第5話 一方そのころのブルーたち その1

 時は、ルースとグロリアが去ったころまで遡る。


 ルースがギルドを出て行った後、「ちょっと行ってくる」とグロリアもルースの後を追いかけていったのだ。


 周りの時が動き出すのと同じくして、ブルーたちも動き出す。さほど時間がたったというわけでもないが、モンスターを普段相手にしていると考えれば、致命的である程度には固まっていた。


 口火を切ったのは、ダフネの一言だった。


「……何よ、あの態度。全然私に興味がないみたいじゃない……」


 攻めるような口調でぼやくダフネだが、裏切ったのは間違いなく彼女が先である。ルースからすれば「お前がそんなこと言う資格ないだろ」と、とても冷静に返されることは間違いない。


 慰めるというわけでもないだろうが、ダンクは至極当たり前のことを、ダフネに言って聞かせる。


「だが、下手に揉めなくてよかったんじゃないか? しつこくすがられても困るだろう」


「考え直してくれ」「何でもするから」


 これからもうやっていくつもりのない人物から、このように言われたところで、確かに困るだろう。


 とても正論ではあるが、それでも必要としてほしいと思うのは、複雑な人というか女心というか、なんとも面倒な感情を抱えているようである。


 望まれているのに、突っぱねるという形が、ダフネに優越感を感じさせるのは間違いない。だが、現在の形では、『ルースがダフネに価値を感じていない』というものになってしまっていた。


『ダフネが見放された』


 こういった形になった今の状況に、ダフネは非常に不満を抱えていた。


「私は聖女なのに……」

「まぁ、いいじゃないか。新しく入ったフレイヤなんて、支援魔術に加えて風魔術も扱えるんだ。ルーズなんか目じゃないさ」


 そう言って、フレイヤと呼ばれたルースが見覚えのなかった女性を見ると、肩にかかった髪を豪快に払い、自信満々に言ってのけた。


「ご期待にはお応えしなくてはなりませんね。もちろんお任せあれ。あのように、好きな女が奪われても何も言えなかった腰抜けなど、ものともしない成果を御覧にいれますわ」


「オホホホホホ」と、口に手をやり、おかしな表情で高笑いするフレイヤ。その自信満々すぎる態度に、若干不安を覚えないでもない一同ではあったが、同時に頼もしくも感じた。


 実力の有り無しは別として、自信に満ちた態度は、時に周りに安心感を与えることがある。どれだけ不安要素があっても、王が堂々とした態度を崩さないといったことがあるように。


 ただし、今の段階ではフレイヤの実力は、完全未知数であり、誰も彼女の実力を知らない状態だ。


 それなりに頭の働く冒険者であれば、そのような不確定要素の塊を仲間に加えるというようなことはない。仕事によっては命を懸けることになるのだ。土壇場で役に立たなかったでは悔やむに悔やまれない。だからこそ、新しい仲間を加えるということに慎重になるものなのだが、ブルーたちには全くそういった気配はなかった。


 それは、彼らが自分たちのことを『上位者』と認識しているからであり、フレイヤのことを手ほどきする者と見ているからである。


 素人を導くのは経験者の仕事。もちろんそれはその通りではあるのだが、教える側に最も求められるのは『経験』である。


 すでにフレイヤ嬢が加入するのは確定事項のようだから、おのずと結果は明らかになるだろう。


 仕切りなおすように、ブルーは手を叩き、自分に注目を集めた。


「とりあえずいつまでもこんなところでぼさっとしていても仕方がない。これからすぐにでもフレイヤの加入とパーティ名の変更をしに行こう!」

「こんなところで悪かったね。飯も酒も頼まないんなら客じゃないんだからとっとどっか行きな」

「あ、すいません」


 いつの間にか近づいていた酒場のおかみさんにぎろりとにらまれ、嫌みを言われる。ホールの中で彼らは突っ立っており、見事に給仕の邪魔であった。


 すごすごとバツ悪そうにギルド側へ移動しようとすると、先ほどのおかみさんにちょっと待てと止められた。いったいなんだと先ほどの件もあってか、しかめっ面でブルーが振り向くと、掌を突き出されていた。


「? なんです?」

「ルースの勘定」

「なっ、なんで俺が!?」


 本気で行動の意味が分からなかったブルーだったが、ルースの酌の途中で割り込んだせいか、勘定がまだだったのだ。グダグダとごねたが、それほどの高額でもなかったので、しぶしぶ払うことになってしまった。


 ちなみにだが、呼び名で分かる通り、おかみさんはルース派である。











「あら、ブルーさん。今日は何の御用ですか? 確かお休みでしたよね」

「あぁ……」


 にこやかに応対する受付嬢。この嬢、秘かにブルーのことを狙っており、少し高めの声でお話ししている。所謂、媚びを売るという状態。同性からは嫌われる態度である。


 ルースとの一件が片付き、堂々とダフネと付き合えると思った矢先。それ以外の女性から好意的な態度をとられることに、ブルーは若干のストレスを抱えていた。若干というのは、ブルーも健全な男だということである。


 ダフネと受付嬢の間に、見えない放電現象を幻視したブルーは、何もしていないのに感じている疲れを振り払うように、受付嬢に要件を告げた。


「パーティメンバーの変更と、パーティ名の変更を行いたいんだ」


 なお、ブルーはこの受付嬢の名前を、いまだに思い出せないでいた。

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