第6話 依頼主は魔女ー2

 正義の世界的大規模組織ジェースリーから多額の懸賞金がかけられている存在が七人いる。


 最優先指名手配対象として知られる七人の魔女のことだ。世界を滅ぼすという目的の為には手段を選ばず、どんな残虐なことでも行い、七人それぞれが超能力とは別の強大な力を持つとして世界で恐れられている。


 エーテルはその一人だと言う。


「信じられないな。思っていたのと違いすぎる。証拠は何かあるの? それが本当だったとして、多額の懸賞金がかけられている君が僕に正体を明かすメリットがない」


「証拠ですか……輪廻の魔女である私にはアカシックレコードと呼ばれる魔眼が備わっています。色々と制限はありますが、この眼はここではない遠くの景色であろうが、人の心の中であろうが、見たいと思ったものは何でも見通すことができます」


 そう言い、エーテルは僕の目をじっと見つめながら口を閉ざす。


 なるほど。これだけ言えばもう後はわかるだろうと言っているのか。


 僕に依頼とともにメールで送られてきた情報は実際に現場を見ているかのような正確なものだった。そして、僕が怪盗としての技術を身に着けてきたことは誰も知らないはずなのだ。その僕に依頼を送ってきたということは、僕なら引き受けるということまでわかっていたのか。


 確かに、そこまでのことは彼女の言う特別な力がなければできない。……それにしても、とんだチート能力だな。僕もその眼ほしいのだけど……羨ましい。


「まあ、あなたがこんなにも簡単に女神の涙を持ってきてしまうとは思いませんでしたよ。所詮は私の依頼をこなしてくれる適正の高い人を選んだだけだったので。さすがに未来は私にも見通すことができませんのでね。でも、あなたは想像以上でした。期待以上でした。私の目は間違っていなかった」


 そこまで言われるとちょっと照れるな。彼女は僕の心境も見越して言葉を発しているという可能性もあるわけだけどさ。


夢川清人むかわせいとさん。私の悲願の為に……私の懐刀として……残り六つの秘宝を集めるのを手伝ってもらえないでしょうか。私なら、あなたの求める怪盗としての活躍の舞台を用意してあげることができます」


 まだ名乗ってない僕の名前が呼ばれるが、魔眼の存在を知ってしまったので驚くことはない。彼女の提案には、少し前までの僕なら二つ返事で受け入れたかもしれない。だけど、最近怪盗に対しての熱が少し冷めたばっかなんだよな。それに、意外と仕事内容ハードだし。


 少しの失敗で正義の組織にでも捕まったらゲームオーバー。後は豚箱での生活が待っている。引き受けるならそれ相応の対価が必要だ。


「手伝ってあげるのはかまわないけど、報酬しだいかな」


「あれ? なんか思っていた反応と違いますね。正直怪盗のことを褒めとけば、ほいほい私の言うことを聞いてくれると思ってました。おかしいな……。報酬に関してはそうですね……七つの秘宝すべて集まった時にはなんかいい感じのものあげますよ」


「本気で勧誘する気ないだろ」


 こいつ完全になめきってるな。エーテルは立っているのに疲れたのか地面に腰をおろし、ふうっと息を吐く。あまり体力はないらしい。最初に会った時、ここでうつ伏せに行き倒れていたのを思い出す。これが本当に世界で恐れられている魔女だというのかよ。


 エーテルは目線が近くなったからか、僕の足元のフェンを見つけ、珍しいものを見るような目で覗き込む。


「かわいい狐ですね。ココちゃん! こっちおいでー」


「おい、人のペットに勝手に名前付けんな。フェンという立派が名前があるんだから」


「ふぇん? クスッ、まあなんてふぇんな名前なんでしょうか…………嘘ですごめんなさい冗談ですからその手を下ろしてください。痛っ……離せって! はなっ離せよおおー!」


 エーテルのふざけた態度にいらついた僕は、再び彼女の頬をマッサージしてやることにした。彼女はぽかぽかと僕の胸を叩いて反撃するが、力が弱く痛くもかゆくもない。自由すぎるだろこいつ。


「本当に無礼で非常識な男ですね。まったく高貴なこの私を誰だと思っているのか」


 無礼で非常識なのはどっちだよ。


「魔女って設定のコスプレイヤーでしょ?」


「違うから! 私は本物の魔女ですよ。…………話し変わりますけど、最初に見たときから思いましたが、あなたも不思議な色の目をしているのですね。もしかしてあなたも私のように何かの魔眼の持ち主なのですか?」


 薄暗く光る僕の緑と黄色のオッドアイのことを指しているのだろう。


「いや、APの影響で変色してしまっただけで、僕のは特殊な力があるわけじゃない普通の眼なんだ」


「何ですかその無駄設定」


 エーテルはボソッと僕が聞こえるか聞こえないかの小さい声でつぶやいた。


「何か文句があるなら聞こうじゃないか」


「文句はないですけど、それだと日頃目立ち過ぎるんじゃないですか?」


「夜しか色が変わらないんだよ。昼間は注意して見なければわからない程度」


「へえー」


 へえーじゃねえよ。興味ないなら聞くな。そもそも僕の眼の事情だってアカシックレコードとやらを使えば見えるんじゃないか。いけない、相手のペースに乗せられてはだめだ。


「疲れたし今日はもう帰ることにするよ。報酬も貰ったことだしね。また用があったら依頼としてメールに入れといてくれればいいから。次は引き受けるかどうかわからないけどさ」


「いや、ちょっと待ってくださいよ。話はまだ終わってないですし、報酬だって渡してないじゃないですか。頭大丈夫ですか?」


 いちいち喧嘩を売らなければ気がすまないのかよ。言い返すのも面倒なので、代わりに黒い地味な財布を頭の上でわざと見せ付けるように掲げながら背を向けた。もちろんこれは僕の財布ではない。


「はあ? 何ですかそれ……えっ、うそ……いつの間に!」


 僕を誰だと思っているんだ。怪盗をするために、基本世の中で役に立たないスキルを身につけまくった男だと知っているだろうに。どさくさにまぎれて無防備な状態から気づかれないように財布をスルなんて造作もないことだ。


 これは悪いことではない。正当な対価だ。僕のこの行為が悪だと言うのなら彼女の存在そのものが悪だ。


「ドロボー! 人でなし!」


 はっはっは、好きなだけ言うがいいさ。常識という言葉とはかけ離れたこの少女に何を言われようが何も感じることはない。僕は歩みを止めずに曲がり角を進み、彼女の姿は見えなくなった。


 彼女は姿が見えなくなってもまだ何か叫んでいるが、それに僕が反応することは……。


「超絶マイナー趣味! インチキにわか自称怪盗オタク! 中二病!」


「僕の十五年来の怪盗愛に文句があるなら聞こうじゃないか。あと中二病は止めて」


 僕の戦いはまだ終わっていなかった。


「報酬は後日必ず渡すので食費をください」


「なんで報酬を貰うのにも対価が必要なんだか。依頼をこなした時点で報酬は貰えなきゃおかしいんだって」


「生活費がないと食事がとれなくて死にますよ……私が」


「どんな脅しだよ! 高貴な魔女は何処に行ってしまったんだ」


 そういうこと言われると、基本的に優しい人間である僕は良心が痛む。もし狙って言ってるのだとしたら、指名手配されてることも納得できるレベル。


「ううー、どうか慈悲をー。稀代の天才怪盗様ー。私に少しばかりの慈悲をください。もう公園で寝泊りするのは嫌なんです。イケメン有能怪盗様ー」


 とりあえず、財布は返してあげることにした。


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