第3話 その名は怪盗フェネックー2

「……怪盗フェネックってふざけた野郎はお前か?」


 一番最初に我に戻った俺が南門の男に問いかける。


「僕はふざけているつもりはないんだけどね。…………いや、ちょっとだけふざけていたのかも。そうだよ、僕が怪盗フェネックだ」



 怪盗フェネックは隠すことなく正体を明かした。こんな若造一人に俺の部隊は踊らされ、ここまでの進入を許してしまったのか。おまけにどうやったか知らないが厳重に鍵がかかっていたケースから女神の涙も取られてしまった。


 なんという失態だ。これ以上失敗することは許されない。この屋敷から一歩も外へ出してやるものか。



「ここまで良くやったもんだ、それは褒めてやろう。だが、お前は袋のネズミだ。もう逃げられんぞ」


「それはどうかな」


 何故こいつは余裕を保っていられるんだ? 出口は俺の後ろにしかなく、十五人の訓練されたジェースリーの隊員に囲まれているというのに。


 仲間が沢山いるのか? 俺の部隊を退ける人数の。どちらにせよ先にこいつだけでも捕らえるしかない。


「いくら仲間が多くいようが、俺の部隊はまだ外に百人以上いるんだ。無駄な抵抗は止めろ」


 本当は百人もいないが相手を揺さぶってみる。


「仲間? そんなのいないよ。でも、相棒なら一匹いるけ……」


 怪盗が最後まで言葉を言い終わる前に一人の隊員が動き出した。隙を見て怪盗を捕らえるように俺が指示を出していた。


 怪盗は余裕の笑みを浮かべながら、向かっていく隊員を見据えた。


 隊員達には死ななければいくら痛めつけてもかまわないと指示してある。相手が能力者だったなら、一瞬でも油断する訳にはいかないのだ。


 最初に動いた隊員が怪盗に殴りかかる。だが、怪盗はその場から一歩も動かず片手で隊員の拳を弾いた。


 隊員は拳が外側に弾かれたことによって一瞬体が大きく開いてしまう。


 怪盗はその一瞬の隙に、隊員の拳を弾いてない方の手で腹部に突きを放った。


 隊員は近くの壁に背中からぶつかり、さらに怪盗に突きを二連撃いれられてダウンする。


 別の隊員が怪盗の後ろから押さえつけようとするも、隊員の方を向くことなく突き出した怪盗の裏拳が顎にヒットして、二人目の隊員もダウンさせられた。


 自分の仲間達が軽くあしらわれた様を見て、隊員達は剣を構える。剣と言っても刃は丸くなっていて殺傷能力は低い。だが、刃には電流が流れている為に、少しでも触れてしまえば立ち上がることもできなくなる。


 スタンソードという名前で、AP装置と呼ばれる物だ。人間に備わったAPという

エネルギーを使って刃を顕現することができる。ジェースリーの隊員に与えられる武器の一つだ。


 今の攻防でこの怪盗がただものじゃないことは充分にわかった。俺以外の隊員も、下手に突っ込んだら無駄に被害が出るだけだとわかったようだ。


 スタンソードを構えた三人の隊員に怪盗を囲むよう指示をだす。


 俺の合図で、スタンソードを構えた三人の隊員が同時に怪盗へと接近した。だが、怪盗が右手を上げた瞬間、何かに躓き転倒する二人の隊員。


 そして、転倒した二人の隊員の体に何かが巻き付き、隊員は身動きがとれなくなった。


 俺の位置からでは暗さもあり、隊員に巻き付いた物を確認することができない。


 残った一人の隊員は怪盗へ向かってスタンソードを何度も振り回す。しかし、その全ての斬撃を怪盗は最低限の動きで回避した。


「剣の扱いが全くなっていないね、素人なのか?」


 怪盗は余裕の笑みで隊員を挑発する。


 その挑発によって隊員は顔を赤くし、剣が大振りになってしまった。


 その隙を狙っていたのか、怪盗はどこからか取り出したナイフで隊員の剣を受け流した。


 怪盗は姿勢を大きく崩す隊員の右手を掴み、捻りあげる。


 隊員は右手に持っていたスタンソードを痛みで手放してしまった。


 怪盗は落ちてバウンドするスタンソードを蹴り上げ、隊員の顎に刃の部分を命中させる。


 ビクンッと体が震え、隊員はその場に崩れ落ちる。今ので怪盗の周りには五人の隊員が横たわることになった。


 なんだってんだこいつは。能力を使わずして一人で五人の隊員を倒しやがった。それも無傷で、息も切らさず……冗談だろ?


「最初は少し失敗したけど、まさかここまでうまく行くとは思わなかったな。時間も少なくなってきたみたいだし、そろそろ帰っても良いかな?」


 返事を待たずに怪盗は懐から取り出した銃を構え、二人の隊員に連続で発砲した。銃撃された二人の隊員は背中から倒れ込む。


 撃ったのかこいつ? まさか人殺しをするような奴だとは思っていなかった。


 大失敗だ。勝手に思い込んで俺は何をやってんだ。宝石を狙ってきた賊が相手だぞ? 俺の甘さで二人の隊員の命が奪われてしまった。最初から俺が本気で相手をしていれば……。


 俺はふらふらと撃たれた二人の隊員に近づいていく。


 …………近づいてわかったが、額には痣が出来ているが血は出ていない。そして、側にはゴム弾が転がっていた。


 なんだよ、ゴム弾かよ。ふざけたことしやがって。俺は少しほっとする。


「よっよくも仲間をおお!」


 仲間が殺されたと勘違いしている隊員達が次々に銃を構え、怪盗に発砲しようとしている。


「駄目だ! 撃つな!」


 俺が大声で必死に止めるが、頭に血が上った隊員達には聞こえてないみたいだ。俺達は正義の組織ジェースリーだ。立場上簡単に人を殺すことは許されない。


 だが、隊員達は止まろうとしない。俺は生きたままの捕縛を諦め怪盗を見据えた。


 突然怪盗の方からの閃光によって視界が真っ白になる。何が起こった? 怪盗が能力でも使ったのだろうか。


 俺の視力が回復するには時間がかかった……少なくとも俺以外の隊員全員が戦闘不能になるくらいには。


 この場に立つのは、俺と怪盗の二人だけになってしまったようだ。


「……今のはお前の能力なのか?」


「今のって、何のこと?」


「閃光のことだ!」


 ここまでされてしまったら、隊員が何人倒されてしまったかなんてどうでもいい。いつの間にか鳳凰院が一人で逃げやがったこともどうでもいい。


 さっき放たれた閃光が怪盗の能力だというのなら、“その程度の力”が怪盗の能力だというのなら、何も問題は無い。


 怪盗の捕縛が確実になるだけなのだから。


「ああ、あれのことか。違うよ、あれはただの怪盗秘密道具の一つさ」


「……そうか」


 期待通りにはいかなかったが、こいつが能力者でなければそれに越したことは無い。能力者だと言うのなら、その時に対応するしかないか。


 結局俺がやることになるのか。部下の隊員達は良くやってくれた。ただ、今回は相手が悪かっただけだ。


「怪盗フェネックなんて名前は今日初めて耳にしたが、どこで活動していたんだ。それともこれがデビュー戦だったりするのか?」


「少なくとも予告を出したのは今回が初めてだ。まあ次があるかわからないけどさ。ごっこ遊びから卒業をするための答え合わせというか、けじめをつけたかっただけというか」


 怪盗フェネックよ。お前は女神の涙を盗み、華々しくデビューしようとしたのだろう。だが、運が悪かったな。確かにその若さでは優秀だ、優秀すぎると言ってもいい。


 ここまでの流れは鮮やかだった。すぐにライトが点き包囲されるのもパフォーマンスとして計画のうちだったのだろうか。そうだとしたら、今回の盗みは計画通りで完璧だったのだろう。


 相手が俺でなければ、最後まで完遂できたかも知れないな。


「それじゃあ、僕は失礼するよ。目的の物も拝借したからね」


 怪盗は自然な動きで俺の前を素通りし、出口へ向かっていく。


「言っただろ、もう逃げられんぞって」


 俺の言葉に対して、怪盗は足を止め振り向かずに言葉を返してきた。


「まさか、一人で僕を捕まえるつもり?」


「たった一人捕まえるだけだ、俺一人いれば充分だろう」


 俺の前で怪盗が、初めて驚きを見せたように感じた。


「確かにそうかも」


 怪盗の目つきが鋭くなった。俺を標的として捉えだのだろう。だがそれでいい、逃げられるよりも向かってきてくれる方が俺にとって都合がいいのだから。


 さて、次のラウンドに進もうじゃないか。あの子狐に大人の世界の厳しさを教えてやろう。


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