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 見沼は手帳のページを繰って、情報を確認する。


「しかし、垣内星那は監禁されていた」

「監禁は、状況証拠から言って本物です。しかし、事件当日までがそうだったかは、怪しむ必要がある」

「閂が閉まっていました」

「そう。閂です。垣内星那の貫頭衣には、二箇所錆が付いていましたね。それが、トリックの形跡です」

「トリックですって?」

「簡単なことです。扉を半分閉めた状態で、ドアの持ち手がある方の端に細長い布を横に当てます。そして、小屋の内側に両端だけが入るように布を半分に折ります。次に、その布の折れている部分に、閂の蝶番側の端を引っ掛ける。これで仕掛けは終わりです。その状態で扉を閉めた後、布の両端を小屋内部から引っ張れば、閂は閉まります。布は片方の端を引けば中に入る。その布が、あの貫頭衣だったのでしょう。あの扉には、隙間がありました。十分可能です」

「では、垣内星那が犯人?」

「それはどうでしょう。容疑者は、垣内星那と滝陽夏の二人です。そして、死亡推定時刻は十三日か、十四日。場合分けをして推理する必要があります」

「二掛ける二で、四通りですね?」

「違いますよ。二人が共犯である可能性も含めると、六通りです。それを、一つずつ考えていって、最後に残ったのが、真実だ」


 シオンはホワイトボードに表を作っていく。総当たり表のような物で、表の上には日付け、左には名前が当て嵌められる。四角いマスは六つ出来た。


「まず最初に、前提の推理をします。現場にあったからくり時計から、殺人は偶数時の丁度であったことが分かりますね」


 シオンはそう言って、ホワイトボードに『①殺人は偶数時丁度』と書いた。


「では、十三日の星那単独犯説から。どこから推理するかと言うと、足跡です。あの足跡は、雨の降った十四日に出来た物です。しかし、犯人には恐れることがあります。それは、死亡推定時刻が十三日であると特定されることです。殺人が十三日にあったとすれば、十四日に足跡を偽装することは不合理です。死人が足跡を残したことにしたかったことになりますからね」


 シオンは表の十三日の列、星那の行のマスに『×』と書いた。


「では次。十三日陽夏単独犯説。これはありません。何故なら、垣内邸の表の扉は、重くて開けられないからです。これは確認した訳じゃないですけど、部活も運動もしていない女子中学生には、ちょっと無理でしょう」


 十三日、陽夏のマスにも『×』と書かれる。


「では、十三日共犯説はどうでしょう。まず、陽夏は垣内邸内に入ることが出来たでしょうか? 先程は女子中学生にはちょっと無理だと言いましたが、ちょっと、ですよ。逆に言えば、もう少しで開けられる重さだということです。つまり、陽夏と星那が二人で協力すれば、開けられなくはない筈です」

「しかし、共犯説でも足跡を偽装するメリットは無いですよ」


 見沼はそう切り込んだ。シオンはマジックペンで見沼を差し、目を見開く。


「その通りです。よって十三日共犯説も無し」


 十三日の列は、全て『×』で埋められた。


「では、ここからが本番です。まず、十四日陽夏単独犯説。やはり垣内邸内に入れませんね」


 シオンがペンをホワイトボード上に走らせ、十四日陽夏のマスに『×』と書く。


「ここまで言っておいて何ですが、実は、とっておきの推理があります。これは、十四日共犯説によるものです」


 シオンが俺を見て、見沼を見る。


「前提から進めていきましょう。十四日、陽夏は防犯カメラに映って垣内邸に行っています。これが十六時十分。犯行はその後です。何故なら、十六時十分より前に防犯カメラに映らない道を選んで垣内邸に行った後、どこかへ出掛けてまた戻ったとすると、二度目に垣内邸へ向かったときだけ防犯カメラがある道を通ったことになるからです。これは不合理ですね。よって、防犯カメラに映ったのは、偶然だったと考えられます」


 シオンはホワイトボードに、『②防犯カメラに映ったのは偶然』と書いた。俺は発言しようか迷ったが、取り敢えずシオンに喋らせることにした。


「では次。陽夏が犯行に関わっている場合、事件は午後だったらしい。陽夏は十二時頃登校して、十六時過ぎに下校しています。では、午前中は何をしていたのでしょうか。平日に町中を制服で歩くのは目立ちますが、恐らくそうしていたらしい。ここから、午前中には、犯行は計画されていなかったと推論出来ます。午後に人を殺そうと言うのに、午前中に目立つのは変ですからね」


 ホワイトボードには、『③殺人は午前中には計画されていなかった』と書かれる。


「次。十四日、陽夏が雨に打たれて垣内邸から戻るところが、防犯カメラに映っています。しかし事実、十五日に制服は濡れていなかった。一日では乾きません。二着あるうちの一着はクリーニングに出していて、滝家には、乾燥機能の付いている物は無い。ここから言えるのは、十四日に雨に打たれていた陽夏が着ていたのは、制服によく似た別の服だったということです」


 シオンはさらに、『④陽夏は制服以外の服を持っていた』と書く。


「陽夏はそれを、学校に持っていっていました。何故なら、放課後陽夏は十八時過ぎまで家に戻っていなかったらしいからです。ただ、学校では本物の制服を着ていました。どうやら陽夏は、登校直後か下校直前に学校で着替える予定だったことになる。そうでないと、服を制服に似せる必要がありませんからね。しかし、どこかに寄って着替えることは出来なかったらしい。何故でしょうか。こう考えるのが自然でしょう。登下校の道こそに、制服を着ていてはいけない理由があった。それは何か」


 シオンはそこまで言って、深く呼吸をした。見沼はメモする手を止めて、シオンをペンで差す。


「何なのですか?」

「雨ですよ。陽夏は十四日、制服を雨に濡らしたくなかった。何故なら、下校後に垣内邸に行く予定があったからです。陽夏は結果的にそこで計画の説明を受けた筈ですが、行くまでは何をされるか分かっていなかった。より言うと、星那に久しぶりに会えるくらいに考えていた可能性がある。つまり、陽夏は垣内邸に、遊びに行く感覚だったのではないでしょうか。陽夏は星那に制服を見せたかったのでは?」

「制服か……」

「まぁ、いまのは、半分推理と言うより推測です。しかし、十四日共犯説によれば、優太郎氏の靴の足跡が偽装のものしか無かったことにも説明が付きます。つまり、陽夏が小屋の扉を開けたから、優太郎は小屋まで行っていないという訳です。さて、本題に移りましょうか。傘の話をします」

「傘?」


 見沼が手帳から顔を上げてそう言った。


「陽夏の傘は、帰り道には壊れていました。それは、恣意的に壊されたのだ、という推理です。では何故、そんなことをしたのか。陽夏は、雨に濡れる必要があったからです。その為に、傘を壊した。服が濡れているのを誤魔化す為に、です。つまり、服は犯行の際に汚れ、それを洗ったが故に服は濡れていた」


 そう言ってシオンは、目だけで俺を見た。俺は手を挙げる。


「待て。十五日に制服は濡れていなかったから、十四日に帰り道で着ていたのは、制服ではない方の服だと考えられる。しかし、制服ではない方の服の汚れを落としてまで、それを着続ける理由は無い。制服に着替えれば良いだけだからだ。因みに、両方汚れたというのはあり得ない。十五日、制服は汚れてもいなかった。だから、その推理は成り立たない。傘が壊れたのは偶然とすべきだ。と言うか、殺人は偶数時丁度に起きている。陽夏が垣内邸にいたとすれば、十六時十分過ぎから十七時五十分前だから、偶数時丁度に殺害することは出来ない」


 シオンは鼻だけで笑う。


「ま、いまのはジャブです。本命はこの次。午前中に陽夏は、カメラに映らない道を通って、垣内邸に行っていた、という推理です」


 それに食いついたのは見沼だ。


「しかし先程は、二度目だけカメラに映るのは不合理だと」

「そう。しかし十六時十分は偶然映った。だが、陽夏は午前中にカメラに映らない道を通って垣内邸へ行っていた。そう考えるには、これしかない。つまり、十六時十分にカメラに映ったのは、陽夏の服を着た星那だった、という訳です」

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