第4話 ブルーを求める理由

 随分前の話だが、どうしてもはずせない討伐の仕事の当日、ルーズが熱を出して寝込んだことがあった。


 その時にはブルーとダフネの三人でパーティを組んでいたのだが、二人が這々の体で帰ってくるということがあったのだ。


 もちろん仕事は未達成。違約金を支払う羽目になった。


 これではダメだと、自分が居なくても何とか援護できる方法はないものかと編み出したのが、『ストークブースト』という支援魔術であった。


 これは装備の一部に、魔方陣を刻み支援魔術を定着させるもので、儀式魔術の一つと言ってもいい。


 そこにブーストという、人の力を引き上げる魔術を込めて様子を見てみると、これがうまくハマった。


 ルーズがなにもしなくても、現場にいるような効果を発揮できたのである。


 つきまとうという意味を付け加え、『ストークブースト』と名付け、ブルーの剣士装備一式、ダフネの錫杖、そして新たに加わったダンクのワンドに無許可で魔方陣を刻んで、何時でもかけられる状態にした。

 その後に、グロリアの大剣に式を施そうとしたところを見つかり、洗いざらい白状させられたのは、記憶に新しい。


 ひとしきり、グロリアについて思い出したところで、ルーズは彼女の質問に答える。


「昨日ちょうど、限界ギリギリまで込めたから……普通の使い方なら一年くらいかな」

「何だ……案外短いな」

「もちろん、使わなきゃもっともつけど。でもアイツが勇者になりたいんなら、次から次へとクエストやってくだろ。ひょっとしたらもっともたないかもしれないな」


 元々、いないときの補助的なものだったのだ。常に使うとなればそれほどの期間効果は発揮できないと、ルーズは言う。


 それを聞いたグロリアはやや苛立たしげに言う。


「今からでもなんとかできないのか?」

「やだよ。追放されてまで、面倒見る気なんかない」


 グロリアの真意は、『少しでも長く』である。別にブルーの強さを当てにしているわけではない。


 要らないといった連中のために、何で働かなきゃならんのだとぼやくルーズに、そりゃそうだとあっさり同意するグロリア。


「だから引き際は見極めろよ。もう僕はアシストできないんだから」


 そう言ってグロリアを見てみれば、女性の平均的な体躯に不釣り合いな身の丈ほどの、鈍器と言わんばかりの大剣を背中に背負って、獰猛な表情を浮かべている。


「上等だよ。アタシがブルーに求めてるのは『機会』だからな。勇者なんてどうでもいい。強く凶悪な相手ほど昂るってモンだ」


 と、常時こんな感じで、強い相手との戦いを求めているのだ。


 ―――死ぬ時は戦いのなかで。


 という、後始末が面倒そうなモットーで、日々生きているグロリアの様子を見て、ルーズはまた一つため息をつく。


 戦いを離れると、物分かりのいい、周りに気を配れるいいヤツであるのだが、戦いが絡むと好戦的になってしまう。そしてそれが、向上心の高いブルーといい感じにハマったのは、まさに運命とも言えるだろう。


「まぁ、お前の信条も知ってるし、止めはしないけどもさ。ほどほどにしときなよ」

「わかってないね、ルーは。アタシから戦いをとっちまったら、何が残るって言うのさ」


 彼女は本来の呼び名である『ルース』と呼ぶ、数少ない存在である。その名で呼ぶということは、支援魔術師のブルースを認めているということに他ならなかった。


 ちょっとうれしくなったルースは、口が若干軽くなる。一応、ダフネという恋人がいたので、あまりこういった言葉は口にしなかったのだが、それがなくなったというのもあるだろう。


「何言ってんだ……お前、もうちょっと自分が可愛いって自覚を持て」

「ふぇっ」


 動揺したかのようなか細い声が出ると同時、ぼしゅっと幻聴が聞こえたかのように、一気に真っ赤になる顔。褐色肌なのに、赤いとはっきりわかるほどだ。


 そんな様子に気づくことなく、ルースは言葉を紡いでいく。


「な、あぁ……」

「黙ってれば、ギルドの受付さんなんかものともしないほど、キレイに産んでもらっといて、無頓着なのは勿体ない。少しは周りに目を向けてみたらどうだ?」


 ルースに口説いているつもりは全くない。冒険者のやる気を出させるために、ギルドの職員には、一定数の『仕事はアレだが、美人』という職員を雇い入れている。

 一定数というのは、仕事ができない美人ばかりを集めても組織として成り立っていかないからだ。もちろんできる美人というのもいたりするが、そういう人物は男の庇護欲をそそらないので、見ているだけにとどまることが多い。


 戦いに貪欲で獰猛なグロリアも、そういったほうにカテゴライズされてしまっているのだ。


 剣を置き、それなりの服を着れば、うっとおしいほど声をかけられるのは間違いない。そういう自覚がグロリアには足りなかった。


「にゅうう……」

「そうそう。そういう仕草をちょいちょい出せば、いい男見つかるかもしれないよ」

「あ、アタシの求める男の基準知ってんだろ! からかうんじゃねーよ!」


 背中を丸め、指をツンツンしている姿を見て、さらに言葉が出たが、さすがに言い過ぎたようだ。口調を荒げ、反論してきた。


「あっはっは。ならブルーなんかいいんじゃないか?」

「あんなので満足できるわけないだろ。夢見過ぎなんだよ、アイツは」

「まぁ、確かに……」


 ちょっと大きい声を出して落ち着いたのか、トーンが元に戻っているグロリア。ブルーに対する評価が実に厳しい。


 話も長くなってきたので、そろそろ切り上げようとルースは腰を上げた。


「何だ、もう行くのか?」

「……ま、とにかくこの一年くらいはもつだろ。あとは知らん。新しいダブルの支援魔術師にでも頑張ってもらえ」


 そう言うだけ言って、ルースはこの場を後にする。その後ろ姿に、グロリアは声をかけた。


「アタシが今一番気になるのは……アンタなんだよ、ルース」


 そのつぶやきを耳が拾い、ルースは足を止めた。


「アンタには支援魔術以外に何かある。あたしはそうふんでる」

「……根拠は?」


 つもりだったがと、無意識に『?』の形をした杖をさする。


「……まぁ、今は聞かないでいてやるよ。アンタが頭角を現したとき、アタシは再びアンタの前に現れることになる」

「……そんなことあるわけないだろ」


 そう言い残し、ルースは広場を後にした。そしてそのあとに呟かれたグロリアの独り言は、彼の耳に響くことはなかった。


「まぁ、頑張って隠すといいよ、昼行燈」


 ――――――――――――――――――――――


 この回の途中より、『ルーズ』という三人称は『ルース』となります。誤植じゃないよ。


 I'll be back!

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