 思い出して見れば、レインボーXとドリームリバーの二人が私に接近してくるのを確認したはずだ。


 どうして私はドリームリバーを意識から外してしまったんだ。相手を実力者と認めた上で警戒もしていたはずなのに、何故私はそんなことをしてしまったんだ。


 いや、おかしいのは私ではない。意識から外していようが敵が正面にいて気づかないはずがない。


 何も見えず何も感じなかったんだ……私が気づく瞬間まで。気配も移動する音も、能力を発動したにも関わらずAPの波動さえも。


 完全に私の世界からドリームリバーという存在が消えていた。


 ドリームリバーがもし魔法名などを言わずに能力を発動していたら、もし避けられない距離まで接近されていたら……私はやられていた?


 これではまるで……


「今のはなんだ? 俺様の意識から完全に清人が消えていたんだが。あれは清人の能力なのか?」


「いや、清ちゃんの能力はそういうのじゃないはずだけど……なんだろうね。なんだか気味が悪いよ。本人は無自覚だし」


 そんなはずは……でも他に説明できない。これはまるで…… 


 全身が震えるのがわかる。これは喜びからだろうか、恐怖からだろうか。いや、私の状態なんてどうでもいい、見つけてしまったんだ。


  相手の感覚を狂わせたり自分の体を透明化するような能力はこの世界にありふれているけれど、能力の発動前にはAPの波動が出る為に、敵が能力を発動したと知ることは簡単だ。


 常に能力を発動し続けていれば、透明になろうが自分の場所を教えているようなものであり、感覚を狂わせるにも相手の脳に自分のAPを送り込む必要がある。


 だから、APの波動を感じることができるレベルの相手には、どちらの能力も通用しない。


 だがドリームリバーが行ったのはそんな能力とは次元が違う。世界という紙から切り取ったかのようにこの場にいる全ての人間の認識から外れ、切り取った部分を貼り付けたかのかのように突然目の前に現れ認識できるようになった。


 存在そのものを認識することができなくなる為に対策することが不可能。対策するという意識を向けることができない。一時的にこの世界の理から離れることができてしまう。


 私はこの力を知っている。偽神アイリルに干渉することができる唯一の力……ダークマター。


「あなたが……魔王様なの?」


「魔王? どうして僕が。初めて話しかけてきたと思ったら、勝手に変なあだ名をつけないでくれ……じゃなかった。僕は魔王などでは無い! 魔法戦士ドリームリバーだ!」


「清人の奴、今絶対設定忘れていただろ」


 ごまかしているようには見えない。なるほど、まだ自覚していないようだ。さっきは無意識にダークマターを発動したということなのだろうか。


 よかった……。


 この世代に“静寂”の魔王はちゃんと転生してきた。


 リーダーが存在しない可能性も大きくあった。私は七世代目の魔女で、今までに破滅の魔女は六人いた。他の魔女も同様だ。


 だけど、静寂の力を持った存在がいたのは初代目だけで、ずっとリーダーのいない世代が続いていた。


 すぐにでも他の魔女にこのことを伝えなければならない。もっと早くに気づいていれば、偽神に無謀な戦いを挑まずに済み、輪廻の魔女も死ななくて済んだのかもしれない。


 ……もう遅いことだ。それを気にするのはやめよう。


 無自覚とはいえダークマターの第一段階が発動していた。静寂の力が完全に使えるようになるのも近いはずだ。


 これでやっと、やっと……偽りの神を殺すことができる。初代の魔王がやり残したことを……魔女の本当の使命を果たせる。世界から嫌われた私達が報われる時が来る。


 APという呪われた力で支配された世界を元の姿に……。


「……帰ります。私達はずっと待っていますので、早く力を……」


 もはやこの支部を潰すことに大きな意味は持たない。魔王と敵対してしまう方が大きな損害になってしまう。


 この支部には歴代魔女のデータが保管されていたから潰しておきたかった。


 だけど魔王さえいれば、些細な問題なのだ。


 あの無自覚な魔王が力をある程度使いこなせるようになるまで極力接触は控えよう。魔女が必要以上に近づけば偽神の使徒に気づかれてしまう可能性がある。それだけは、絶対に避けなければならない。


「どうやら僕の魔法に恐れて、逃げるらしいね」


「絶対に違うと思うが、依頼が達成できればなんでもいい。バイト代さえ出ればな」


 今すぐ話したいことは沢山あるけど、この衝動は抑えないといけない。もう何百年も待ったんだ。今さら少し伸びたところで我慢できない理由はないのだから。


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