第3話 ストークブースト
パーティメンバー、いや、元パーティメンバーを置き去りにして、ギルドから出てきたルーズは、一旦、宿へと向かうことにする。
(パーティ抜けても、同じ宿に泊まるとかあっちも気まずいだろ)
ルーズの方は、既に気持ちの整理はついており、次へ向けてどうするか? ということに思考は飛んでいる。
その中に『心を入れ換えて元に戻りたい』などという殊勝なものはないのだ。
「それに新しいメンバー入れて、人数が上限一杯だしな」
冒険者パーティの人数上限は五名。
名前も知らない初対面の女性が、あたかも仲間のようにあの場にいたのだ。あれで無関係ということはあるまい。おそらくというか、間違いなくルーズの代わりであろう。
そういえばと、ルーズは彼女の祝福のことを思い出す。
(僕のも欠陥扱いされることが多いけど、ダブルやトリプルも大概なんだよな)
ダブルやトリプルというのは、祝福の刻印が描かれる線の色の数が、複数あることに由来する。
ダブルであれば二色、トリプルであれば三色で刻印が形成されるのだが……
(ブルーのやつ、まさか知らないのか?)
複数色の刻印。話だけ聞けば、まるで神に選ばれているかのようなものだが、現実はそんなに優しいものではない。
これは人の限界というものが関係していると一説には言われているのだが、使える種類が増える分、出力が下がるのである。
一色であれば最大で『1』出せるものが、色が増えるほどに半減していく。
あの娘の場合、二色であったため、支援以外の風魔術の出力は、1/2が限界となってしまう。
まぁそれも、限界まで引き上げられた場合の話で、底辺でうぞうぞやっていくなら、別に問題ない話だ。
そういう意味でなら、支援魔術以外を使えないルーズよりは役に立つであろう。パーティとしては手数が増えるわけであるし。
なんだかんだ言って、そんなことばかり考えながら歩いている時点で、それなりに思うところがあったのかもしれない。
―――共に故郷から出てきたダフネ
―――初めての仲間だったブルー
どこですれ違い始めたのか、今となってはもう分かろうとも知ろうともするつもりはない。
だが、初めからこんな形で終わりたかったわけではなかったのだ。
『好きな時に仕事をし、休みたいときには休む』
この考えに賛同してくれたからこそ、ダフネとはずっといたし、当時うだつの上がらなかったブルーを仲間に誘ったのだから。
(まぁ、ブルーに関しては伸び代がなさそうというのもあったか……)
だが、実際はどこをどう見誤ったのか、ブルーは冒険者の最高峰『勇者』を目指し始め、ダフネはそんなブルーに夢を見るようになった。昔は堅実で、現実的な少女であったのに。
そんな風に思い出に浸りながら、歩くルーズ。一歩一歩がいつもよりも幅が小さくなっている。そうなっている理由はやはり、平常心ではないからか。
ルーズ本人は気づいていないが、知らず寂寞の思いにかられているのか、実に寂しそうな雰囲気を漂わせている。
そんなルーズの肩に、褐色肌の手が置かれた。周りを警戒してなかったルーズはビクリとして後ろをバッと振り返り、何だと強ばっていた顔を緩めた。
「……なんだ、グロリアか」
「ちょっといいか?」
大剣使いグロリアーナ。ブルーが見つけてきた元メンバーである。
適当な屋台で果実水を買って、街の広場へとやって来た二人。
話はなんだとルーズが問いかける前に、グロリアは頭を下げた。なかなかの勢いである。
グロリアの手に持っていたコップの中身が波打ち、こぼれてしまうほどだ。
「すまなかった!」
「……何が?」
「……ブルーの方に賛同したからだ」
「グロリアの考えからすれば、別におかしな話じゃないだろ。気にしなくていい。僕も別に気にしてないし」
「……」
頭を下げたままのグロリアは『ウソつけ』と内心思っていた。あんな雰囲気を醸し出しておいて、気にしていない訳がない。
だが、グロリアは「それならいいんだ。変なこと言って悪かった」と頭を下げたまま、素直に謝る。対してルーズは苦笑。
戦闘では過激に暴れまわるくせに、こういう所が、ルーズは好感が持てた。
取り敢えず顔あげろと、肩をもって、起き上がらせようとする、が……
「ぐぎぎ……」
上がらない。びくともしない。頭を下げたまま微動だにしない。
「おい、『闘気法』解け!」
「ん? おぉ、すまんな。いつも弱くかけっぱなしなんだ」
気遣いとは裏腹に、そういうことには鈍感なのか、グロリアがあっけらかんとした表情で体を起こす。ルーズと並べば、少しだけルーズより背が高い。
『闘気法』とは、正式名を『闘気運用法』といい、祝福を与えられなかった人間が、編み出した魔力運用の技術である。
それの鍛練のために、普段から使い続けていることを知っており、かつそれが本質的にどういうものかを理解しているルーズは、顔をしかめる。
「そんなことして大丈夫なのか?」
「うちの一族がそれに強い体質なんだ。だから平気だよ。心配してくれてありがとな」
「……そんなんじゃねえよ」
そんなことよりと、話の修正にかかるルーズ。
「で? 用件は?」
「単刀直入に聞きたいんだが……お前のかけた『ストークブースト』はいつ解けるんだ?」
「あぁ……その事か」
ブルーが考えに変化を起こした理由に、一つ思い至ったのだ。
『ストークブースト』
ちょっと楽したいルーズが編み出した、オリジナルの支援魔術である。
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