20

 見沼が会議室に戻ってきて、俺とシオンの前に缶コーヒーを置いた。見沼がこんな人間だったとは、少し意外だった。俺は正直に礼を言う。


「ありがとうございます。しかし、見沼刑事もお疲れでしょう」

「矢岸さん。刑事の勘は、結構当てになるものです。何かお話しになりたいことがあるのでは?」


 俺はどうしようかと思いながら缶のプルタブを起こし、それに口を付けた。シオンは缶を着ていたジャケットのポケットに入れて立ち上がり、ホワイトボードの前まで歩いていった。


「では、そうしましょうか……」


 シオンは手を体の後ろで組んで、演説を始める。


「さて。この事件には、いくつかの謎があります。まず、何故死体の首は切り落とされていたのか。そして、正体の見えない垣内優太郎と笹崎信彦。二人は行方不明になり、首の無い死体が一つあります。そして死体は、垣内優太郎と見られている」

「中峰さん、何の話ですか?」


 見沼はシオンを見ながら、近くの空いていた椅子に腰を下ろした。俺はシオンの演説に乗ることにする。


「首の無い死体は垣内優太郎ではなく笹崎信彦で、殺人犯の垣内優太郎が行方を眩ませた、という推理があったな」

「そう。しかし私は、別の可能性も考えました。垣内優太郎は、誰かを庇う為に自分を殺人犯に仕立てたのではないか、と。しかしDNA鑑定は、死体はやはり垣内優太郎だと言っています。どういうことでしょうか?」

「DNA鑑定では、死体と垣内星那は親子だと立証された。しかし、鑑定されていない人物がいるな」

「ちょっと、矢岸さん。良いところを持っていかないで下さい」

「どういうことです?」


 見沼が目を丸くして、俺の方を見た。俺はそれに答える。


「いまの時代では、ぎりぎりのトリックですよ。つまり、垣内優太郎と笹崎信彦は、同一人物だった」

「まさか。そんなことが可能ですか」

「簡単なことですが、死体と監禁されていた少年のDNAを鑑定すれば、親子関係は確認出来る。しかし、鑑定はされていないのでは?」

「恐らく、その二人のDNAは比較されていませんが……」


 見沼が懐から手帳を取り出すと、ずっと立ち止まっていたシオンが歩み始める。


「それで、矢岸さんに言われてしまいましたが、一人二役のトリックがあったとすれば、それは何の為でしょうか。その理由は、俺に言わせて下さい、つまり、垣内優太郎は、母親を再生させたかったのではないでしょうか」


 シオンはそこでたっぷりと間を取った。見沼は首を傾げている。


「……どういうことですか?」

「良いですか。垣内優太郎の母親は、アルビノでした。色素が無かった。そして、アルビノの遺伝子というのは、劣性の遺伝子です。いまで言う潜性ですね。つまり、とある遺伝子の、二つで一組になっている両方にアルビノになるプログラムがあると、アルビノの人間になる、ということです」

「それで?」

「これは重要なことなので、ちゃんと理解して下さい。遺伝子の片方にしかアルビノのプログラムが無ければ、アルビノの人間にはなりません。そして、垣内優太郎の母親は、アルビノだった。つまり、垣内優太郎は、二分の一アルビノの遺伝子を持っている、ということになる。血液型みたいなものです。そして、垣内理恵は、アルビノだった」

「なるほど?」

「つまり、優太郎と理恵の間に生まれる子供を考えると、二分の一の確率でアルビノになる。理恵からはアルビノの遺伝子しか貰えないからです。分かります?」

「多分」

「しかし、長女の星那はアルビノではありませんでした。そこで垣内優太郎は、恐らく、理絵の双子の妹の吉乃を頼った。笹崎家が引っ越したのが十五年程前。多分そのとき、垣内優太郎は笹崎信彦になった。本物の笹崎信彦がどこに行ったかは分かりません。多分、垣内邸の裏庭に埋まっているのでしょうが」

「吉乃はどうなんです?」

「吉乃が実家に帰ったのは、十年前です。そしてその間に、監禁されていた少年は生まれている」

「しかし、もしDNA鑑定で垣内優太郎と少年の親子関係が立証されると、垣内星那と少年は、父親が同じ姉弟だということになりますよ」

「ここから推理の翼を広げます。しかし、吉乃にもアルビノの子は生まれなかった。優太郎も歳を取る。そして、男の子が生まれたのは、ある種僥倖だった。何故なら、垣内優太郎は、笹崎信彦として少年の父親になったからです。そしてそれこそが、あの監禁事件の動機だった」

「動機ですって?」

「あれは、垣内星那と少年に絆を生まれさせる為の監禁だった。垣内優太郎は、二人の間に子供が生まれることを願ったのです」

「子供ですって?」

「垣内星那には、二分の一アルビノの遺伝子がある。そして、それは少年の方も同じです。つまり、二人の子供には、四分の一、アルビノになる可能性がある」

「そんなことの為に……」


 シオンはホワイトボードの前を行ったり来たりしながら、話を続ける。


「そして、垣内星那と少年は、戸籍上は従姉弟です。子供が生まれたとしても、結婚出来ます」

「優太郎は、そこまで考えて、一人二役を?」

「恐らくそうでしょう。優太郎は末期の前立腺癌でした。先が短いことを自分で分かっていたのだと思います。そして、自分が病死すると、一人二役が白日の元に晒される可能性がある。そうすると、星那と少年の姉弟関係まで判明しかねない。なら、その前に片方の人格を殺し、もう片方の人格を行方不明にしてまおうと考えた。それこそが、殺人の動機です」

「殺人の被害者が、殺人のシナリオを描いたのか」


 見沼は難しい顔をして、手帳にペンを走らせる。シオンは俺をちらと見てから、話を再開した。


「ここからが、本題です。では、誰が垣内優太郎を殺したのでしょうか。最大の容疑者である笹崎信彦はいなくなってしまいました。しかし、重要なことを思い出して下さい。矢岸さんと陽夏ちゃんは、十五日に垣内邸に入っています。では、これは偶然でしたか? 違いますよ。全ては計画通りだった。逆に言うと、事件は十五日に発見されなけらばならなかった。何故か。監禁されていた二人が、弱り過ぎてしまうからです。垣内優太郎が殺されたのは、十三日か十四日です。つまり、殺人の翌日か翌々日には、事件が発見されるように計算されていた」

「では、犯人は」

「全ては偶然ではない。犯人は、絞られています」

「まさか、滝陽夏が?」

「見沼さん。容疑者は、もう一人いますよ」

「誰ですか?」


 シオンは嬉しそうに口角を上げる。


「垣内星那です」

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