12
垣内邸から徒歩五分程の所に、私道らしい砂利道があった。そこを通ると、二階建てのアパートが建っているのが見える。そこに陽夏の家はあるらしい。
外階段を上って一番奥の部屋の扉に、陽夏は鍵を挿した。表札は出ていない。
「いまは、陽夏とお母さんの二人暮らしか」
「そうだよ」
陽夏が扉を開いて中に入る。俺も後に続き、俺の後ろにいた陽夏の母親も扉を潜った。
中はこざっぱりとした印象だった。インテリアの類は無いが、それは恐らく意図したものだろう。玄関の先には廊下が伸び、その正面がリビングらしい。廊下にはドアが二つある。浴室とトイレだろうか。
俺はキッチン付きのリビングに招き入れられ、クッションを勧められた。陽夏は「待ってて」と言って、リビングの奥にあるドアを開いて中に入っていった。見ると、ドアに『haruka』と書かれたボードが掛けられている。
「すいません、うちの子が」
「いえ、別に構いませんよ」
陽夏の母親は、顔が青白かった。線も細く、少しやつれているようにも見える。
室内は確かに母娘二人で住むには、狭くはない広さなのだろう。そして、母親は生活の為に働き通しらしい。
「こちらこそ、すいません。わざわざ謝っていただかなくても」
「そういう訳には……」
「矢岸さん、これ、どうかな」
扉が開いて、何か手に持った陽夏ががリビングに入ってくる。受け取ると、手紙のようだった。
「小学生のとき、星那と手紙のやりとりをしたことがあったんだ」
「確かに、字というのは力が宿ると言うが……」
俺はそれに意識を集中していった。しかし、いくらやっても、何も視えない。時間が経ちすぎているからかも知れなかった。と言っても、星那が監禁されてからの物なんて、何も無いだろう。
陽夏の母親が冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注いでくれた。俺は一応、席を立つことにする。
「手を洗わなくては」
そう言った俺に、陽夏が驚いた顔を向ける。
「矢岸さん、偉い」
中学生に偉いと言われるとは思わなったが、俺は陽夏に案内されて、洗面所に入った。
手を洗いながら、周りを見る。小型の洗濯機が置かれていた。
「家事は、お母さんと二人でやってるのか」
「そう。私がご飯作って、洗濯して、掃除して、買い物行って、ゴミ出ししてる」
「朝は、君の方が早いのか」
「そう」
「洗濯、大変だよな。俺は嫌いなんだ」
「うちの洗濯機、脱水も乾燥も出来ないから。面倒なんだよ」
「詳しいな」
「この前は炭酸水で染み抜きもした」
「そんなことまで出来るのか」
「まあね」
俺の横で手を洗っていた陽夏は、誇らしげに胸を張った。
その後他にもいくつか星那に関する物を見せて貰ったが、収穫は無かった。あまり期待していなかったが、ここまで空振りだと少し気が滅入りそうになる。
滝家を出て陽夏たちと別れ、中央線に乗って事務所まで戻っていると、携帯に電話が入った。俺は事務所の最寄り駅で降りた後、その番号に折り返した。
「もしもし」
「あぁ、矢岸さんですか?」
「どちらさまですか?」
「私、荻窪署の見沼です」
頭の中に見沼の顔が浮かぶ。それは、厭らしい笑みを浮かべていた。
「刑事さんか。今日は日曜日ですよ」
「刑事に日曜日はありません。拝み屋にも、無いでしょう?」
「ご苦労なことですね、お互い」
「それで、矢岸さん。ここだけの話ですが、頭が出ましてね」
「頭?」
「切り落とされた頭ですよ。断面などから、間違いないと。裏庭の、母屋の屋根の下です。いまDNAの照合もしています。そうそう、DNAと言えば、頭の無い死体と垣内星那の親子関係が立証されました」
「では、死体はやはり垣内優太郎?」
「そう見られています。死体は解剖の結果、出血性ショック死だと。ただ、末期の前立腺癌が発見されました」
「癌、か」
「ええ。あと、灰が真っ黒でした。煙草の影響で間違いないそうです。首の断面は、三度に渡って鉈のような刃物を入れられた模様です。発見された頭の断面もそうだったらしい」
犯人は何故、頭を死体の近くに埋めたのか。また一つ疑問が増えた。
「笹崎家は?」
「ええ、それで、笹崎家が、ちょっと、大変で」
「凶器でも出ましたか」
「いえ、凶器と思われる鉈は、レインコート、手袋、ゴーグル、バンダナと一緒に、頭の隣に埋められていました。どれも洗った後でしたがね。笹崎家で見つかったのは、垣内邸母屋玄関の合鍵ですよ」
垣内邸の母屋の側面に足跡は無かった。なら、犯人は玄関から舗装された道を使って門扉まで行ったという推理が順当だろう。そして、母屋玄関には鍵がかかっていた。
「では、笹崎信彦が犯人?」
「警察はそう見ています。笹崎信彦は、現在行方不明です」
「笹崎家はどの辺りですか?」
「それは言えませんが、垣内邸から歩いて行ける距離ではありません」
「……まさか、私に笹崎信彦の居場所を占ってほしいとは言いませんよね」
「そこを、何とか」
たまにテレビで失踪人探しをする超能力者の番組をやっているが、あれが本物かはさておき、俺にはそんなことは出来ない。出来ればもっと儲かっている。
「私には、そんなこと出来ませんよ。因みに、切り落とされた頭と喋ることも出来ません」
「いま意識を失っている少年と話をすることは?」
「うーん、感情の残滓があるかもしれませんが、意識を取り戻すのを待った方が良いと思います」
見沼刑事は唸るような声を上げる。俺だって唸りたいが、大人の良識でそれを抑えている。
「そう言えば、警察は防犯カメラを調べていますか」
「それは、もう。辺り一面の物を調べています」
確か、駅から垣内邸に行く道にはカメラを設置していそうな店が幾つかあった。少し外れた陽夏の家の周りにもあったくらいだから、笹崎信彦が犯人なら、捕まるのは時間の問題かもしれない。
「矢岸さん、因みに、除霊されていなさそうな現場なら、霊と話せますか」
「場合に依りますが、他の殺人と繋がっているんですか? そう言えば、町屋署と合同捜査になると仰ってましたね」
「それはまあ、良いではないですか」
刑事にしては誤魔化すのが下手だ。俺は他に聞くことが無かったかと記憶をひっくり返す。
「警察は、垣内優太郎が首を落とされた理由をどう見ていますか?」
「捜査をかく乱する為というのが多数派ですな。一応、垣内優太郎と笹崎信彦が入れ替わったという説も出ましたが、真に受けている捜査員はいないでしょう」
「そうですか……。そう言えば、次の聴取はいつです?」
「また、決まり次第ご連絡しますよ」
それからいくつか意味の無い言葉のやりとりをしてから、俺は適当に話を終わらせて電話を切った。警察の捜査が手抜きだとは思わないが、入れ替わり説を容易に捨ててしまっていいのだろうか。
俺は探偵の意見を聞きたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます