第12話 学校生活ー6
「お前ら……何やってんだ」
突然僕の真後ろから知っている人の声が聞こえ、本能的に僕の体が震え鳥肌がたつ。
こんなに近くまで来てるのに声をかけられるまで気づかなかった。よりによって、この人が来てしまうとは。
僕はこの人に学校での能力の使用を禁じられている。もしこの穴をあけたのが僕だとバレてしまったら……殺される!
「あ……師匠じゃないですか。こ、こんなところで何を?」
僕が師匠と呼ぶのはこの学校の先生であり、僕の父の弟……つまりは叔父にあたる人物。
師匠は僕の質問を無視して床の穴の方へ向かっていく。すれ違いざまに「学校では夢川先生と呼べっつってんだろうが」と耳打ちされた。
怪盗の為の謎スキルは全て独学で身に着けたものだが、戦闘技術に関しては一から十まで夢川先生に教わった。
夢川先生は床の穴から静香を引き上げ、しばらく床の穴を見つめる。
「で、何があったんだ?」
「模擬戦闘をしていたら床が抜けてしまい……後は見ての通りです」
時音先輩は夢川先生の質問に素直に答えてしまった。
夢川先生は時音先輩の話を聞いた後、サングラス越しに僕を睨みつける。僕の体は恐怖で震えて動けない。蛇に睨まれた蛙はこんな気分なのだろう。
「後は俺がやっておく、お前らは空いている他の訓練所を使え」
僕を除いた三人は黙ってこの場から出て行こうとした。
「先輩? どうしたんですか? 先に行っちゃいますよ」
「……うん、すぐ行くよ」
柚美ちゃんが声をかけてくれたおかげで、僕の固まった体を無理やり動かすことができた。
三人に続いて僕も歩き出す。
「おい、お前は残れ」
嫌です。
「……わかりました」
夢川先生は僕を簡単に逃がしてはくれないようだった。
「後から行くから先に行ってて」
先に行った三人にそう言うと僕の不穏な空気を感じとったのか、みんなは頷き黙って訓練所から出ていった。
一番後ろを歩いていた柚美ちゃんが訓練所から出た瞬間、風が切る音が聞こえた。
僕はとっさに手が地面につくまで姿勢を低くする。すると、僕の目で追いきれない速さで木刀が頭上を通過した。
「避けるな! 避けたら殺す」
続けて追撃が来るが、避けたら殺されてしまうのか。それなら避けるわけにはいかないな……って思ったけど、避けなくても当たれば死にそうなので避ける。
「本当ごめんなさい!」
「だったらまずは死ね!」
「嫌だああ!」
そのまま逃げ続けること数分、直撃は無いが木刀が掠りまくって制服がぼろぼろになってしまった。気が済んだのか、夢川先生は鋭く睨んだまま木刀を懐にしまう……と見せかけて僕に投げつけてきた!
だが、夢川先生の手から離れてしまった木刀には脅威なんて無い。落ち着いて木刀を掴み、両手に力を入れ折るのに成功する。
今更だが、どうして木刀なんだ? AP装置を使えばいいものを……あの人が考えてることは全くわからない。
「APは無事なんだろうな」
「大丈夫です。父から貰ったネックレスは常につけているんで」
「そうか……ならもういい、穴はお前が直しておけよ」
「はい、わかりました」
夢川先生はAPについて心配してくれていたようだ。
能力者は体内のAPを消費することによって能力を発動することができるが、稀に例外が存在する。APとともに代償を支払わなければ能力が発動できないタイプの能力者が存在するのだ。世間では代償能力者と呼ばれる。
どんな代償を支払わなければいけないのかは能力者によって異なるので、代償能力者は自分が代償能力者だという事実と、自分が支払う代償を隠すことが多い。弱点になってしまう可能性を考えれば当然のことだが。
一見APの消費だけすむ能力者の方がいいように見える。だがそうでもない。代償能力者は別格の能力を持つことが多いのだ。
そして僕が能力を使うことで支払う代償は大きい。それを補う為のネックレスを僕は常に肌身離さずつけている。このネックレスは睡眠中に体内からAPを吸収し、蓄積していく。その蓄積されたAPを消費して、僕は能力を発動しなければならない。
父が誰かに作らせたものらしいが、これは僕が能力を使う為には必要不可欠な物。
本来APは消費しても時間と共に回復していくものだが、僕の代償はAPそのものである。能力を使う為に体内から消費したAPを二度と回復させることが出来ない。つまりAPがなくなるまで能力を使ってしまったら僕は二度と能力を使うことができなくなるわけだ。
それだけじゃない。APがなくなってしまったら、今の時代に必要不可欠なAP装置を使うことも身体能力をあげることもできなくなってしまう。
その対策としてアイテムを利用することにした。僕は直接体内からで無く、このネックレスに蓄積されたAPを消費することによって代償を無視して能力を発動することができるようになった。
といってもこのネックレスに貯めておけるAPの総量は多くないので、一日に発動できる能力の回数は限られている。
夢川先生はもう話すことなど無いらしく、ゆっくり訓練所の出口に歩いて行った。
僕など最早眼中に無いといった態度をとっているが、あの人はいつどのタイミングで襲いかかってくるかわからない為、この訓練所から出て行ってくれるまで一瞬も気が抜けなかった。
扉が閉まる音を聞いて安心した僕はゆっくり腰を降ろす。
怖かった……あの人が側にいると死の恐怖ってものを感じさせられる。
あの人に戦闘技術を教わる過程で、後一歩遅れていたら、少しでも判断を誤っていたら、たまたまそれに意識を向けていなかったら、間違いなく僕は死んでいた……というような場面を日常的に作ってくる。
何度も殺意が沸いたが、あの人はちょっと意味わからないレベルで強いので何もできないでいる。
待たせるのも悪いし(実際待ってくれているのか謎だが)、そろそろ三人の元へ向かった方がいいだろう。
「エフェクト」
能力を発動する合図を小さく呟き、床に空いた穴に意識を集中させた。
僕の場合、言葉にしなくても能力を発動することは可能だが、癖みたいなものでついつい口に出してしまう。
床の穴が消えているのを確認してから僕は訓練所を後にする。
訓練所には傷一つない綺麗な床が広がっている。さっきまでの現場を見ていなければ穴が開いていたなんて誰も信じることができないだろう。
今更だが、それぞれのグループが使える訓練所というのは、最初に割り振られているわけであって自由に使えるものでは無い。夢川先生は当たり前のように別の訓練所を使えと言ったが、場所を指定してくれなかった為に僕らが使える訓練所は無いのだ。
僕が三人に追いついた時、そこでは訓練所について揉めていた。
どうして場所を聞き忘れてしまったんだと、時音先輩は自分を責め。静香と柚美ちゃんは罪のなすりつけ合いという醜い争いをしていた。
「何よ! 床が抜けた時に一人だけ能力で脱出して、私を助けようともしなかったくせに」
「どうして敵をわざわざ助けないといけないんですか?」
こんな感じに関係無いことにまで言い争いは発展し、堪忍袋の緒が切れた時音先輩が二人を叱りつけたところで、午前中の授業は終わりを告げた。
どうしてだろう……昨日より疲れた気がする。
今日からは模擬戦闘大会が近い為、授業は午前中で終わる。午後からは各自で自由に自主練をすることが出来る。
僕は部長に呼び出されていたので、弁当を食べたらすぐに部室に行くことにした。
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