第14話 バイトで正義の味方ー1

 コンコンとドアをノックする音が聞こえ、外にいる人物を中に招き入れる。その人物に向かって私は状況を簡潔に伝える。


「後半分ってところかしらね……」


「確かに、ジェースリー第八支部を襲撃し始めてから順調に戦力を削いでるわね。この調子なら完全に落ちるのも時間の問題でしょ」


「雪落さんは見通しが甘い時があるのよ。油断してはいけない。支部の一つとはいえ、相手はジェースリー。どんな隠し玉を持っているかわからないわ」


「例えどんな隠し玉を持っていたとしても、あなたが動けば相手は何もできないはず」


 雪落さんの言うことにおかしなところは無い。順調に第八支部の占領も進んでいる。


 だけど、どうしても嫌な予感が拭えない。私の勘はよく当たるのだ。


 現在第八支部にいるジェースリーの隊員の半分は戦闘不能にした。ジェースリーの本部と周辺の支部には妖魔を転送して、応援を出せない状況も作った。


 援軍が来るのは全てが終わった頃になるであろう。


「ところで雪落さんは私が真面目に働いている中、今までどこに行っていたの?」


 雪落さんは悪の組織アポカリプスの幹部からここでの待機命令が下っていたはずだ。組織の命令を無視してまで何をしていたんだか。


「そんなの決まってるじゃない。これでも私は学生なのよ?」


「組織の命令を無視して学校に行っていたと?」


「別に私はアポカリプスに執着があるわけじゃ無いのよ。他に選択肢が無かっただけで……」


 アポカリプスは指示に従わない者や役に立たない者を簡単に切り捨てる。彼女はは自殺志願でもしているのだろうか。能力者として優秀だからって、アポカリプスがその気になったら簡単に消されるだろうに。


「あなたこそ、どうしてこんな所にいるのよ」


「どういう意味?」


「誰もが恐れる“破滅の魔女”であるあなたが、どうしてこんな組織に使われているのかって聞いてるのよ」


「ああ、そのことね。私達はリーダーが現れない限りは基本的に自由に動けるの。今回だけは利害が一致してアポカリプスに協力しているだけよ」


 リーダー……唯一“偽神アイリル”に直接対抗する力を持つと言われる魔王。今回の世代も転生してきている気配はない。転生して生まれてきたとしても、確認する手段はもうない。


 私の世代では悲願を果たすことができないのだろうか。


 アカシックレコードの力を持つ輪廻の魔女なら、覚醒する前の魔王を見つけ出すことは可能だっただろう。でも、彼女は前回の戦いで忌々しき偽神に破れ、命を落してしまった。


 輪廻の魔女が次に転生してくるのは数十年後。だから今回も失敗する。私達では役目を果たせない。


「あなた達にリーダーがいたなんて初耳よ。魔女はそれぞれが対等に至高だと聞いていたわ」


「そりゃそうよ。魔女には順位なんて無い。それぞれが自分が一番だと思ってるでしょうね。目的は一緒でも仲はそれほどよくないのよ」


 雪落は複雑な顔をして、何かを言いたげに私を見つめた。


 言いたいことはわかってる。順位なんて無いといいつつ、魔女にどうしてリーダーが存在するのか気になるのだろう。矛盾しているように聞こえたかもしれない。


「魔女は私を含めて七人いるのは知ってる?」


「そんなこと知ってるわよ」


「……そもそも、あなたはどこまで魔女について知っているのかしら」


「世界を破滅に導く存在であって、理外の力を持った七人。“破滅”や“輪廻”などの接頭語は力の名前だったかしら」


 正確に言えば少し違うのだが、一般人の認識としてなら充分か。本当は世界の均衡を調節する為に存在しているのだけど、今の世の中では調節することは破滅を意味する。


「リーダーは魔女ではなくて、魔王なのよ」


「魔王? そんなの聞いたことないわね。魔女のリーダーだから魔王って言ってるただの言葉の違いでしょ?」


 無関係の人間に何を言っても理解できないだろうが、私達魔女は同列の存在をリーダーなんかにしない。ただの人間と私達魔女が違う存在だと言うように、魔王は私達魔女とはかけ離れた存在なのだ。


「まあ、あなたに魔王を語る必要性はないはね」


「そう、それは残念。あなたのいう魔王の力にも興味があったのだけど」


「教えられることはもうないわ」


「……」


 魔女以外の人間に必要以上のことは話せない。知っていたところで、どうにもならないことなのだが。


「あなたは怖いものってある?」


「何よいきなり、そんなの誰にだって沢山あるわよ」


「私達魔女にとって恐れるものは一つしかない」


「ふーん、まさかありきたりだけど死だとか言うんじゃないわよね」


「死なんてものはそこにあって自然なものよ。転生を繰り返している私達には恐れるには足りない。私達が生きていく中で最も恐れるものは……静寂なのよ」


 そう、魔王のみが持つ絶対的な力。静寂の力は偽神の力に対抗することができる。


『こちら後衛部隊。至急応答をお願いします』


 この部屋のスピーカーから大きな音声が流れる。前線で戦っているはずのアポカリプスの隊員からみたいだ。


「どうしたの? 要件だけを簡潔に答えて」


『二十人で構成された四つの特攻部隊から、同時に反応が消えました』


 困ったことに私の嫌な予感は良く当たる。今回も少し面倒が増えてしまったようだ。


 二十人の部隊を一瞬で無効化できる実力を持った存在が四人現れた、と考えるべきか。そんな奴らが今まで何処に隠れていたんだか。


「わかった。少し早いけど私も今から出るわ。全部隊後方で待機してて」


『了解!』


 元気のある返事と共にスピーカーの音声が切れた。ジェースリー第八支部はこの拠点からそう離れた場所にある訳では無い。五分もあれば現場に着く。


 さて、この五分でどれだけ状況が変わっているのか楽しみだ。


「あなたは来ないの?」


「……」


 雪落さんは俯いたまま何も答えなかった。


「これ以上の命令無視は、本当にアポカリプスに消されるわよ?」


「もう……いいのよ。疲れたわ」


 やっぱり彼女は……死ぬつもりなんだ。


 確かに彼女をを取り巻く環境や立場を考えたら、そうした方が楽なのかもしれない。私がかけられる言葉は何も無かった。





 予想に反して現場は静かなものだった。


 命令通りにアポカリプスの全部隊は第八支部を囲うように待機していて、目立った負傷者も見えない。本当にここで戦闘が行われていたのだろうかと疑問に思うほどだった。


 だがここから見えるだけでも支部の内部はいたるところが傷ついていて、崩壊寸前という状況。


「レジェントヒーロー、ここに颯爽登場!」


 静かな空間が緊張感の無い声でかき消された。声がした方を向くと、第八支部の中央に立つ塔の先に五つの影があった。


 そして、私達の前に一つの影が飛び降りる。


「風を呼ぶ正義のヒーロー、レジェントグリーン!」


 最初に降りてきた奴は緑色のスーツを着たヒーローだった。このタイプのヒーローは最近よく見かける。


 続けて二人目が降りてくる。


「皆を愛する正義のヒーロー、レジェントピンク!」


 戦隊型のヒーローか、こんなくだらない奴らに私は警戒していたとは……情けない。私が手を出すまでもなくアポカリプスの隊員だけで始末できるだろう。


 続いて三人目が降りてくるようだけど、もう飽きた。一度に全員降りてきてほしいものだ。


「いつから一色だと錯覚していた? 俺がそれで満足すると思っていたのか? 全てを魅了する正義のヒーロー、レジェンドレインボーエックス!」


 ……なんか虹色のスーツを着た変な奴だった。


「ちょっと、何やってんの勇ちゃん!? いつそんなのに着替えたの? 塔の上では青いスーツ着てたじゃん! 七色とか独り占めしすぎだし、最後のXいらないでしょ!」


 レジェンドピンクがレジェンドレインボーXに向かって激しくツッコミをいれている。


「だって、レジェンドブルーって冴えないし、つまらないから」


「あのー、こっちもバイト代を払っているので、しっかりやってほしいのですが」


 レジェンドグリーンが控えめにレインボーXにお願いする。


「大丈夫だ、問題ない。仕事はしっかりやる」


「……頼みますよ」


 バイトってことはグリーンの方が上司のはずだ。どうしてそんなに下手に出てんだか。


 レインボーXのことで揉めている間に次のヒーローが降りてきた。


「はっきりさせようじゃないか! 俺様のこのスーツのように白黒つけようじゃないか! 混沌のシマシマを司る正義のヒーロー、レジェンドゼブラ!」


 こいつら、やる気あるの? アポカリプスの隊員達も口をポカンと開け、呆然としている。


「今度はみっちゃんだよね? それもう色じゃないし、ただの模様だから! 黄色いスーツは何処行ったの! 何処でそんなスーツ用意したの!」


 相変わらずレジェンドピンクが激しいツッコミをいれる。


「イエローだと俺様のアイデンティティが、どうたらこうたら」


「どうたらこうたらってなんですか! この戦いは報道されるかもしれないんですよ! 怒られるのは私なんですからね!」


 グリーンは泣き声になりながら、真面目にやってくれとゼブラに訴えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る