第9話 学校生活ー3
柚美ちゃんは有名な探偵の家系だけあって頭がとてつもなく良いと聞いたことがある。校内でもよく名前を聞く有名な生徒。
くりっとした大きな目と柔らかい雰囲気から年齢よりも若干幼く見え、そんなに長くない茶髪を左側でサイドテールにしている。
一般人からしたら完璧超人に見える為に女子からは過度な尊敬や嫉妬をされてしまう。彼女の側にいれば劣等感の塊になってしまう為に男子は近づけない。
見た目と強さのギャップに涙を流した男は数知れず。
以上の理由から彼女は友達がいないらしい。
柚美ちゃん自信それにすごく悩んでいるみたいだ。同じく友達が少ない者として彼女とは友好な関係を築けるだろう。友達がいない理由は僕と大違いだが。
「いいのかい? 本当に買いに行ってしまったぞ」
「僕も行くとは思いませんでした。冗談だったので」
何を思ったのか、柚美ちゃんは僕が渡した五百円を手に本当に購買に行ってしまった。
わかる……友達が少ないと人と触れ合う経験が少ない為に、距離感がわからなくて、冗談を理解できなくて周りをドン引きさせることがある。
同類の僕には手に取るように彼女の思考がわかった。
でもごめん柚美ちゃん……この学校の購買には焼きそばパンなんて売っていないんだ。
「ふふっ、君はずいぶんと柚美ちゃんに懐かれたようだな。私はあんなに楽しそうな柚美ちゃん初めて見たよ」
「源流院先輩は昔から柚美ちゃんのこと知っているんですか?」
「それ、名字だと言いづらいだろ? 私のことは時音でいい。柚美ちゃんとは二年前から知り合いなんだ」
二年前だと僕がまだ地獄のプログラムに参加していた頃か。
地獄のプログラムとは、父が遊び半分で僕に出してきた無理難題をひたすらこなしていくというものだった。怪盗怪盗うるさかった僕に怪盗なんてものにはなれないと教えるために、立派な怪盗になるのに必要なことという名目で毎日恐ろしい課題を出してきた。
一年間施設に閉じ込められ、恐ろしいトラウマを植えつけられる事件だった。
施設からでても怪盗怪盗言っていた僕を見て、父は全てを諦めたという。
今となってはただの黒歴史だ。
「あの時の私は自分の強さに自信があった。同世代の女子には負けたことが無かったからね」
「自信あっての強さですから。自信の無い強者なんか見たことありませんよ。時音先輩の実力なら自信だってつくでしょう」
実力がある人間は基本的に精神も強い。実力に伴って自信がつくからだ。
「だけどそんな自信は、ある出来事によってすぐに消え去ったよ」
まだ完成していない中途半端な実力の持ち主は自信を失いやすい。話の流れからして時音先輩は柚美ちゃんに負けてしまったのだろうか。
「後輩に天才がいると聞いて、どうしても手合わせがしたくなった。ちやほやされてる後輩に実力の差を見せつけてやろうって考えでね」
「……柚美ちゃんのことですか」
「そうだよ。でも私なんかでは手も足も出なかった」
そこまで実力の差があったのか……これは想定外だ。というより僕の情報不足。
同世代に天才だと言われてる時音先輩が二年も後輩の相手に手も足も出なかったということになる。
僕も気をつけないと。もしあの物乞い魔女エーテルの依頼をまた引き受けることになったら、いつかは絶対に天戸川率いる武装探偵集団とは一悶着起きるだろう。
「そろそろいい加減にしてほしいのだけど。もしかしてわざとやっているの? なるほど、こうやってイジメに発展していくのね」
「いきなりどうしたの? 静香」
「どうしたじゃないわよ! 私を置いてきぼりにして楽しそうに会話してるし、私の自己紹介もしてないのに後輩はどっか行っちゃうし」
僕のグループの三人目は静香だった。僕たちが三人だけで話を盛り上げていたせいで機嫌を悪くさせてしまったらしい。
除け者にしているつもりは無かったけど、僕と静香は同じクラスでいつでも話せるから積極的に会話しようとは思っていなかった。
自己紹介が終わる前に後輩がどっかに行ってしまった件については僕が全部悪いな。
「ごめんごめん。わざとじゃないんだ。自己紹介は柚美ちゃんが戻るまで待っててほしい」
「悪気が無いならかまわないわ。でも、私もまぜてよね!」
抽選によって“源流剣高等学校の三代美女”と呼ばれる面々とグループになってしまった僕は、様々な負の感情がこもった視線を浴びる羽目になった。
オマケに全員が能力者で実力もトップレベルなので、優勝候補としても注目を浴びている。
やりずらい。本当に面倒なことになってしまったよ。悪いことばかりではないけどさ。グループのメンバーが強ければ大会で良い成績が残せて、僕の評価も上がるわけだからね。
数分後、何故かカレーパンを口にくわえて帰ってきた柚美ちゃんが、ニヤニヤしながら僕の反応を待っているのが少し癪なので、思いっきりスルーして静香に自己紹介を促した。
「えっと、いいの?」
「何が? 問題なんて何処にもないよ」
「そう、なら良いわ。私は雪落静香と言います。武器を扱うのは苦手で、基本的には能力だけで戦います」
静香が武器を使っているところを見たことがない。本人が言うとおり苦手で、身体能力も高いとは言えないだろう。だが、それでも静香が試合で負けたところをあまり見たことがない。
能力が強力過ぎて、動く必要が無いみたいだ。
「私も一度だけ雪落の試合を見たことがあるが、あの時は相手に同情してしまったよ」
「私の相手になった時点で運の尽きなのよ」
この後グループ毎に訓練所が割り当てられて、それぞれのグループで能力や戦闘スタイル、連携の確認をするのだけど、このメンバーならそれぞれが自由に動いてるだけで優勝できる気がする。
「最後は先輩の番ですね! きっと先輩は私達がびっくりするような自己紹介をしてくれるんでしょうね。私は興味無いですけど」
「残念だったね柚美ちゃん。僕にスルーされたはらいせに自己紹介のハードルを上げて僕を困らせようという浅はかな愚策は見切ってるよ。興味無いってのは素で傷ついた」
僕のガラスのような精神にヒビが入る。
「あなた達いい加減にしてちょうだい。清人はさっさと自己紹介して」
「夢川清人です。嫌いな者はうるさい後輩、好きな者は僕に従順な後輩……」
「凍らせるわよ?」
「ってのは冗談で、得意な戦闘スタイルは特にありません」
怖いよ静香。これ以上ふざけるのは自重しよう。僕なんかに能力を使わなくていいから。
「では、みんなの自己紹介も終わったことだし、訓練所へ移動するとしようか」
時音先輩の言葉で楽しい顔合わせも終わり僕らは訓練所へ向かうことになった。
周囲を見渡すと他のグループも移動を始めている頃で、後ろを歩いていた正晴と目が合う。
正晴は僕が置かれている状況を理解して笑いを堪えながら寄ってきた。
「面白いことになってるみたいだな」
「おかげさまでね。僕はなるべく目立ちたくは無いのだけど」
僕はすがるような目を正晴に向けてみた。
「グループ以前に清人は背が高いからな。全校生徒で集まれば嫌でも目が止まる」
「そのダサい眼鏡にね」
「静香は黙っててくれ」
そんなにこの眼鏡はダサいのか? 今度父にお願いして新しい物を作ってもらおうかな。この際コンタクトレンズでもかまわない。
でも怪盗を始めてしまったから、学校では素顔を晒すわけにはいかなくなってしまったんだよな。
初仕事の時にジェースリーに顔を見せてしまったのは失敗だった。
「それで正晴はどうだったの?」
僕は正晴のチームメンバーについて聞く。
「風紀委員長と一緒になった」
「なんだ……正晴君のグループは優勝確定ってことですね、わかります」
「はあ? 何言ってるのよ。全然わからないんだけど」
僕もさっきまでこのグループなら優勝してしまうかもしれないと思っていたが、風紀委員長の存在を忘れていた。
あの人は天才だとかのレベルでは無くて化け物だと言われている。学生の枠にはおさまらない。今のこの学校の強さの象徴みたいなものだ。
この学校で最も恐れられている生徒だ。
「やってみなければわからないじゃない。こっちだって簡単にやられる三人じゃないわ」
「その三人に僕が含まれていないのだけは良くわかった」
どうやら僕は既に戦力外通達をされているみたいだ。これからもこのグループにおいて僕の扱いは酷くなっていくのだろうか。
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