第24話 模擬戦闘大会ー3

 試合の直前だというのにこんな状態で大丈夫なんだろうか。本当に緊張感の無い後輩達だ。私なんて緊張で体が固まってるというのに。


 清人君はゆっくり体を動かして仰向けになりながら、ぼんやり空を見上げていた。


「柚美ちゃん……今日も絶好調でしたね」


「…………そうだね」


 君もね、とは言えなかった。


 そろそろ周りの視線が気になるので、この場を離れたいと思うのだが、清人君はいつまで寝転がっているつもりなんだろうか。


「ダメージが大きすぎて次の試合に出れそうもないです。保健室行ってくるんで二人でがんばってください。僕は棄権します」


「ええ! そんな……でも……はぁ、わかったよ」


 私はため息を吐いて、柚美ちゃんを追い会場に向かった。


 今回は運が悪かった。雪落さんは不調だし、清人君は負傷するし。清人君のことに関しては自業自得なので、私は怒ってもいいのかもしれない。


 だいたい、大事な試合の前にふざける奴がどこにいるというんだ。


 清人君に一言何か言ってやろうと思い後ろに振り向くが、そこに清人君の姿は無かった。


 いなくなるの早すぎだろ。さっきまで、しばらくは動けませんって言いたげな顔してたくせに。


 ちゃんと保健室に向かったんだろうか。ひょっとしたら、彼は逃げたかもしれない。


 元々彼は試合をしたがらない所がある。チーム練習の時も本気でやろうという気持ちが伝わって来なかった。その割には良い動きをする為に、ただ表情に出にくいだけなんだろうと思っていたが……。


 後輩を疑うのはこれくらいにしよう。


 試合に望むにあたって、こんなに後ろ向きな気持ちでは勝てる試合も勝てなくなってしまう。


 試合の控え室で膝を抱えて座り込む柚美ちゃんを発見。私が柚美ちゃんの側まで行くとゆっくり顔を私に向ける。


「先輩はどうしたんですか?」


「清人君なら保健室で休むと言っていたよ。棄権するらしい」


 柚美ちゃんは私から視線を逸らし、虚空を見つめぽつりと呟く。


「清人先輩は……私のこと嫌いなんでしょうかね?」


 異様に落ち込んでいるなと思っていたら、そんなことを気にしていたのか。


「そんなこと無いさ。清人君は柚美ちゃんをからかってるだけだろう。私には可愛い後輩だと言っていたよ」


「ほっ本当ですか!」


 柚美ちゃんはガバッと顔を上げ、身を乗り出して私に詰め寄ってきた。


「ああ、本当だとも」


「なんだ、 先輩とかただのツンデレさんだったんですね。もう私に恐れるものは何もないです」


 柚美ちゃんはスッキリした顔で試合前の準備運動を始めだした。


 彼女は人との距離感を掴むのが少し苦手だと言っていた。他人の感情にも敏感で落ち込みやすい。本当は寂しがりやなのに、上手く友達を作れなく困っている。


 その辺は少なからず関係をもった私たちがフォローしていこう。


 でも元気になってくれたみたいで本当に良かった。試合には体も心もベストな状態でいたい。ただでさえ私達は三人しか参加しない為、他のチームより不利なのだから。


 元々が出来すぎたチームだったのだ。一人減ってやっとバランスがとれたとでも思っていよう。


「そういえば、高校生になってから初めて噂の風紀委員長とやらを見ましたが、あれは化け物でしたね」


 柚美ちゃんが準備運動を続けながら、橘についての話題をふってきた。


「柚美ちゃんでもそう思うのかい? 私からしたら、君も橘に近いレベルにいると思っていたのだけど」


「私を評価してくれるのは嬉しいですけど……全然違いますよ」


 私が最後に柚美ちゃんと手合わせをしたのは、二年前くらいだったろうか。私はまだ橘の底を知ることが出来ていないが、それは柚美ちゃんにも言えることだった。


 今の柚美ちゃんはもっと強くなっているだろうし。


「私は家系の影響でそれなりに特殊な訓練を受けてきたので、風紀委員長の異常性が良くわかってしまうんですよ」


 武装探偵集団の七戸川は、ジェースリーには劣るが、正義の組織として有名だ。柚美ちゃんには、七戸川の筆頭家系である天戸川の秘伝の技術が全て叩き込まれている。


 橘には、柚美ちゃんでも異常だと言う程の実力があるのか。


「あれは学生の枠におさまらない器ですよ。一度手合わせをしたことがあるのですが、まるでジェースリーの剣聖を相手にしている気分です。まあ四人の剣聖の中でもレベル差はあるのですが」


「剣聖って言ったら、ジェースリーのトップクラスの実力者じゃないか!」


 本当に橘の実力が剣聖レベルだと言うのなら、ジェースリーが今まで放っておく訳ない。悪の組織にも裏で勧誘されるだろう。


「私が思うに風紀委員長は、自分の意志で校内最強の生徒レベルの実力として周りに低く見せています」


 橘が自分を弱く見せている? 何故そんなことをする必要があるんだ。


「さっき時音さんは、私が橘と同じくらいのレベルにいると思っていましたね。それは風紀委員長の思惑通りだったということなのでしょう」


 私が追っている彼の強さも……幻覚にすぎなかったというのか。


 なんだろうか、この虚無感は。私は何度目かのショックを受けている。


「剣聖つながりの話ですけど、この前先輩がふざけたこと言ってたんですよね」


「…………清人君なら、基本的にふざけてないか?」


「まぁ、そうなんですけど……」


 柚美ちゃんは少し困った顔をした。


 今のは水を差す所じゃ無かったね。話の途中なのに悪いことしてしまった。


「剣聖つながりの話ですけど、この前先輩が“いつも通り”ふざけたこと言ってたんですよね」


 柚美ちゃんは律儀に言い直してくれた。なんて健気なんだ。


「それで、清人君はどんなこと言ってたんだい?」


「剣聖とか正直言って噛ませ犬なんだよね、つまり剣聖とは……犬聖だった訳だ。やばい、僕うまいこと言ったんじゃない?」


 柚美ちゃんは一生懸命に清人君の口調をまねして再現してくれた。


 失礼すぎるだろ清人君……彼は何様のつもりなのだろうか。剣聖に対してどんな因縁持っているんだよ。


「その顔があまりにもむかついたので殴ってやりましたよ。まあ、先輩はこの前やっていたニュースのことを言っていたのでしょうかね?」


 ニュース?


 今の世の中毎日のように様々な事件が起こっている為に、私にはどのニュースの話をしているのかわからなかった。


「それはもちろん断空の剣聖が怪盗フェネックに敗れたニュースですよ! 剣聖の不甲斐なさのことを先輩は言ったんじゃないでしょうか」


 柚美ちゃんは興奮気味に話す。


「ああ、そのニュースのことか、とんでもない怪盗が現れたらしいね」


 今世間を最も騒がせている存在、怪盗フェネック。予告をしてジェースリーに充分な対策をとらせた上で、盗みを完遂させてしまう大怪盗と呼べる存在。


 今までに現れたのはたったの二回だけだ。だが、二回目には五十人以上のジェースリーの隊員を怪我を負わすことなく無力化し、断空の剣聖をも小細工無しで倒してしまった。


 世間で今最も注目を浴びている人物だといってもいいだろう。


 あの日、ジャスティスシティでは原因不明の妖魔の大発生があった。その騒動の中、ジェースリーのAP博物館まで行けたこと自体が驚きだ。


「怪盗とかめちゃくちゃかっこいいですよね! いったいどんな人がやっているんでしょうかね?」


「君の家系は怪盗を捕まえる立場じゃないのか? それも犬猿の仲だろ」


「七戸川としての任務で対峙すれば、全力で捕まえますけど、プライベートで会ったらサイン貰うのが先ですかね」


 そういうもんなのだろうか。探偵が怪盗のサインを持つのは色々とまずい気がするんだが。なによりも柚美ちゃんがここまで怪盗に興味があったことが意外だ。


「柚美ちゃんは怪盗が好きなんだね」


「怪盗が好きというよりは……強い人に憧れますかね」


「それが敵でもかい?」


「関係ないですよ。その強さに至るまでには、沢山努力して、色々なものを犠牲にして、多くのことを我慢してきたはずです。人間としての器が違いますよ。といっても悪い奴は私も容赦しませんがね」


 柚美ちゃんの話を聞いた時、何故か私は橘のことが頭に浮かんだ。


 一年生の頃は私よりも遙かに弱かった。下から数えた方が早いくらいの実力。


 人気の無いところで一人で悔し泣きしている所を何度も見た。一人で特訓する為に許可もとらずに訓練所に忍び込んで、先生に怒られている姿を見たのも少なくない。


 彼はいつもある先輩の背中を追っていた。その先輩の元で彼は驚く速さで強くなっていくのだが、その先輩と別れることになった時、完全に前の橘は消えた。


 その先輩は、当時の源流剣高等学校最強の生徒で、橘がそのまま最強の座を引き継ぐ形になった。


 一人の非力な少年が学校最強の生徒になるまでの道を確かに私は見たことがあったから、柚美ちゃんの話にも納得できてしまった。

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