第4話 その名は怪盗フェネックー3

「エフェクト」


 俺がそう呟いた瞬間、怪盗の体が出口から最も離れた壁に叩きつけられる。まず最初に、逃げるという選択肢を消してやった。これで怪盗は俺を相手にしなければ、外に出ることはかなわない。


「……っ、痛いなあ。なんだよ、能力者だったのかよ」


「俺が能力者じゃないなんて一言も言っていないが?」


 怪盗が焦りを浮かべているのがよくわかる。その様を見て俺も少しにやけてしまった。


 怪盗が被っていたジェースリーの隊員の帽子が取れて、素顔が露わになる。幼さを残した整った顔だったが、不気味で暗い光を放つ両目に一瞬意識を持っていかれそうになった。


 正体を隠すためにカラーコンタクトをしているのだろうか。緑と黄色のオッドアイと目が合う。


「どうしたんだ? さっきまでの余裕はどこに行ってしまったんだろうな?」


 調子を良くした俺は、気を引き締めながらも怪盗を挑発しておく。


「もしかして、腕にちょっと自身がある感じですか? ちょっとそれは困るな。やっぱりこれ返すから見逃してくれない?」


「突然どうした。ここまできてなんでひよってるんだよ。これだけやられたら見逃すなんて無理な話だ。最初からその気もないがな」


 俺はいきなり弱気になった怪盗に気を抜かれてしまった。


「この程度で僕を追い詰めたつもりかい? まだまだ甘いよ」


「さっきまで情けを求めていた奴が言う台詞じゃないな」


 逃げるのを諦めたのか、怪盗はナイフを投げつけてきた。真っ直ぐ俺の額へ向かって来るが、途中で逆の方向に弾き飛ばされる。もちろん俺の能力によってだ。


 俺は怪盗が次の行動を起こす前に、怪盗を天井に叩きつけた。


「……があっ!」


 そして、怪盗は重力によって床に落ちるが、直前で体勢を立て直し綺麗に受け身をとった。


「はぁ……ずいぶんと手厳しいね。少しくらい手加減してくれよ」


「悪いな、敵には容赦できない」


 怪盗は同時に二本のナイフを投げつけてきた。


 俺は片方を能力で弾き、もう片方をとっさに体を反らし回避する。


 今の俺の行動に対して怪盗は怪訝な顔をした。


 「なるほどね」


 怪盗は軽く笑みを浮かべる。対して俺は表情には出さないが内心焦っていた。


 能力の欠点に気付かれてしまったかもしれない。


「一度に弾き飛ばせるのは一つまで、そして次に能力を使うのには少し時間がかかるのか」


 むかつくことに、観察力も優れているらしい。俺の能力の欠点を二つのナイフだけで見抜きやがった。遊んでる余裕は無いみたいだ。ここからは俺も本気になる必要がある。怪盗が手を打つ前に決める!


「APアクセル」


 俺の背中に携えられている空の鞘に光の剣が顕現された。


 APとは能力者が能力を発動するためのエネルギー。さっきのスタンソードみたいに媒体を用いることによってAPを物理的に顕現することもできる。


 俺は背中に携えている鞘を媒体として剣を顕現した。この媒体のことをAP装置という。


 自分のAPを消費して顕現する武器は能力者自信の力そのもの。


 同じ媒体を使ったとしても、能力者の力量しだいで顕現される武器の強さは違う。


 APアクセルってのはAP装置にエネルギーを流すための合図だ。


「固有のAP装置も出してくるのかよ、まあ能力者なら持ってい……うわあっ!」


 俺は怪盗が話し終わるのを待たずに能力を発動した。怪盗は体勢を崩しながら俺のいる方へ飛び込んでくる。


 俺は剣を構えて怪盗を待った。そして怪盗の体が間合いに入ると胴体を横に斬る。


 だが、怪盗は無理矢理空中で体を動かし、ナイフで俺の斬撃を受け流した。そのまま怪盗は勢いを利用して無理な姿勢から俺の顔面を上から蹴り下げる。


 本当に器用な野郎だ。


 本来なら回避不可能の攻撃であったが、能力で怪盗を吹き飛ばすことによってダメージを負わずにすんだ。


 こいつの動きはどこの流派のものだろうか。隊員との戦闘の時から疑問におもっていたが、今までに見たことのない戦闘の型だ。


 基本的に脱力気味に立っているように見えて間合いに入ると相手の攻撃を手先で弾き、ムチのように相手の懐に入っていく珍妙なスタイル。


 だが、疑う余地なく完成されていて強い。 


「うへえ、本当にやりずらい相手だよ」


「それはこっちの台詞だ」






 何度もお互いの探るような攻防の果てに、怪盗は何度も壁や天井に叩きつけられて身なりもボロボロになってきた。


 そして俺は無傷で優位に立っているように見えるが、実はそうでは無い。


 怪盗の異常な対応力によって今では完全に力が拮抗してしまっていた。


 お互いに攻撃を仕掛けることができないのだ。


 何故なら俺が先に能力で仕掛ければ、吹き飛ばされた直後に怪盗はナイフを連続で投げる。能力発動後の俺の集中力では一つ目は回避できても二つ目はできないかもしれない。


 怪盗が先に仕掛ければ、ナイフが二本だろうが三本だろうが能力を発動する前の俺なら回避でき、直後に丸腰の怪盗に能力を使うことが可能だ。


 お互いに行動が起こせない状況で時間だけは動き続ける。


 俺の方から無理にこの均衡を崩す必要はない。この状況は俺にとっては好都合だ。時間さえ稼げれば応援が来る。


 あなどっていた。今回は反省するべきところが多くていやになる。


 俺だけの力で捕らえることができないのは残念だが、おとなしく応援を待つことにしよう。この勝負は我らジェースリーの勝利だ。


「お互いに時間稼ぎってのも愉快な状況だよね」


 お互いにだと? 何寝言を言っているんだ。俺の部下が来ればお前はゲームオーバーだろ。


「一つ言えることは、君の部下よりも僕の相棒の方が優秀だったようだ」


「何言ってんだ?」


「クワアアアア!」


「痛っ! なっなんだこいつ?」


 俺の左足に鋭い痛みを感じ目を向けると、白い犬? が噛みついていた。こいついつからこんなところに!


「僕の相棒、フェネック狐のフェンだ」


 怪盗が何かを投げつけてきたが、犬だか狐だかに気を取られていた俺は反応が遅れ能力でそれを弾き飛ばした。


 だが、俺が弾き飛ばした物から閃光が放たれ視界が白く染まる。


 くそっ! やっちまった。目を塞いでいる間に腹部に強力な衝撃が入る。怪盗の蹴りか何かがガードも無しに入ってしまった。


「助かったよ、フェン。デビュー戦で捕まったら大恥をかくところだった」


「クワアアッ!」


「悪かったよ。やっぱり本物みたいに鮮やかにはいかないか。本当に締まらない仕事だったね。次があればもっと上手くやるさ」


 怪盗とフェンとかいう狐の会話? を最後に俺の意識が完全に途切れた。

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