第2話 まぁいいか。どうでも

「……必要ないだろう」

「何だって?」


 下を向いたままぼそりとつぶやくブルー。本当に聞き取れなかったので、聞き返しただけのルーズだったが、煽ったように聞こえたのか、大きな声でブルーは反論してきた。


「必要ないって言っている! 今はそんな話をしているんじゃないだろう!」

「ま、それもそうだな」


 アッサリと追及を打ち切ったルーズ。あまりの淡白さに、ブルーの方が困惑する。勢いは瞬時に失われた。


「……? どうした?」

「……聞かないのか?」

「何を」

「だから! どうしてダフネに手を出したんだ、とか……」

「お前が今言ったんだろう。『そんなこと今は関係ない』って」


 細かい言葉遣いは違うが、ブルーがしたいのは、ルーズの処遇の話である。


 彼にとって願ってもない提案のはずだが、丁々発止のやり取りを覚悟していたのか、些か拍子抜けの様相を見せる。


「一応聞いておくが、僕の『支援』はもう要らないんだな?」


 ブルーの心の切り替えが終わらないまま、ルーズは本題に、本当に入ってしまった。


 本当なら勢いのまま追放を突きつけようとしていたのだが、これではどちらが主導しているのか、わかったものではない。


「あぁ……」

「それは全員の総意ということで構わないんだな?」

「……でなければ、こんな話を持ち出したりしない」

「それもそうだな」


 ブルーの『何故、試験を勝手に断った?』という疑問に答えることなく、ルーズは知りたいことを確認していく。


「ま、要らないっていうなら受け入れよう。僕もお前の前のめり過ぎる上昇思考にはうんざりしていたし」

「なっ……そんな風に思っていたのか」

「当然だろ。僕は今のランクがちょうどいいと思っている。お前と考えが合わなくなるのは当たり前だ」


『B』以降のランク昇格試験を受け、合格してしまうと、避けられぬ制約が幾つかある。


 その一つが『強制召集』というものだ。


 基本的に仕事を受けるかどうかというのは、冒険者側に選ぶ権利があるのだが、それを発令されてしまうと、『否』は許されない。


 その場にいれば、逃れられないシステムなのだ。ルーズはそれが嫌だった。


 相変わらず、他のメンバーは話に入ってこないが、面倒がなくていいと思いながら。


「『いつか勇者になりたい』といつからか言い出したお前と、それに同調しだした他の連中とも合わないと思っていたしな」


 口にしたときにふとルーズは思う。


(そういえば、ブルーとダフネが関係を持ち始めた頃から、コイツ仲間を探し始めてたな……)


 チラリとブルーの後ろで、様々な様子でなり行きを見ていた仲間たちを見る。


 ―――大剣使い『グロリアーナ』

 ―――炎の魔術師『ダンク』

 ―――?


(誰だ? あの女?)


 やけにお高そうなドレスに身を包み、青みがかった漆黒の頭の両サイドで、団子にまとめたヘアスタイル。左手の甲には◯の中に『二』と刻まれた、祝福の印が刻まれていた。


(しかもダブルの祝福持ち……なるほど)


 この世界に生きるものは、10歳の段階で教会の洗礼を受けることになる。


 といってもそんなに大袈裟なことではなく、祝福のあるなしを見るだけのものだ。


 祝福は左手の甲に刻まれる。


 基本は◯の中に△が刻まれる。その線に『赤』『青』『緑』『黄』の四色が使われ、それが扱える属性の証になるのだ。


 赤が『炎』青が『水』緑が『風』黄が『土』。


 仲間の魔術師ダンクに刻まれているのは、赤いラインの刻印である。


 この印が基本的なものだが、この刻印、幾つか例外がある。


 例えばルーズ。◯の中に『V』という型で刻まれている。ラインの色は『白』。支援魔術しか使えないというものだ。


 形も普通のものとは一本足りないということで、こと個人の能力が重視される冒険者界隈ではバカにされがちなのだが、街の現場仕事や騎士団など、大所帯な人の運用を求められる場所では、意外と重宝されている。


 ただ、適材適所な話なだけなのだ。


 その女のラインの色は『白』と『緑』。支援魔術と風魔術が使えるというわけだが……


(その分、出力が下がるってこと知ってるんだよな?)


 異なる属性の魔術を使えるようにはなるが、その分威力が減少する。常識だとルーズは思うが……


(まぁいいか。どうでも)


 とにかくこの三人にブルーとダフネを加えた五人でやっていくから、お前はいらないということなのだなと、納得したルーズ。


 勇者、ならびに勇者パーティとしてやっていくなら大事なことだが、自分にはもう関係ない話だなとサクッと無視することにした。


「了解した。じゃ、そういうことで」


 ツラツラと勝手に頭で納得し、勝手に結論を出したルーズ。


 ダフネに対する別れの挨拶もなく、後ろ手に手をヒラヒラさせながら、本当にルーズはこの場を去った。


(ダフネの刻印、ちょっと薄くなってない?)


 最後に見た元恋人のダフネ。彼女にも刻印は刻まれている。


 ◯の中に五芒星。


『聖女』の証である。


 故郷を出るとき、教会のじいさんにあれこれ注意されていたので、ちょっとだけ気になったのだ。


 だからといって、もう何かを言ってやるつもりもなかったが。


「さ、明日から自由だ」


 変にやる気のありすぎる奴とも縁が切れ、晴れ晴れした気分でルーズはギルドを後にした。






 一方、やりきれない雰囲気を出しているのは、ブルーたちの方である。


 やる気のないパーティメンバーを追放し、その勢いのまま上を目指そう! 的なことをブルーは思い描いていたのだが、見事に肩透かしを食らった次第である。


 結局、新メンバーに興味も持たれず、ダフネとの関係を咎められることもなく、仲間に話も振らず、一切合切興味がないとばかりにルーズは居なくなってしまった。


「……」


 一応、個人個人で言うことは用意してきていたのだが、全く必要なくなってしまう。


 色々と想定問答はやって来ていたのだ。ルーズはパーティにこだわりがあると思っていたから。


 だが、全く執着も見せず、立ち去ってしまった。


 周りも「何だ、もう終わっちまったのか」と興味を失っていた。期待していたのは、泥沼の乱闘騒ぎだったのだが、完全に肩透かしを食らった状態である。


 こうして、ルーズの追放騒ぎは不完全燃焼のまま、終わってしまったのだった。


 ―――――――――――――――


 本当は、ダフネとのやり取りとか、色々考えましたが、もうルーズの方が興味ないという展開にしました。


 長々とすると、いつまでたっても話進まないから。

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