第11話 学校生活ー5

 乱れた息を整えながら時音先輩は僕からゆっくり距離をとった。


「もしかして私は今……。 つ、強くないか? 君ってAクラスの特待生だったかな?」


「何言ってるんですか。時音先輩が手心を加えてくれてるおかげで形になってるだけですよ」


「いや、そんなつもりは……でも、君がそういうなら私も無意識に手を抜いていたかも?」


 どうして自分のやっていることに疑問を持っているのだろうか。僕に気を使って、手加減してることを悟らせないためか。


「僕は運が良かっただけです。体勢が崩された時はもう駄目だと思いましたよ」


 先輩だけに気を使わせるわけにはいかないな。僕も調子に乗らずに謙虚に行こう。先輩の手心にも気づかないふりをしてる方がいいかもしれない。


「……運も実力のうちだと言うだろう。それに……そんなに余裕を持った表情で言われても説得力は無いよ」


 そりゃそうだろう。表情ばかりはどうしようも無い。だってあまりにも緩い攻防だったから疲れるとか以前の問題だ。ただの散歩くらいの運動量で必死な表情を作れと言われたら苦労する。


「私は君を少し甘く見ていたようだ。これからは本気でいかせてもらう」


 鋭い目つきで僕を見据える。こっ怖いんですけど。これ模擬戦闘ですからね?


 時音先輩が発する気迫が強くなった。それと同時に時音先輩からAPの波動を感じる。


 僕は能力に備え相手に集中する。それにしてもこの学校、能力者の数が多すぎだよな。世界的基準では七人に一人が能力者ってなっているけど、この学校だと四人に一人は能力者だろうか。さすがは名門校ってだけはある。


「エフェクト!」


 時音先輩がそう呟いた途端に僕の頬に傷がついた。


 実は頬に痛みを錯覚しただけで、傷などついてはいない。訓練所内では傷を負わないようになっているのだ。


 どのような技術でこの訓練所が造られているのかは僕も知らない。


 訓練所にはいると薄い膜が体の表面に張られる。この膜はあらゆる衝撃を吸収し、何かしらのダメージを受けると数値として蓄積され、定められた数値に達すると敗北となる。


 学校内で死者を出す訳にはいかない。でも実戦形式の試合ができなければ、実力をつけることができない。そういう理由で、痛みは感じるが実際に傷つくことはない理想の訓練所が開発された。


 今僕が頬に痛みを感じたのは時音先輩の能力によるものだろう。


 時音先輩は風を操ることが出来る。その強弱をコントロールして相手に打撃や斬撃を与えることも出来てしまうのだ。


 僕の後方の壁から大きな衝撃音が発せられるとともに、訓練所内が振動する。当たっていたらただじゃ済まなかったな。


 僕はAPの波動を感じ取った時点で、顔をずらすことで直撃を避けた。


「今のは一撃で決めるつもりだった……どうしてその程度のダメージしか受けていないんだ? 私の能力は見えない力だ。何故……回避できた?」


 時音先輩は驚きを隠さずに僕を問いつめた。


 本来学生レベルではAPの波動を感じ取ることは難しいんだった。時音先輩から見たら、ただの平凡な学生である僕がするには異常な行動だったかもしれない。


 時音先輩は僕の答えを待たずに追撃をしかけてくる。


 左右から同時にAPの波動が迫る。挟み撃ちの要領で風圧を使い僕のことを押しつぶすつもりだろう。この左右からの風の攻撃を同時に対処するのは無理だ。


 僕はあえて自分から右側へ飛び込み剣型のAP装置で切り裂いて風を四散させる。僕が片側へ移動したことによって反対側からの風撃がくるまで余裕がうまれた。落ち着いて体を回転させ、そのまま横なぎに剣を払い残った風撃も四散させることができた。


 本来なら剣一つで風を四散させるなんてことはできないだろうが、APによって生まれたものなので、AP装置を使って処理することができる。


 一息ついて僕は両手の力を抜き次の攻撃に備える。


 何故か学校の授業では自分から攻撃を仕掛ける気にはならないんだよな。今まで待ちの姿勢だったが、僕の方から攻めてもいいのか。


 今の僕と時音先輩の距離なら本気を出せば、一瞬で距離を詰められるだろう。


 少しでもリーチを長くする為に、僕はAP装置の剣をいつもより少し長く顕現した。

 

 さあ、いくか。


「待った! もっもう十分だろう。お互いの実力は良く理解できたところだしね。これから同じチームとして戦うのだから、無理に熱くなる必要もないだろう……君もそう思うだろ!」


 時音先輩は顔を引きつらせながら僕に同意を求めた。僕はそれでもかまわないが、乗り気だったのはあなたの方じゃないか。


 僕がAP装置を停止させると、時音先輩はほっとしたようにため息をはいた。


「あの二人も止めてこようか。ここで本気で戦う必要は無いのだからな」


 あの二人とは言うまでもなく柚美ちゃんと静香のことだ。AP装置をしまいながら僕は二人の試合に目を向けた。


 氷の塊が訓練所内に散らばり、新しい氷が生まれては古い氷が消える……それの繰り返しが起こっている。


 そして柚美ちゃんは二人いた。二人の柚美ちゃんがそれぞれ意志を持って動いていた。


 確か柚美ちゃんの能力は“分身転移”だったはず。これもなかなか恐ろしい能力で、視界に入る好きな場所に意志を持った自分の分身を生み出す。


 分身には実体があり、直接相手に攻撃することができ、分身がやられても本体には全く影響が無い。APの波動が感じ取れない人に対してなら完璧に不意を打てる。


 世界中で分身系の能力者は少なくは無い。使い勝手の良い能力だが、珍しい能力でも無いんだ。ただ、柚美ちゃんの能力が他の分身系とは違うのは、本体と分身の位置をいつでも置き換えることが出来る点だ。


 これによって全ての能力の中でもトップレベルの回避能力を得る。


「この試合の中に入るのは厳しいな」


 時音先輩は困ったように言う。ほっとけば、どちらかのAPが無くなるまで終わらないだろう。


 僕の目から見れば、僅かだが静香の方が劣勢だ。


 静香は疲労によって呼吸が荒くなっているのに対して、柚美ちゃんは全く呼吸が乱れていない。


 柚美ちゃんの本体が狙われると、氷らされる直前に分身と入れ替わり、分身が氷らされれば新たな分身が現れる。


 身体能力の低い静香は、能力だけで常に二方向から来る攻撃を対処しなければならない。


 てか試合なんか見てる場合じゃなかった。早く止めないと……エフェクト。


「きゃああっ! な、何?」


「ふえっ! あれ?」


 何かが壊れる大きな音と共に静香と柚美ちゃんが悲鳴をあげながら僕の視界から消えた。そして、二人がいた場所の床には大きな穴があいている……どうやら二人はこの穴に落ちてしまったみたいだ。


「二人とも大丈夫か?」


「何事かと思えば、なんだ……床が抜けただけかよ」


「だけじゃ無いでしょ! ちょっと手貸しなさいよ」


「ここって新築したばっかじゃ無かったんですか!」


 最近この学校の訓練所全体に改修工事がされた。この訓練所はその際に新築されたものだ。


「静香、また体重増えたんじゃないか?」


「殺すわよ」


「こめんなさい。だから氷消してくれると助かります」


 困ったもんだ。冷たい冷たい氷によって僕の足が床と接着してしまったよ。それにしても最近僕に冷たくなったな。これくらいの軽口なら前から言ってたのに。


 普段は優しいんだけど、時々冷たい静香が出てくる。今回は僕の発言が悪かったけどさ。


 何かあったのだろうか、すごく気になる……これくらいじゃ凍傷にならないよね?


「とにかく早く助けなさいよ!」


「あ、足がああ! 僕の足がああ!」


「わかったわよ! 解くから黙りなさい」


 僕がうるさく騒ぎ出したことにより、静香は僕の足についた氷を消してくれた。


 甘いね静香、僕は演技派なんだよ……だけど、余計なことを言うとまた凍らされるので、おとなしく手を貸そうと思う。

 



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