第8話 学校生活ー2

「俺も能力を使わずに五十人を相手にするのは厳しい。それも能力者が相手となればまず不可能だろうな」


 僕でもできたんだ。隊員達を倒すくらいなら優等生の君ならもっとうまくできるだろうに。


「一番驚くのは怪盗が私達と同じ位の若者だったって話なのよね」


「身長も高くてかなりの実力者だと言っていたから人気もでるだろうな。なにより怪盗だぞ!」


 二人の会話は興奮しながら盛り上がっていく。僕は恥ずかしくなりしたを向いてしまう。


「怪盗ブームとか始まっちゃうかもね」


「俺も一度手合わせしてみたいものだ」


 手合わせなら何度もしてるんだけど、いつも完敗だ。まあ、無意味なこだわりがあったせいで本気は出したことないんだけどさ。


「でも悪の組織の人間という可能性もあるわよね!」

 

 何故か静香は嬉しそうに言う。君は悪の組織志望なのかよ。彼女とはちょっと距離を置かないといけないかもしれない。


 あ、駄目だ。彼女と距離を置いたら僕の数少ない友達が正晴だけになってしまう。

 

 でも悪の組織か……まあ怪盗だからね、正義の組織ジェースリーの人達めっちゃぼこぼこにしたからね。


 そう思われても仕方がない。


「その可能性は低いと思うな。あれだけやったのに、どうやら怪盗は一人も殺していないらしい。殺さないで無力化するほうがずっと難しいんだ。悪の組織ならわざわざそんなことしないだろう」


 静香の疑問に対して正晴が怪盗の説明にフォローをする。こんな感じに怪盗の話題で教室はいっぱいだった。


「清人は興味がなさそうだな。どうしたんだ? お前の大好きな怪盗だぞ? いつも眼を血走らせて痛々しく語ってただろ」


「え? そんなことは無いけど……痛々しかったのか」


 僕が軽くショックを受けたところでチャイムが鳴り、静香と正晴はそれぞれの席に戻った。それと同時に担任の先生が教室に入ってくる。


「授業サボろうかなあ。もう帰りたい。いや、もう帰ろう。もう帰ることに必死だわ」


 先生は開口一番にそんなことを言う。


「長谷川先生、教室に入って早々それは無いと思います」


 先生の言葉に静香が冷静に返す。


「俺も怪盗になりたい」


「勝手にしてください」


 僕のクラスの担任長谷川先生は怠慢教師だ。背が低く、無精髭を生やしていて清潔感がない。


 そんな先生だが、誰に対しても分け隔てなく接してくれて、親しみやすく生徒からの人気は高い人だ。


 だけど、普段からくだらないことばかり言ってるので、授業がなかなか進まなかったりする。いつも相手をしてる静香にご苦労様といいたい。


「お前ら言っとくけどな。どんな存在に憧れるのかは勝手だが、有名なヒーローにしたって完璧な存在なんていないんだからな」


「少なくとも先生よりは完璧な存在ですけどね」


 クラスの誰かが棘のある返しをする。


「俺だってなあ。デブでブサイクで低所得なところを抜けば完璧だから」


「そこを抜くことができたら全ての人類は救われますね」


 先生の自虐に教室は失笑で包まれた。先生が卑下してるほど酷くはないと思うが。


「さて、冗談はおいといて。予告していた通り今日は模擬戦闘大会の抽選会と顔合わせの日なんだが、まだ準備が出来てないからとりあえずは自習をしていてくれ。準備が出来次第移動するからな」


 言いたいことだけを言った長谷川先生は教室を出ていく。それと同時に教室が少し騒がしくなった。


 今まで模擬戦は学年とクラスを問わずに自由にグループを組むことができたはずだったけど、今回からは変わったらしい。


 抽選でグループを決めるなんて初めてだ。それよりも予告していた通りって、そんなの初めて聞いたんだけど。


 相変わらず長谷川先生はいい加減すぎる。


「まさか抽選になるとは。本当は清人と組みたかったんだけどな」


「正晴は上の順位を狙えるんだから、ちょうど良かったよ。僕が一緒だと足を引っ張ってしまうからね」


 僕が本気を出したところでどこまで戦えるかわからない。学年で一番の実力を持つ正晴の足を引っ張ってしまう可能性もある。僕にとってちゃんと戦闘関連の授業に向き合うのは今日が初めてなのだから。


「あら、清人はわかってないわね」


 静香が僕を非難するような口調で言うが、顔は微笑んでいた。


「私達にとって順位なんてどうでもいいのよ」


「どうでもいいって、そんなこと……」


 模擬戦を勝ち続けて順位が上になれば成績だって良くなり、実力が証明される。どうでもいい訳ないじゃないか。色々な組織からスカウトされる可能性だってある大事な行事だ。


「順位がどうであれ今さら私達の実力や評価が変わる訳じゃないのよ」


「そうだ。だから一緒に組みたい奴と組んだ方がずっと楽しいだろ」


 僕の友達が良い奴過ぎる。優等生がここまで良い奴らだとか反則だろ。


「おーい、移動するぞー」


 戻ってきた長谷川先生の一声で僕達は席を立った。






「どうしてこうなった」


 睨まれてる。めっちゃ睨まれてる。そんな目で見られても困るから! 不可抗力でしょ? だって抽選なんだから僕の意志はそこに無いんだよ。


 心の中で一人言い訳をしていても周りからの負の感情がこもった視線は止まない。


 もう一度言おう。


「どうしてこうなった」


「先輩! 一人で何話してるんですか?」


「……」


「えっ無視ですか? 私を無視するんですね!」


 今日初めて顔を合わせた正面の少女に向って僕は真剣な表情を作る。


「後輩、君が何を言いたいか僕は知っている」


「なっ……なんですか」


「僕が一人で何を言っているのか聞きたいのだろう」


「それ私さっき言いましたから! どうしてドヤ顔してるんですか」


「キャンキャンうるさいガキだね。この子いったいなんなの?」


「ええっ! 何この先輩、ものすごい毒吐いてきたんですけど!」


 後輩をイジるのがこんなに楽しいとは思わなかった。やっぱり後輩ってのは可愛いものだ。


 今は広い体育館に全校生徒が集められ、それぞれのグループに分かれた後だ。抽選会が終わって初のグループでの顔会わせ、親睦を深めるために与えられた時間なのだ。


「清人君、柚美ちゃんをからかうのはそれくらいにしてやってくれ」


 先輩の制止によって後輩との楽しい戯れも休話間題になってしまったようだ。


 この間も、周囲の男子からの鋭い視線が僕に刺さり続ける。


 抽選によって四人で一つのグループが決められた。不公平なところなんて何処にも無い。なのにどうして僕だけが睨まれなきゃならないんだ。


「じゃあさっそくだが、お互いに簡単な自己紹介をしようか。名前はもちろん、戦略を練るために戦闘スタイルも教えてくれると助かる」


 僕等をまとめて、話を進めてくれているこの人は我が校の生徒会副会長だ。


「知っているとは思うが私は源流院時音げんりゅういんときねという。ここで生徒会の副会長をやらせてもらっているから顔くらいは見たことがあるだろう。剣を使った接近戦が得意だ。よろしく頼むよ」


 源流院先輩はこの学校の理事長の娘。


 背中の半ばまである長い黒髪が印象的で、和美人って言葉が似合う。男女両性からファンがとても多い。学校において能力者としての実力も高く正晴と同等以上の力を持っている。


 側にいるだけでこっちが緊張してしまう。そんな風格を持っていた。先輩と話すことに慣れてない僕は話しかけられるだけで少しキョドってしまう。


「はいはーい! じゃあ次は私の番ですね。天戸川柚美あまどがわゆずみと言います。ピッカピカの一年生です! 得意な戦闘スタイルは……」


「短刀を使った接近戦です! 担当がつっこみなだけに」


「先輩勝手に言わないで下さい! それに恐怖を覚えるくらいうまいことが言えてませんよ」


 柚美ちゃんの評価は辛口みたいだ。恐怖を覚えるくらいって、僕はどんだけつまらないことを言ってしまったんだ。


 確かに適当なことを言っただけだったが。


「それにしても柚美ちゃん、初対面なのに少し馴れ馴れしくないか? 仮にも僕は先輩なんだよ」


「えっ……あう……その、すいません」


 柚美ちゃんは少し怯えたように頭を下げた。


「後輩なら後輩らしく購買で焼きそばパンを買ってきておくれ、余った小銭はお小遣いにしていいからさ」


「馴れ馴れしいのはどっちですか! ただのパシリじゃないですか」


 なんてからかい甲斐のある後輩なんだ。


 柚美ちゃんは武装探偵集団の筆頭家系である天戸川頭首の一人娘。


 物心ついたばかりの小さい頃から、天戸川流の秘密の特殊訓練を受けさせられてきた為に、高校一年生にして免許皆伝だと聞いたことがある。つまりは学生レベルの実力ではないってことだ。


 実際この学校全体を探しても彼女に勝てるのは数えるほどしかいないだろう。

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